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【EDA】最強剣士は隠遁したい  作者: EDA【N-Star】
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7-2 黒曜の剣王

 王都ディアーンを出立して、三日後――王太子の派遣した一団は、ついにレミアム領に到着した。

 レミアム領は、そのすべてが魔石の鉱山とされてしまったため、領民というものは存在しない。ここで暮らすのは、採掘の作業に励む鉱夫たちと、鉱山を守る兵士たちのみであるのだ。


 また、七年前には強い瘴気にさらされてしまったため、樹木は立ち枯れ、獣たちも姿を消してしまっている。ひとたびは魔境になりかけた土地の、無残な末路であった。

 馬車の窓から外の光景に目をやっていたジェンカが、すぐに顔を背けてしまったのは、故郷の変わり果てた姿を見ていられなくなったためであるのだろう。そのときばかりは、レオ=アルティミアも口を結んで、余計な言葉を発しようとしなかった。


 そうして荒涼たる大地をしばらく走った末に、馬車が停車する。

 降りてみると、そこには煉瓦造りの立派な邸宅がそびえたっていた。

 ここまでで見かけた家屋はみんな木造りで、今にも朽ちてしまいそうな様子であったのに、この邸宅だけは妙に立派にこしらえてある。敷地は城壁のごとき石塀に囲まれており、何者も寄せつけない威圧感を発散させていた。


 騎士たちは馬を降り、門扉の前に整列する。その先頭に陣取ったレオ=アルティミアは、傲然と立ちはだかる石塀を鋭い目つきで見回した。


「この場所には、入念に退魔の結界が張り巡らされているようだ。これでは竜人でも近づくことはできまいな」


 そのようにつぶやくレオ=アルティミアも、もちろん魔石をあしらった甲冑を纏っている。ただし、兜の面頬は上げられていたので、その緊迫しきった面はガルディルたちの前にさらされていた。


「そりゃあまあ、人目のある場所に竜人を呼びつけたりはできねえだろう。ていうか、王弟って身分の人間が、自ら竜人と顔をあわせたりはしねえだろうな。おおかた、剣王あたりが代理人として交渉してるんじゃねえか?」


「《黒曜の剣王》たる、ギレンめか。確かにあの男であれば、どのような命令にでも逆らうことはあるまいな」


「ふうん。あんたはその剣王様を嫌ってるみたいだな」


「あやつは憎き王弟の腹心であるのだから、当然だ。……しかし、そういった立場でなかったとしても、私とあやつが友誼を結ぶことはありえまい」


 そんな風に述べてから、レオ=アルティミアはガルディルを振り返ってきた。


「しかしそれでも、あやつは聖剣を携えた剣王だ。油断なきよう、お願いしたい」


「油断する気はねえけどさ。どこまで力になれるかは、ちょっと心もとないところだな」


 ガルディルの弱気な発言に、レオ=アルティミアは眉をひそめる。


「やはりそれは、刀剣に不満がある、ということであろうか?」


「不満っていうか、俺は黒曜の刀剣しか上手く扱えねえんだよ」


 ガルディルの腰に下がっているのは、二等級の翡翠の刀剣であった。一等級の刀剣には余剰がないので、せめて二等級の刀剣を、と王太子が準備してくれたものであるのだが――現在の王都に、黒曜の刀剣は等級外しか存在しない、という話であったのだ。


「ま、もともと黒曜の刀剣ってのは希少だからな。文句を言っても始まらねえさ。さすがに聖剣や一等級が相手じゃあ、等級外も役立たずだし、今日のところはこいつでしのいでみせるよ」


「しかし、ガルディル殿は二等級の刀剣でも、私を打ち負かすことがかなったではないか。何故にそのように気弱であられるのであろうか?」


「あれはおたがいに、魔力をぶっぱなすのを遠慮してたからだよ。そうじゃなきゃ、聖剣を相手にまともに戦えるもんかい」


 ガルディルは、そのように説明してみせた。


「俺が黒曜以外の刀剣で魔力をぶっぱなそうとすると、どこに飛んでいくかもわからねえんだよ。お仲間を傷つけちまわないように、俺は手の届く相手だけを受け持つしかねえだろうな」


「ふむ……ひとつの属性に身体が馴染むと、他の属性を扱い難くなるというのは、確かに古きよりの定説であろう。しかし、そうまで極端に扱い難くなってしまうものなのであろうか?」


「ああ。お若いあんたにはピンとこないかもしれねえけどな。扱い難くなるどころか、刀剣に拒絶されるような感覚なんだよ。年を重ねるごとに、そいつはひどくなるみてえだな」


 そうしてガルディルは、五歳の頃から黒曜の刀剣を握らされていたのである。傭兵団でも騎士団でもそれは一貫していたので、通算して二十七年ばかりも黒曜の刀剣をふるってきたことになる。これでは、身体に馴染みすぎるのも致し方のないことであるのだろう。


「……裏を返せば、ガルディル殿はそれだけ黒曜の刀剣の扱いを極めたということなのであろうな。そうであるからこそ、王弟めはガルディル殿の存在を執拗に欲していたのやもしれん」


「そうは言っても、等級外しか刀剣がないんじゃな。とうてい騎士団長なんざはつとまらないだろうよ」


「であれば、ギレンの手から黒曜の聖剣を取り上げて、ガルディル殿に授けるつもりであったのであろう。黒曜の聖剣さえ手にすれば、ガルディル殿はこの世で最強の剣士になりおおせるのであろうからな」


 しかつめらしい面持ちで、レオ=アルティミアはうなずいていた。


「なおかつ、ガルディル殿が二等級の刀剣で私を打ち倒したことは、まぎれもない事実であるのだ。よもや、剣王ならぬ相手に遅れを取ることはなかろうな?」


「ああ。相手が一等級なら、こいつでへし折ることはできると思うよ」


「ならば、十分だ。敵との戦力は五分であるのだから、ガルディル殿の分だけ、我らの力がまさることになる。王弟めがどれだけ足掻こうとも、我らの勝利に疑いはない」


 そうしてレオ=アルティミアは、物々しい門扉に向きなおった。


「我は、《琥珀の剣王》レオ=アルティミアである! 開門を願いたい!」


 しばらくは、何の返答も得られなかった。

 その末に、ギギッ……と軋んだ音をたてて、門扉が開かれる。


 それで内側の様子を目にした人間は、誰もが息を呑むことになった。

 門扉の向こう側には広大なる前庭が広がっており、そこには白銀の甲冑を纏った騎士たちが整列していたのである。


 騎士たちの数は、百名を下らなかっただろう。ちょうどこちらと同じぐらいの人数である。それはまるで、こちらの姿を鏡に映したかのような様相であった。


「これはこれは、レオ=アルティミア殿……このような場所まで、ご苦労様でありました」


 騎士団の隊列がふたつに分かれて、その狭間からひとりの騎士が進み出てきた。

 黒塗りの甲冑に、黒革のマント、そして黒曜の聖剣を腰に下げた、黒ずくめの姿――現在の《黒曜の剣王》たる、ギレンである。


「本日は、いったい如何なるご用件でしょうかな? 主君に代わって、わたくしが承りましょう」


《黒曜の剣王》と《琥珀の剣王》が、間近な距離で向かい合う。

 それだけで、周囲には肌が引きつるほどの緊迫感がみなぎることになった。


「……これはまた、ずいぶんと大層な出迎えであるな、ギレン殿?」


 押し殺した声で、レオ=アルティミアはそのように述べたてた。

 それと相対するギレンは、うっすらと微笑んでいる。彼もまた兜の面頬を上げていたので、ガルディルはその面相を確認することができた。彼はここ数年で聖剣を授かった身であるという話であったので、ガルディルにとっては初対面の相手であったのだ。


 まだ若い、二十の半ばを超えたぐらいの青年に見える。

 おそらくは、いずれかの貴き血筋に連なる身であるのだろう。いかにも貴公子然とした風貌をしており、立ち居振る舞いも優雅である。しかし、その切れあがった黒い瞳には、ずいぶんと酷薄そうな光が瞬いていた。


「我らは、演習のさなかであったのです。何も、あなたがたを出迎えるために待機していたわけではありません」


「演習? このような前庭でか?」


「ええ。主君を残して、お屋敷を離れるわけにも参りませんでしたので……王弟殿下に、何かご用事であるのでしょうか?」


 レオ=アルティミアは、虎目石めいた瞳を爛々と燃やしていた。


「いかにも、我々は王弟殿下に拝謁を賜るために、こちらを訪れたのだ。王弟殿下のもとまで、ご案内を願おうか」


「承知いたしました。こちらにどうぞ」


 ギレンは至極あっさりと言い、自分の背後に手を差しのべた。百名からの騎士たちが立ち並ぶ前庭である。レオ=アルティミアは、いっそう険しく双眸を光らせた。


「……その騎士たちは、何とするつもりであるのだ?」


「何とする、とは? この者たちは、演習のさなかです。王弟殿下にご用向きであれば、どうぞお進みください」


 レオ=アルティミアは、眉をひそめて思案した。

 その末に、副官の騎士を招き寄せる。


「この場には、一個中隊の人数が顔をそろえている。王弟めの擁する騎士団は、これで総勢であるはずだ。こやつらが不穏な動きを見せたら、即時対応せよ。……私はガルディル殿とともに、王弟の身柄をおさえる」


 小声でそのように伝達してから、レオ=アルティミアはギレンに向きなおった。


「では、王弟殿下のもとまで、ご案内願おう。こちらの三名も、同行させていただく」


「ご随意に。それでは、どうぞ」


 ギレンは優雅にきびすを返すと、迷うそぶりもなく屋敷へと向かった。

 レオ=アルティミアにうながされて、ガルディルたちも歩を進める。左右に居並んだ騎士たちは、彫像のようにぴくりとも動かなかった。


(演習なんて、嘘の皮だろ。しかし、こっちに襲いかかってくる気もねえみたいだし……こいつは、何かの罠なんじゃねえか?)


 ガルディルはそのように考えたが、それがどのような罠であるのかは見当もつかなかった。レオ=アルティミアを騎士団から引き離しても、こちらにはガルディルとジェンカが同行している。ギレンひとりではレオ=アルティミアを相手取るのに精一杯であろうから、これではこちらに有利になるばかりであった。


(しかもこのお屋敷には、ずいぶん強力な結界が張ってあるみたいだしな。これじゃあ、竜人なんざ近づけもしねえはずだし……いったい何を企んでやがるんだ?)


 そこでガルディルは、メイアが皆に遅れないよう、ちょこちょこと足を急がせていることに、ようやく気づいた。

 苦笑して、メイアの身体を左腕ですくいあげる。メイアは無言のまま、ガルディルの首に腕を回してきた。


(まあ、百対百で戦をおっ始めるよりは、まだマシか。ジェンカとレオがそろってりゃあ、大抵の相手は何とかなるはずだしな)


 そうしてガルディルたちは、王弟ルイムバッハの待ち受ける屋敷の中に足を踏み入れたのだった。


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