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【EDA】最強剣士は隠遁したい  作者: EDA【N-Star】
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4-2 魔獣と騎士団



「くたばれ、魔獣め!」


 ジェンカが退魔の刀剣を一閃させると、新たな炎の斬撃が生まれいで、魔獣の肉体ならぬ肉体を引き裂いた。

 大蛇の魔獣は聞き苦しい絶叫をあげて、巨体をくねらせる。魔獣は谷底の川にそって身体をのばしていたので、そのたびに盛大な水飛沫があがった。


「な、何だ、お前は? 賞金稼ぎの剣士か?」


 騎士のひとりが問い質すと、ジェンカは「はん!」と鼻を鳴らした。


「あたしのことなんて、どうでもいいでしょ? あたしより立派な刀剣を下げてるんだから、もうちっと頑張りなよ、騎士さんがた!」


「大口を叩くな! 敵は、そやつだけではないのだぞ!」


 騎士がそのようにわめくと同時に、あらぬ方向から黒い物体が飛来した。岩陰に潜んでいた、別なる蛇の魔獣である。しかしそれは通常の蛇と同程度の大きさであったので、ジェンカが刀剣を振りかざすだけで、あっけなく黒い塵と化した。


「こんな木っ端に、何を怯えてんのさ? それでも、一級持ち?」


 ふてぶてしく笑いながら、ジェンカは大蛇の魔獣に向きなおる。

 大蛇の魔獣は、ジェンカの頭上で大きく口を開けていた。

 ジェンカは怯んだ様子もなく、刀剣に闘気を注ぎ込む。深紅の刀身が、凄まじいまでの炎に包まれた。


「火の精霊よ、我の敵を滅びの炎で焼き尽くしたまえ!」


「駄目だ! 逃げろ!」


 騎士のひとりが絶叫したが、ジェンカはかまわず刀剣を振り下ろした。

 紅蓮の炎が渦を巻き、大蛇の口もとへと襲いかかる。

 その瞬間、大蛇の口から暗黒の反吐がぶちまけられた。

 否――それは、無数の蛇の群れであった。何十何百という黒蛇の魔獣が、塊となってもつれあいながら、大蛇の口から吐き出されたのだ。


 その半分ほどは、ジェンカの放出した炎の斬撃によって消滅させられていた。

 残りの半分が、立ちすくむジェンカに降り注がれた。


 無数の蛇が、ジェンカの肢体にからみつく。

 ジェンカは声にならない悲鳴をあげて、闇雲に刀剣を振り回した。


「……ったく、こんな大物に迂闊に近づくんじゃねえよ」


 しばらく様子をうかがっていたガルディルは、そこで参戦せざるを得なくなった。メイアを抱いたまま足を踏み出し、狂乱するジェンカのもとまで駆けつける。


「おら、暴れるな。下手に動くと、お前さんまで斬っちまうぞ」


 ジェンカが、がくりと膝をついた。

 その肩口に、ガルディルはぴたりと刀身をのせる。

 そうしてガルディルが一気に闘気を流し込むと、ジェンカにからみついていた小蛇どもが、ちりぢりに消し飛んだ。


「大丈夫か? けっこう生気を吸われちまったろ?」


「こんなの……なんてことないよ!」


 刀剣を杖にして、ジェンカはよろよろと立ち上がる。その面は血の気を失っていたが、瞳の闘志は消えていない。


「だったら、援護をお願いするよ。こちとら、魔力も飛ばせない等級外なんでね」


 ガルディルは、あらためて魔獣のほうに向きなおった。

 三名の騎士が魔力を飛ばして、懸命に戦っている。残りの二名は、魔獣の吐き出した小蛇の始末に追われていた。お世辞にも上手い戦い方とは言えない。それゆえに、半数ていどの騎士が地に伏すことになったのだろう。


(一等級を扱わせたら、ジェンカのほうがよっぽど上手く戦えるだろうな)


 そんな風に考えながら、ガルディルはメイアの身体を抱えなおした。


「じゃ、行くぞ。しっかりつかまってな」


「うん」


 白くて小さなメイアの腕が、ガルディルの首をきゅっと抱きすくめてくる。窮屈なことこの上ないが、これならば振り落としてしまう心配もなさそうだった。


 炎や氷雪や疾風の斬撃をくらいながら、大蛇の魔獣はのたうち回っている。

 ガルディルがその背後に回り込もうとすると、すかさず鎌首がこちらに向けられてきた。

 その横っ面に、ひときわ巨大な炎の斬撃が叩きつけられる。


「どっちを見てんのさ! さっきの礼はさせてもらうよ!」


 ジェンカが怒号をあげると、魔獣はそちらに向きなおる。

 その間隙を突いて、ガルディルは魔獣の懐に飛び込んだ。


(出し惜しみは、無しにしとくか。……あんまりはりきると、ますます腹が減っちまうんだがなあ)


 大蛇の尾が、うなりをあげて横合いから襲いかかってくる。

 それをかいくぐってから、ガルディルは跳躍した。


 魔獣の瘴気は、首の付け根の辺りに濃くわだかまっている。

 その場所に、ガルディルは黒曜の刀剣を叩きつけた。

 刀身が魔獣の内側に食い込むや、おもいきり闘気を注ぎ込む。

 重い手ごたえを感じながら、ガルディルは一息に刀剣を振り抜いた。


 寸断された魔獣の首が、虚空に舞う。

 次の瞬間、魔獣の巨体は爆散して、これまで以上の水飛沫をあげた。


 舞い上がった水飛沫が、雨のように降ってくる。

 その中で地面に着地したガルディルは、「うひゃあ」と悲鳴をあげることになった。


「まいったな。ずぶ濡れになっちまった。……メイア、大丈夫か?」


「うん。つめたくてきもちいい」


 ガルディルは苦笑しつつ、視線を巡らせた。

 ようやく水飛沫も落ちきって、その向こう側にジェンカと騎士たちの姿が現れる。ジェンカは肩で息をついており、騎士たちは呆然と立ち尽くしていた。


「まったく……何なんだよ、あんたのその馬鹿げた力は……」


 ガルディルが近づくと、ジェンカがそのようにつぶやいた。複雑そうな感情をはらんだ青い瞳が、濡れた前髪の隙間からガルディルを見つめている。


「とりあえず、用事は済んだだろ? さっさと退散しようぜ」


 ガルディルはジェンカを急かして、その場を立ち去ろうとした。

 そこに「待たれよ」と声をかけられる。


「いったい、貴殿は何者であるのだ? その刀は、等級外ではないか!」


 騎士のひとりが、ずかずかと近づいてくる。ガルディルはフードをかぶりなおしながら、顔を背けた。


「名乗るほどのもんじゃねえよ。旅の途中なんで、失礼させてくれ」


「旅? どうしてこのように街道から外れた場所で――」


 そこで騎士は、鋭く息を呑んだ。


「待て! その娘は――先日に手配書を回された大罪人ではないのか!?」


 メイアもフードをかぶっていたが、その脇から美しい銀髪がこぼれてしまっていた。

 そして、ガルディルのほうが騎士よりも長身であったため、フードの中身を覗かれてしまったのだろう。鼻から下は襟巻きで隠されていたものの、銀色の髪に紫色の瞳というのは、この王国においてあまり見ない色合いであるのだ。


「何の話だい? この娘っ子は……俺の死んだ妹の忘れ形見だよ」


「とぼけるな! 銀色の髪に、紫色の瞳! その娘は、大罪人メイアに相違あるまい! そやつの手配書は、王都から回されているのだぞ!」


 ガルディルは、心から驚かされることになった。

 しかしこの際は、立ちすくんでいるわけにもいかない。


「言いがかりはよしてくれ。それじゃあ、先を急ぐんでな」


「ふざけるな! 大罪人を庇い立てするならば――!」


 と、騎士の目がさらに大きく見開かれる。


「あ、あれ? 貴殿はもしかして……」


「人違いだよ!」と言い捨てて、ガルディルは岩場を駆け出した。

 そこに上から、手を差しのべられてくる。振り返ると、いつのまにやら馬にまたがっていたジェンカが右腕をのばしていた。


「ほら! 逃げたいんなら、とっとと乗りな!」


「ああ、ありがとよ!」


 ガルディルはジェンカの腕をつかんで、地を蹴った。大きく足を振り上げて、馬の背中にどすんと飛び乗る。


「ま、待て! 待たれよ! その娘を置いていくのです!」


 騎士たちの声は、どんどん背後に遠ざかっていく。足場の悪い谷底であり、これほどの大荷物を背負わされながら、馬は懸命に走ってくれていた。


「揺れるよ! しっかりつかまりな!」


「了解。助かったぜ、ジェンカ」


 ガルディルが右腕をジェンカの胴に回すと、「ひゃあっ!」という悲鳴が響きわたった。


「こ、この助平親父! どこを触ってんのさ!」


「あん? しっかりつかまれって言ったのは、そっちだろ」


「あたしにつかまれとは言ってないでしょ! 荷物を支えてる革紐でもつかんでなよ!」


「こっちはメイアを抱えてるんだぞ。これが一番安定するんだよ」


 それに、胸あてひとつの格好で腹を剥き出しにしているのは、ジェンカの勝手である。ガルディルとしても、こんな若い娘の肌に触れるのは、いささかならず落ち着かない心地であった。


「とにかく、先を急いでくれ。あいつらを振り切ったら、体勢を立て直すからよ」


「もう! 変なとこ触ったら、振り落とすからね!」


 断崖にはさまれた谷底を、馬は必死に駆けていく。まずは、この谷底を脱出するしかなかった。


(しかし……その後は、どうしたもんかなあ)


 メイアを大罪人とする手配書が王都から発信されたとなると、めぼしい領地にはもう足を向けられない、ということである。そして、行き場のない幼子を預かってくれる聖堂というものは、あるていどの規模を持つ領地にしか存在しないのだった。


(どうせ貴族がらみの陰謀だろうとは思ってたけど、まさか王都の連中だったとはな。……ま、あそこには性根の腐った人間が山ほどいるから、不思議でもねえか)


 ガルディルは、視線を胸もとに差し向けた。

 ガルディルとジェンカにはさまれて、メイアは窮屈そうに小さくなっている。しかし、フードの陰となって、その表情を見て取ることはできなかった。


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