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【EDA】最強剣士は隠遁したい  作者: EDA【N-Star】
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4-5 決意の夜




 ガルディルたちは闇の中、長きの時間をかけて移動することになった。

 雑木林に燃えひろがった炎は何とか消し止めることができたものの、あれだけの騒ぎになってしまえば、町の人間に察知されてしまうかもしれない。それで、ねぐらの移動を余儀なくされたのだ。


 紅玉の魔石の火だけを頼りに、闇の中を突き進んでいく。雑木林を抜けると、また見晴らしのいい荒野に出てしまったので、そこをさらに踏破して、とにかく町から遠ざかる。やがて一同が辿り着いたのは、身を隠すのにうってつけの洞穴であった。


「ここまで来りゃあ、町の人間が追ってくることもねえだろう。とりあえず、朝までは大人しくしておこうぜ」


 ひんやりとした岩盤に背中を預けながら、ガルディルはメイアとともに腰を落ち着けた。

 その正面に陣取ったジェンカは、苛立ちを潜めた目つきでガルディルをにらみすえてくる。


「朝まで大人しくして、その後はどうするのさ? あんた、まさかまだその娘っ子を庇い立てするつもり?」


「どうしてだよ? ここまで来て、メイアを放り出す理由はねえだろう?」


「大ありだよ! 王都の連中ばかりじゃなく、竜人にまでつけ狙われてるなんて……そんな娘っ子につきあってたら、生命がいくつあっても足りないじゃん!」


 ジェンカのわめき声を聞きながら、メイアは静かに目を伏せている。

 その姿を忌々しげに見やりながら、ジェンカはさらに言葉を重ねた。


「だいたい、さっきのは何なのさ? その娘っ子の身体が、魔力に包まれてたでしょ? あんなの……まるで、竜人じゃん!」


「俺にもさっぱり、わけがわからねえよ。お前さんにはわかるのか、メイア?」


 メイアは目を伏せたまま、「ううん」と小さく首を振った。


「ガルを助けたいって思ったら、身体の中から力がわいてきたの。……どうしてなのか、メイアにもわかんない」


「力がわいてきた、か。それ以外に、何かおかしなことはなかったか?」


「……頭が、割れるみたいに痛かった」


 メイアの白い面は、完全なる無表情である。

 しかし、長い睫毛に半ば隠されたその瞳には、強い困惑の光がたたえられているようだった。


「……何にせよ、お前さんはその力で俺を助けようとしてくれたんだ。だったら、悪いもんではないんだろうさ」


 ガルディルがそのように述べたてると、ジェンカは「本気なの?」と眉を逆立てた。


「もしかしたら、そいつは竜人かもしれないんだよ? そんなやつを、まだ庇い立てするつもり?」


「メイアが竜人なら、どうして同じ竜人につけ狙われるんだよ? あいつらは、人間みてえに仲間割れをするような存在ではねえはずだぞ?」


「いや、だけど……」


「それにメイアは、どこからどう見ても人間だ。竜人だったら人間の食事をありがたがるはずはないし、血の色だって黒いはずだろ。メイアの足の裏からは、しっかりと赤い血が流れてたぜ? メイアは、人間だよ」


 半ば自分に言いきかせるように、ガルディルはそのように述べたててみせた。


「それにな、あの竜人は俺のことまでつけ狙ってたんだ。メイアを放り出したって、厄介なことに変わりはねえよ。だったら、一蓮托生さ」


「……あんた、本気で言ってるんだね」


 ジェンカは片手で頭をかき回しながら、深々と溜め息をついた。

 その姿を見やりながら、ガルディルは肩をすくめてみせる。


「お前さんは、こんな厄介事につきあう必要もねえだろう? いっそのこと、ここで袂を分かつべきじゃねえか?」


 ジェンカはいくぶんうつむきながら、すくいあげるようにガルディルをねめつけてきた。その青い瞳には、深甚なる怒りの火が燃えている。


「ふうん……あんたはそれで、かまわないってんだね?」


「かまうも何もねえだろ。決めるのは、お前さんなんだからよ」


「すっとぼけたことを言ってんじゃないよ! あたしが足手まといだってんなら、はっきりそう言えばいいじゃないか!」


 ジェンカは激昂して、腰を浮かせかけた。いまにも抜刀しそうな勢いである。

 しかし、ガルディルとしては困惑するばかりであった。


「足手まといってのは、何の話だよ? さっきだって、お前さんがいなかったら、俺たちも丸焦げにされてただろうさ」


「それは、あたしじゃなくって刀剣の力でしょ!? あたしなんて、何の役にも立っちゃいないからね!」


「何をどんな風に考えたら、そんな結論になるんだよ? お前さんがいなかったら、俺は竜人と魔獣にはさみうちにされて、一巻のおしまいだったよ。お前さんが魔獣の相手をしてくれたからこそ、何とか切り抜けることができたんじゃねえか」


 ジェンカは唇を引き結び、ますます険悪にガルディルをにらみつけてくる。


「……だったら、どうしてあたしを追い払おうとするのさ?」


「追い払おうなんてしてねえだろ。生命が惜しいなら、離れるべきだって言ってるだけさ」


「あんたは、それで困らないっての!?」


「困らねえことはねえけど、無理強いはできねえだろ」


 ジェンカが、ガルディルにつかみかかってきた。

 ガルディルの胸ぐらをひっつかみ、ぐいっと顔を寄せてくる。ほとんど鼻先が触れそうな位置で、ジェンカは爛々と両目を燃やしていた。


「あんたねえ! この数日で、あたしは何回、あんたに助けられたと思ってんの!?」


「あん? さっきのは、むしろ俺が助けられたようなもんだろ?」


「だから、その前の話だよ! あんたの家の前で一回、昼間の蛇野郎のときに一回、合計で二回も、あたしはあんたに助けられてるんだ! あんたがいなかったら、あたしは二回、死んでるんだよ!」


 ジェンカの目には、悔し涙が浮かんでいるようだった。

 ガルディルは、そこではたと思い当たる。


「えーと……もしかしてお前さんは、俺に助けられたことに恩義を感じて、いままでひっついてきてたのか?」


 ジェンカは拳を握り込むと、それをガルディルの頭に打ちおろしてきた。


「いってえなあ。こういう場合、普通は頬を引っぱたいたりするもんじゃねえか?」


「うるさいよ、馬鹿!」


 ジェンカは握った拳で子供のように目もとをぬぐった。

 痛む頭をさすりながら、ガルディルは苦笑してみせる。


「お前さんは、メイアよりも本音が読みにくいなあ。俺に感謝をしてたんなら、ちっとは表に出してくれよ」


「う、うるさいってば! あんたみたいにとぼけたおっさんに言われたくないよ!」


 ジェンカはどかりと腰を下ろすと、あらためてガルディルをにらみつけてきた。


「とにかく! 貸し借りをチャラにするまで、あんたから離れる気はないからね!」


「わかったよ。それじゃあ、さっきは一回助けられてるから、もう一回分は貸しがあるってことにさせてもらうか」


 そう言って、ガルディルはジェンカに笑いかけてみせた。


「正直に言って、すげえ助かるわ。ありがとな、ジェンカ」


 ジェンカは眉を吊り上げたまま、一気に顔を真っ赤にした。


「な、な、何さ。あんたがそんなに素直だと、気持ち悪いじゃん!」


「気持ち悪くてけっこうだよ。人間、素直が一番だろ」


 ジェンカは赤くなった頬をさすりながら、落ち着かなげに身をよじっている。


「そ、それで、これからどうするつもりなのさ? もうその娘っ子をどこかに預けておしまいってわけにはいかないでしょ?」


「そうだな。とりあえず、王都にでも向かってみるか」


「は?」と、ジェンカは目を丸くした。


「ちょ、ちょっと待ってよ。その娘っ子は王都の人間に追われてるってのに、その懐に飛び込もうっての?」


「ああ。敵の正体がわからないと、逃げようも戦いようもねえからな。そいつを確かめるには、王都まで出向くしかねえだろ?」


「お、王都の貴族が相手だったら、逃げようも戦いようもないんじゃない?」


「そうでもねえさ。王都の貴族連中ってのは、派閥を作って権勢争いに夢中だからな。俺とメイアに悪さを仕掛けてる人間の正体がわかりゃあ、別の貴族をけしかけて、ぶっ潰すこともできるかもしれねえだろ?」


 ジェンカは不審の念に満ちみちた目つきで、またガルディルのほうに顔を寄せてきた。


「ずいぶん知ったような口を叩いてるけどさ。あんたなんかが、どうやって王都の貴族をけしかけようってのさ? そもそも等級外の剣士なんて、王都の門をくぐれもしないんじゃないの?」


「ああ、まあ、それは……王都には、昔お世話になったお人がいるんでね。そのお人に頼み込めば、何とかなるんじゃねえのかな」


 ガルディルとて、王都では五年も過ごしていたのだ。気心の知れた貴族の一人や二人はいないわけではない。

 しかし、そのような事実を知るべくもないジェンカは、探るようにガルディルを見つめている。その矛先をそらすために、ガルディルは言葉を重ねてみせた。


「それに、あの竜人も言ってたろ。俺がこれだけの剣士だから、あやつも我の力を借りたいと願ったのだろう、なんてさ。それで俺が、あやつってのは誰のことだって問い質したら、人間同士の縄張り争いなんざ知ったことではない、なんて言ってたよな。……つまりそれは、どこかの人間が俺を始末するように頼み込んだって意味なんじゃねえのかな」


「人間が、竜人に? そんな話、ありえないでしょ!」


「ああ。だけど……実はメイアを俺に預けたのも、人間じゃなくて竜人だったんだよ。その竜人は死にかけてて、自分の代わりにメイアを守ってほしい、なんて言ってやがってたんだ」


 ジェンカは愕然とした様子で、目を見開いた。

 ガルディルはメイアの頭に手をのせながら、軽く頭を下げてみせる。


「いままで黙ってたことは、謝るよ。俺だって、いまだに意味がわからねえんだ。……ただ、俺たちの知らないところで、人間と竜人はおかしな関係を結んでるらしい。しかもそれには、王都の人間が関わってるみてえだな」


「ちょ、ちょっと待って! 頭が追いつかないよ! そ、そんな馬鹿げた話が、ありえるの?」


「どうやら、ありえるみたいだな。俺にも、さっぱり理解できねえけどよ」


 言いながら、ガルディルはメイアの顔を覗き込んだ。

 メイアは静かに、ガルディルを見つめ返してくる。

 その瞳に浮かんだ光が、どのような感情を表しているのかはわからなかったが――メイアの瞳は、宝石のように澄みわたっていた。


「だから、もしかしたら、メイアも王都の生まれなのかもしれねえな。それなら、敵が潜んでる代わりに、味方も存在するかもしれねえだろ。そこに一縷の望みを託そうってわけだよ」


「……その当てが外れたら、どうするの? 王都の連中を敵に回したら、もうどこにも逃げ場はないんだよ?」


「そのときは、余所の王国にでも移り住むさ。べつだん、この国に未練はねえからな」


 ジェンカは、再び溜め息をついていた。


「余所の王国に移り住むなんて、そんな簡単にいくわけないじゃん。あんた、いったい何を考えてるのさ?」


「俺が考えてるのは、ただひとつ。のんびりとした気楽な生活を取り戻すことだけさ。そのために、全力であがいてやろうと思ってるだけだよ」


 ガルディルは、にっと笑ってみせる。


「ま、どうにかなるんじゃねえのかな。竜人と密約を交わすなんざ、このドルミア王国で許される話じゃねえだろ? つまり、さっきの竜人に俺やメイアの始末を頼み込んだ人間は、まぎれもなく王国の法を踏みにじった大罪人ってこった。そいつを暴きたててやりゃあ、どんな大貴族でも首くくりだろうよ」


「……竜人からその娘っ子を預かったあんたも、同じようなもんなんじゃないの?」


「俺は密約なんて交わしてねえぞ。魔獣の出る山にこんな娘っ子を放り出すわけにもいかなかったから、家に連れ帰っただけのこった。誰にも責められるいわれはねえな」


「……その娘っ子が、本当にただの人間だったらね」


 ジェンカの目が、食い入るようにメイアを見つめる。

 しかしメイアはガルディルのほうを向いたまま、そちらには目もくれようとしない。ジェンカは小さく舌打ちしてから、「あーあ」とその場にひっくり返った。


「もういいや。王都でも何でも、好きにしてよ。あたしはあんたに借りを返すことだけを考えるからさ」


「お前さんも、酔狂だな。下手をしたら、この王国に居場所がなくなっちまうんだぜ?」


「だから、あんたに言われたくないってんだよ! ……そのときは、責任とってよね」


 後半の言葉は、口の中だけでつぶやかれたようだった。

 そして、ガルディルから顔を背けるように、ごろりと寝返りを打ってしまう。

 ガルディルは頭をかきながら、メイアを振り返った。


「ま、そういうわけだ。何がどうなるかわからねえけど、とりあえず王都に向かうとしようぜ」


 メイアは「うん」とうなずいた。

 ガルディルはその小さな頭をひと撫でしてから、かたわらの荷袋を引き寄せる。そこから引っ張り出したのは、純銀の台座に埋め込まれた金剛の魔石であった。


「そいつは竜人に砕かれちまったからな。こいつと交換だ」


 メイアの首に掛けられていた護符を、新しい護符に取り換える。


「使い方は、紅玉や藍玉と一緒だよ。さ、そいつを発動させてみな」


「うん。……光の精霊よ、ひとしずくの力を分け与えたまえ」


 護符の魔石が、ちかりと輝いた。

 新たな結界が、周囲の空間に張り巡らされていく。


「さっきみたいに、そいつがびりびり震え出したら、砕ける前に結界を解いてくれ。そいつはけっこう高価な護符だから、買い替えるのもひと苦労なんだ」


「うん」


「それに、きっとお前さんが魔力を使おうとしたら、同じように砕けちまうことだろう。そうしないように、気をつけてくれ」


 そう言って、ガルディルはもう一度、メイアの小さな頭の上に手をのせた。


「俺を助けてくれようって気持ちはありがてえけどな。あんなわけのわからねえ力は、うかうかと使うもんじゃねえ。もうあの力は使わねえって約束できるか、メイア?」


「……そうしたら、メイアといっしょにいてくれる?」


 ガルディルは苦笑して、白銀の絹糸のごときメイアの髪を、わしゃわしゃとかき回してみせた。


「とりあえず、この騒ぎが収まるまでは、お前さんを見捨てたりはしねえよ。おたがいに、のんびり暮らせる居場所を探すとしようぜ」


「……わかった。約束する」


 メイアの小さな手が、ガルディルの手に重ねられてくる。

 その紫色の瞳には、ガルディルに対する信頼の光が強く灯されているように感じられた。


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