5-3 琥珀の剣王
「女の騎士でも驚きだってのに、よりにもよって剣王様かよ。七年も経つと、色々と様変わりするもんだなあ」
ガルディルがそのように独白していると、騎士のひとりが《琥珀の剣王》レオ=アルティミアに身を寄せた。
「レオ様、これは隠密の任務でありましょう? 領民の前で名乗りをあげるのはつつしむべきかと……」
「私は誰に恥じる身でもない! 王国の行く末は、我々の双肩にかかっているのだぞ!」
騎士の進言をはねのけて、レオ=アルティミアは刀剣の切っ先をガルディルに突きつけてきた。黄金色の光を纏った、琥珀の聖剣である。
(《琥珀の剣王》ってのは、王弟といがみあってる王太子の腹心だったな。そいつが守衛から俺の話を聞きつけて、飛び出してきたってわけか)
そのように考えながら、ガルディルは素早く視線を走らせた。
騎士の数は十名ほどで、ガルディルたちを遠巻きに包囲している。もともとこの場に居合わせた人々は、青い顔で逃げ散っているさなかであった。
(さて、どうしたもんかな。さすがに等級外の刀剣じゃあ、聖剣なんぞに太刀打ちできるはずがねえし……何とか穏便に済ませられねえもんかな)
そうしてガルディルが思案している間に、剣王レオ=アルティミアはさらに一歩、近づいてきた。
「さあ、その刀剣を捨てるがいい! その刀剣が、刻印通りの等級外であるかどうかは、知れたものではないからな!」
「ちょっと待ってくれ。どうして俺が、あんたがたに捕縛されなきゃならねえんだい? 俺がいったい、何の罪を犯したってんだよ?」
「ふん! それは貴殿が、この王都に足を踏み入れたからに他ならない! 我々にとって、貴殿は大罪人も同様であるのだ!」
「だから、その理由をうかがってるんだよ。いくら剣王様でも、罪人ならぬ人間を捕縛する権限なんてないはずだろう?」
「問答無用! 従わなくば、この場で斬らせていただく!」
聖剣が、ますます強烈な輝きを帯びていく。それを見て、背後の騎士たちは何歩か遠ざかったようだった。
(駄目だな、こりゃ。話の通じる相手じゃなさそうだ)
ならば、何とか逃げるしかない。最初の一撃を回避して、あとはこの包囲網を突破する他なかった。
聖剣の輝きを見据えながら、ガルディルはぐっと両足に力をたわめる。
そのとき――その声が響きわたった。
「何やってんのさ、この間抜けジジイ!」
同時に、横合いから細長いものが飛来してくる。
反射的につかみ取ると、それは二等級の紅玉の刀剣であった。
「あんただったら、それでどうにかできるでしょ!? あたしがぶん殴るまで、くたばったりしたら承知しないよ!」
振り返るまでもなく、それはジェンカの声であった。
ガルディルは苦笑をこらえつつ、刀剣を振って鞘を放り捨てる。
「どいつもこいつも、荒事がお好きだねえ。俺は穏便に済ませたかったのによ」
「あくまで歯向かうか! ならば、容赦はせん!」
琥珀の聖剣が、いよいよ輝きを増していく。まるで黄金色の炎がたちのぼっているかのようだ。それを見て、ガルディルは「おいおい」と声をあげてみせた。
「まさか、こんな場所で魔力をぶっぱなすつもりか? 町の中で魔力をぶっぱなすのは、大罪であるはずだよな?」
「それは、私の台詞であるな! どうやらそれは、二等級の刀剣であるようだが……貴殿が魔力を放出したならば、その時点で新たな罪が加算されることとなろう!」
「そうかい。それなら、ひと安心だ」
おたがいに魔力を放出できないならば、聖剣が相手でも戦いようはある。ガルディルは、心置きなく紅玉の聖剣に闘気を注ぎ込んだ。
赤い炎が、刀身を包み込む。それを見て、今度はレオ=アルティミアが「ふん」と鼻を鳴らした。
「二等級の刀剣で、それだけの魔力を生み出すことができるとは、さすがは最強の剣士と名高い御仁であるな! では、その娘を解放して、尋常に勝負するがいい!」
「解放ってのは、どういう言い草だい。この娘っ子は、俺の連れだぜ?」
「そうだとしても、危険であることに変わりはあるまい! さあ、解放せよ!」
メイアの腕が、ガルディルの首をぎゅうっと抱きすくめてくる。
「心配すんな」と言い置いて、ガルディルは足を踏み出した。
「うぬっ!」と鋭く声をあげて、レオ=アルティミアはガルディルの斬撃を受け止めた。
深紅と黄金の火花がきらめき、周囲の騎士たちをどよめかせる。
「何をするか! まさか、貴殿は……そのような幼子を盾にするつもりであるのか!?」
「心配すんな。こいつには、傷ひとつつけさせやしねえからよ」
「……そうまで、私を愚弄するか!」
今度はレオ=アルティミアが、渾身の力で聖剣をふるってきた。
ただし、踏み込みは浅い。ガルディルの身ではなく、こちらの刀剣に的を絞った斬撃である。こちらの魔力が不十分であれば、その一撃で刀身をへし折られていたところであった。
「おお、すげえ魔力だ。剣王の名は伊達じゃねえな」
「おのれ!」と雄叫びをほとばしらせるや、レオ=アルティミアはさらなる斬撃を繰り出してきた。
それを受け止めるたびに、深紅と黄金の火花がきらめく。周囲の騎士たちの間からは、「おお!」と感嘆の声があがっていた。
(そうか。こいつは闘技会で優勝したって話だったっけ。魔力を抜きにしても、一流の部類だな)
しかし、剣筋があまりに真っ当すぎて、ガルディルが脅かされることにはならなかった。ましてや相手は、メイアの身を傷つけないように、ガルディルの右半身ばかりを狙ってきているのだ。これならば、右腕一本で簡単に対処することができた。
おたがいの刀身が残像を描いて、周囲は深紅と黄金の輝きに包まれてしまっている。何せ特等級と二等級であるので、それだけで目の眩むような輝きなのである。その輝きの向こう側で、レオ=アルティミアがいくぶん悔しげにうめいていた。
「聞きしにまさる剣技であるな……しかし、貴殿に勝ち目はないぞ! かつて剣王であったのなら、琥珀の聖剣の力を知らぬわけでもあるまい!」
「ああ。琥珀の聖剣ってのは、相手の魔力を吸収しちまうんだよな。竜脈を鎮静化させるのも、お手のもんなんだろう?」
「それをわきまえた上で、このように悪あがきをしているのか。ならば、貴殿の放つ魔力を、余さず吸い尽くしてくれよう!」
ガルディルの斬撃を防ぐたびに、琥珀の聖剣は輝きを増していく。ガルディルの刀剣が放つ魔力を吸収して、己の力に換えているのだ。これこそが、琥珀の刀剣の最大の特性であった。
「あんたは、ずいぶんと若そうだよな。声の感じからして、まだ二十になるならずってところか」
「私を、若輩と侮るか? 闘いのさなかに、悠長なことだな!」
「いやあ、感心してるんだよ。十年後には、さぞかし立派な剣王様になってるだろうさ」
右に左に刀剣を振るいながら、ガルディルはさらなる闘気を注ぎ込んだ。
紅玉の刀剣は、琥珀の聖剣にも負けぬ輝きを帯びていく。その斬撃を防ぎながら、レオ=アルティミアは「くっ」と苦しげな声をあげた。
「馬鹿な……貴殿の魔力は、底なしか?」
「いやあ、だんだん腹が減ってきたところだよ」
あと百秒ばかりも闘気を放出し続けたら、ガルディルも力尽きていたかもしれなかった。
しかし、それよりも早く、レオ=アルティミアのほうに限界が近づいてきている。琥珀の聖剣はいつしか太陽のごとき光の塊と化し、吸収し損ねた魔力を周囲にこぼしてしまっていた。
(聖剣にはまだゆとりがありそうだけど、お前さんはそうじゃねえだろ)
頃合いを見計らい、ガルディルは渾身の一撃を繰り出した。
それを受けた琥珀の聖剣が、黄金色の炎を爆発させる。
レオ=アルティミアは「ああっ!」と悲鳴をあげて、後方に吹き飛ばされていった。
魔力を暴発させた聖剣は、くるくると宙を舞ってから、石畳に突き刺さる。
それを横目に、ガルディルは倒れたレオ=アルティミアの咽喉もとに刀剣を突きつけた。
「勝負ありだな。そいつを離しちゃくれねえか?」
ガルディルは、騎士たちのほうを振り返った。
二名の騎士が、ジェンカを地面に組み伏せている。その光景は、剣を交えている最中に、ガルディルも目の端に留めていた。
「なあ、頼むよ。もともと俺は騒ぎを起こすつもりなんてなかったんだ。あんたたちと敵対する気持ちもねえから、何とか手打ちにしちゃあくれねえか?」
騎士たちは、ジェンカを取り押さえたまま、呆然としている様子であった。石畳に顔を押しつけられながら、ジェンカは何とも複雑そうな表情を浮かべている。
「ふん! 本当に剣王に勝っちまうなんてね! まったく、呆れたおっさんだよ!」
「まあ、お前さんの助力があってこそだけどな。……これで貸し借りはチャラってことか」
ジェンカは、ぎゅっと唇を引き結んでしまった。
そこに、レオ=アルティミアの毅然とした声が響きわたる。
「何をしている! 私にかまわず、この者たちを斬り伏せよ!」
「いや、しかし、ここでレオ様を失うわけには……」
「何を言っておるか! 王国の行く末のためならば、私の生命など何度でも捧げてみせよう! それが、王太子殿下の御為であるのだ!」
「それは困るよ。僕には君の力が必要なのだからね、アルティミア」
と、聞き覚えのない声が、そこに割り込んだ。
ガルディルに剣先を突きつきられたまま、レオ=アルティミアが「殿下!」と悲鳴まじりの声をあげる。
「ど、どうして王太子殿下が、このような場に!? 危険です! いますぐ、この場をお離れください!」
「うん。アルティミアの無事を確かめてから、そうさせてもらうつもりだよ」
新たな騎士たちを引き連れた小さな人影が、ガルディルたちのほうに近づいてくる。ガルディルは、横目でそれを確認した。
「あんたが、王太子様か。この場を丸く収めてくれたら、俺は心から感謝するよ」
「それを聞いて、安心いたしました。あなたが、かつての《黒曜の剣王》たるガルディル殿であるのですね」
にこりと、屈託のない微笑を浮かべる。それは、淡い褐色の髪と翡翠のように美しい瞳を持つ、きわめて秀麗な容姿をした少年であった。
「いかにも僕は、王太子のエデュリオン・ドルミアです。どうかこの場はおたがいに刀を引いて、僕と言葉を交わしていただけませんか、ガルディル殿?」
ついに、王族までもが現れてしまった。
王都に到着するなり、なんて騒ぎなのだろうと内心で溜め息をつきながら、ガルディルは刀剣を引いてみせた。