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【EDA】最強剣士は隠遁したい  作者: EDA【N-Star】
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7-4 乱戦

「ゼラムス殿……貴殿までもが、王弟に与してしまったということであるのか!?」


 レオ=アルティミアが、怒りにひび割れた声で一喝する。

 しかしゼラムスは、それを嘲るように笑っていた。顔の下半面に褐色の髭を生やした、天を突くような大男である。剣王としての美麗なる甲冑を纏っていなければ、野党の頭目にでも見えかねない、粗野にして狂暴なる壮年の男であった。


「俺の主君は、あくまで宰相殿だ。あまりとぼけたことを言ってもらっては困るな、《琥珀の剣王》よ」


「では、何故に貴殿が我らに刃を向けようとするのだ! そもそも貴殿がこのような場所にいることこそが、王弟に与した証ではないか!」


「違うな。俺は好敵手たるギレン殿と、一時的に手を携えているに過ぎん」


 そのように述べるゼラムスの背後から、新たな人影がわらわらと出現した。胸甲に藍玉の紋章を刻みつけた、ゼラムスの配下である騎士たちである。

 十名ばかりの騎士たちが、ガルディルらの退路をふさぐ格好で立ちはだかる。その姿を見て、レオ=アルティミアはぎりっと奥歯を噛み鳴らした。


「どういうことだ! ギレンと手を携えたということは、すなわち王弟と手を携えたということであろうが!」


「いや、どうやらそうじゃねえみたいだな。俺にもようやく、裏事情が見えてきた気がするよ」


 ガルディルがそのように述べたてると、レオ=アルティミアは「なに!?」と振り返ってきた。


「それは、どういう意味であるのだ? 裏事情とは、いったい……?」


「ほら、王太子殿下も言ってたろう? 王弟は俺を仲間に引き入れようとしてるんだから、襲いかかってくる理由がねえってさ。要するに、メイアをつけ狙ってたのは王弟だけど、俺をつけ狙ってたのはそちらの御仁だったってことなんじゃねえのかな」


 レオ=アルティミアは愕然とした様子で、《黒曜の剣王》ギレンを振り返った。


「では……では、竜人と密約を交わしていたというのは、王弟ではなく貴殿であったのか!?」


「竜人? あなたはいったい何を仰っているのですか、レオ=アルティミア殿?」


 うすら笑いを浮かべながら、ギレンは黒曜の聖剣を抜き放った。

 燭台の光を呑み込むかのように、漆黒の刀身が妖しくゆらめく。


「わたくしはただ、ガルディル殿を抹殺したいと願ったばかりです。ゼラムス殿のお言葉ではありませんが……本当にあなたは目障りでしかたがないのですよ、ガルディル殿」


 すると、ジェンカがふいに「なるほどね!」と大きな声をあげた。


「つまりあんたは、おっさんに剣王の座を奪われることが我慢ならなかったわけだ? そりゃあそうだよね! あんたみたいな名ばかりの剣王に聖剣を預けてたって、何の役にも立ちゃしないんだろうからさ!」


「それでもって、お前さんはわざわざこの御仁に手を貸してやろうと、こんな場所まで出向いてきたわけかい、ゼラムスよ?」


 ガルディルの言葉に、ゼラムスはいっそう毒々しい笑みをたたえた。


「貴様が王弟のもとで黒曜の聖剣を手にすれば、いよいよ王弟の立場はゆるぎないものになってしまう。俺は宰相殿に忠誠を尽くすために、ギレン殿の愉快な裏切り行為に手を貸してやろうと決めたのだ」


「おためごかしはけっこうだよ。お前さんは昔っから、俺のことを斬り捨てたくってうずうずしてたもんなあ」


 ガルディルは左腕でメイアを抱えたまま、翡翠の刀剣を抜き放った。


「剣王がふたりに、騎士が十人か。予想以上に剣呑な展開だけど、まさか降伏したりはしねえよな?」


「当然だ! こやつらは、許されざるべき叛逆者である!」


 レオ=アルティミアも、ジェンカも刀剣を抜いていた。

 前方にはギレン、後方にはゼラムスと十名の騎士、という配置である。レオ=アルティミアと背中合わせの体勢を取りながら、ガルディルは小声で呼びかけた。


「《黒曜の剣王》は、あんたに任せるよ。俺とジェンカが後ろの連中を食い止めてる間に、なんとか黒曜の聖剣を奪ってくれ」


「うむ? それならば、三人でギレンめに斬りかかり、聖剣を奪った上でゼラムスめを相手取るべきではないだろうか?」


「いや。そうしたらきっと、ゼラムスたちは一斉にありったけの魔力をぶっぱなしてくるだろうよ。ギレンもろとも俺たちを始末できりゃあ、あいつの一人勝ちだからな」


 ゼラムスというのは、そういう男であるのだ。

 レオ=アルティミアは低い声で「承知した」と言い捨てる。


「何としてでも、ギレンめは討ち取ってくれよう。ご武運を祈るぞ、ガルディル殿」


「ああ、そっちもな」


 ガルディルは、すぐさまジェンカへと身を寄せた。


「おい、俺がゼラムスの相手をするから、援護を頼む。魔力をぶっぱなして、騎士どもを牽制してくれ」


「それはいいけど、ひとりで十人全員を足止めはできないよ?」


「半分ていどを足止めできりゃあ、上等さ。ゼラムスなんざ、剣術よりも金勘定が得意って手合いだからな」


 ガルディルのほうを横目で見やりながら、ジェンカはにやりと笑った。


「剣王相手に、大した自信だね。……くたばったりしたら、承知しないよ?」


「ああ、まかせておきな」


 言いざまに、ガルディルは地を蹴った。

 まずは燭台の灯っていない、右手の暗がりへと身を移す。ジェンカやレオ=アルティミアから距離を取って、敵の狙いを分散させるのだ。


 ガルディルの思惑通り、ゼラムスと騎士たちはこちらに魔力を放出してきた。藍玉の聖剣からは氷雪の斬撃が、それ以外の刀剣からはさまざまな斬撃が飛ばされてくる。炎、風、光の三種である。


(こっちの騎士どもも、黒曜の刀剣は持っちゃいねえのか。黒曜の一等級でも手に入りゃあ、自力でゼラムスを始末できるんだけどな)


 ガルディルの手にあるのは、翡翠の二等級だ。ガルディルはその刀身に闘気を注ぎ込み、色とりどりの魔力の渦を片っ端から叩き斬ってみせた。

 暴風雨のごとき魔力が左右に弾かれて、ガルディルやメイアの髪をなびかせる。その先に迫ったゼラムスに向けて、ガルディルはおもいきり刀剣を繰り出した。


「うぬっ!」と声をあげ、ゼラムスがそれを受け止める。剣士としては二流でも、それでも剣王に選ばれた人間であるのだ。刀身を通じて伝わってくるゼラムスの魔力に、衰えは感じられなかった。


(闘気を練りあげる才能だけは、昔っから不自由しないやつだったんだよな。こいつが真面目に修練を積んでたら、たいそう立派な剣王になってただろうによ)


 そんな思いを馳せながら、ガルディルは刀剣を振るい続けた。

 肝要なのは、接近戦を維持することだ。そうすれば、周りの騎士たちも迂闊には魔力を放出できなくなる。剣術だけの話であれば、ガルディルがゼラムスに遅れを取る恐れはなかった。


 そうして背後からは、炎の斬撃が飛来してくる。騎士たちの半分ていどは、それを防ぎながらジェンカのほうに注意を向けていた。

 残りの半分は、ガルディルの背後につこうとしている。それを許さぬために、ガルディルは右へ左へと立ち位置を変えて、ゼラムスを圧倒し続けた。


「な、何をしているか! こやつを斬り捨てろ!」


 ゼラムスが濁った声で怒号をあげると、横合いから騎士のひとりが斬りかかってきた。

 ガルディルは、ゼラムスの斬撃を打ち払いつつ、身体を横に旋回させて、そちらの斬撃もはね返してみせた。

 硬質な音色とともに、相手の刀剣がへし折れる。それなり以上の腕を持つ相手でなければ、二等級の刀剣で一等級の刀剣を打ち砕くことは、難しくなかった。


(ジェンカが一等級を持ってたら、こんな簡単にはいかねえだろうけどな。お前さんたちは、十七歳の娘っ子よりも修練が足りてねえんだよ)


 ガルディルは、再びゼラムスに集中した。

 ゼラムスは野獣のごとき形相となり、聖剣を振り回している。その巨体から生み出される怪力は非凡であるし、聖剣によって増幅される魔力も脅威である。ただ一点、剣術の腕だけは七年前よりも衰えているようだった。


 ガルディルはメイアを抱えたまま、右腕一本で相手をしているというのに、ゼラムスの斬撃はかすりもしない。それに対して、ガルディルの刀剣は何度かゼラムスの甲冑を叩いていた。魔石をあしらった甲冑でなければ、ゼラムスもとっくに倒れていたことだろう。


(だけどこんなのは、短剣で大木を伐り倒そうとしてるようなもんだからな。俺の魔力が尽きる前に何とかしてくれよ、レオ)


 ガルディルがそんな風に考えたとき、今度は左右から騎士たちが斬りかかってきた。

 ガルディルはゼラムスの腹を蹴って突き飛ばし、その隙に刀剣を旋回させる。刀身をへし折ることはできなかったが、騎士たちは両名とも後方に吹き飛ばされていた。


 そうしてガルディルが正面に向きなおると、ゼラムスが聖剣を振り上げたところであった。

 その顔に、醜悪な笑みが復活している。


「水の精霊よ、我の敵を凍てつかせたまえ!」


 青白く瞬く光の奔流が、ガルディルの頭上から降り注がれる。

 これをくらったら、骨の髄まで凍らされてしまうことだろう。

 ガルディルは身をよじり、メイアの身体をかばいながら、刀剣を振りかざした。


 凄まじい魔力が、翡翠の刀剣を軋ませる。

 ほとんど弾き飛ばされるような格好で、ガルディルは何とかその魔力を受け流すことができた。


「今だ! 全員で魔力を放出せよ!」


 ガルディルがなんとか体勢を立て直したところで、あちらこちらから魔力が飛ばされてくる。同士討ちも辞さない、無茶な攻撃である。

 ガルディルは本能に身をまかせて、迫りくる脅威と対峙した。

 身を屈めて、最初の魔力は頭上にやりすごす。

 背後から迫った魔力は、刀剣で斬り伏せた。

 その勢いで、次の魔力も弾き返す。


 最後に、凄まじい氷雪の閃光が襲いかかってきた。ゼラムスの放った、聖剣の魔力であろう。

 ガルディルは、限界ぎりぎりまで刀剣に闘気を注ぎ込んだ。

 ガルディルの限界ではなく、刀剣の限界である。ガルディルがもてる闘気をすべて注ぎ込んでしまったら、二等級の刀剣でも受け容れきれずに砕け散ってしまうはずだ。ガルディルの闘気をあまさず受け容れてくれるのは、この世で特等級の聖剣のみであるのだった。


 眼前に迫った氷雪の魔力が、翡翠の刀剣と衝突する。

 分断された魔力がかすめて、髪の先がぱきぱきと凍てついていくのが感じられた。

 メイアは、ガルディルの身体にしがみついている。

 その小さな身体の温もりに心を励まされながら、ガルディルは刀剣を振り下ろした。


 世界が、青と白の輝きに包まれる。

 その光が消え去ると、ずいぶん離れた場所でゼラムスが立ちすくんでいた。


「馬鹿な……貴様は真に、化け物か!?」


「馬鹿はどっちだよ。十匹の竜人に囲まれたときなんざ、もっと難儀だったもんだぜ?」


 そんな風に応じながら、ガルディルはこっそり呼吸を整えた。

 そこに、何かが飛来してくる。反射的に首を傾けて回避すると、足もとにひしゃげた兜が転がった。


「おのれ……一対一であれば、決して遅れは取らぬものを!」


「何さ! あたしが足手まといだって言ってるわけ? こっちは二等級で、一等持ちを五人も相手取ってたんだからね!」


 振り返ると、ジェンカとレオ=アルティミアがギレンおよび騎士たちに囲まれていた。飛んできたのは、レオ=アルティミアの兜であったのだ。

 少し離れた場所には、二名の騎士が倒れている。残る三名がジェンカに追いすがり、レオ=アルティミアもろとも取り囲むことになったのだろう。二名もの騎士を返り討ちにしたのは上等以上であったものの、これはかなりの苦境であるようだった。


「ふん……ずいぶん手こずらせてくれたが、しょせんは悪あがきだったようだな」


 その姿を見て、ゼラムスも余裕を取り戻す。ガルディルのほうは一名の刀剣をへし折ったのみであり、ゼラムスと四名の騎士が健在であったのだ。


「何も焦ることはなかったのだ。じっくり相手をしてやれば、我らの敗れる道理はない。貴様の化け物じみた力を、少しずつ削いでいってやろう」


「そんな台詞は、俺の身体に傷のひとつでもつけてから言ってほしいもんだね。髪の毛の先っぽをいくら凍らされたって、俺は音をあげたりしねえよ」


 ガルディルはあえて挑発してみせたが、ゼラムスは乗ってこなかった。藍玉の聖剣をかまえなおしながら、飢えた獣のように舌なめずりをしている。


(……いよいよこいつは、俺も魔力をぶっぱなすしかねえか?)


 しかしそうするには、もっとジェンカたちから距離を取る必要がある。自分の魔力が妙齢の娘たちを切り刻む姿を見るぐらいだったら、大人しく首を刎ねられたほうがましであった。


「私を侮るな、無法者ども! 貴殿らに、琥珀の聖剣の真の力を見せてくれよう!」


 と、レオ=アルティミアが声を張り上げる。

 嫌な予感がして、ガルディルは再びそちらを振り返ることになった。


「おい、琥珀の聖剣の真の力って、まさかお前――」


「土の精霊よ! 我の敵に大地の怒りを与えたまえ!」


 裂帛の気合とともに、レオ=アルティミアが琥珀の聖剣を地面に突き立てた。

 黄金色の閃光が炸裂し、硬い岩盤に亀裂が走る。大地が鳴動し、騎士たちにわめき声をあげさせた。


「馬鹿野郎、こんな場所でそんな真似をしたら――」


 ガルディルの声も、やがて大地のあげる咆哮にかき消された。

 ゼラムスは聖剣を抱えて這いつくばり、何か怒声をあげている。琥珀の聖剣を中心に生まれた亀裂は、まるで黒い毒蛇のごとく、洞穴の内部を縦横に駆け巡っていった。


「メイア、しっかりつかまってろよ!」


「うん」と応じて、メイアがガルディルの首を抱きすくめてくる。

 その瞬間、足もとの岩盤が崩落し、ガルディルたちの身体は暗黒の虚空へと放り出されることになった。


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