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【EDA】最強剣士は隠遁したい  作者: EDA【N-Star】
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4-1 遭遇




 照りつける日差しの下、ガルディルは巨大な岩塊の陰にうずくまっていた。

 かたわらでは、同じ岩塊にもたれて座り込んだメイアが「おなかすいた」と訴えている。


「わかってるよ。もうちっとだけ、辛抱しておきな」


 全神経を指先に集中しながら、ガルディルはそのように答えてみせる。ガルディルの手には細い糸が握られており、その先端は岩塊と岩塊の隙間に差し込まれていた。


「……おっさんさあ、さっきから何やってんの?」


 メイアとは反対の側に座り込んだジェンカが、うろんげに問うてくる。三人はいまだに荒野の只中にあり、現在は小休止のさなかであるのだった。


「いつまで経っても、人里に出られる気配がねえからな。自前でも、食料を確保しておこうと思ってよ」


「ふーん。で、岩の隙間に糸をねじこんだら、どんなご馳走が釣れるってのさ? 暑さのせいで、頭がいかれちまったんじゃないだろうね?」


 この辺りは草木がほとんど生えていないせいか、日中の暑さはなかなかのものであった。ジェンカなどは岩塊の陰に腰を落ち着けるなりマントを脱ぎ捨てて、胸あてひとつのあられもない姿になり、水筒の水をがぶがぶ飲んでいる。藍玉の魔石の恩恵がなければ、半日で干からびそうなほどであるのだ。


 この荒野に足を踏み入れてから、すでに丸二日が過ぎていた。

 黄色い砂と、黄色い岩。あとはしょぼくれた樹木が無精髭のように点在しているだけの、不毛の荒野である。人の目につかないのは幸いであったものの、食料事情は逼迫しつつある。ならばこうして、現地調達するしかすべはなかった。


「人間と竜人は血眼になって領土を奪い合ってるのに、こんな手つかずの土地が延々と広がってるんだもんな。まったく、皮肉な話じゃねえか」


「ふん。要するに、ここは人間にとっても竜人にとっても価値のない場所ってことでしょ? そんなところをうろつき回ってるあたしらは、よっぽどの大間抜けってこったね」


 それは、ジェンカの言う通りであった。作物がとれなければ人間にとっては価値がないし、竜脈が通っていなければ竜人にとって価値がない。ここは、そういう場所であるのだろう。水ならば、藍玉の魔石でいくらでも生み出すことができるのだから、それでもどうにもならないぐらい、この土地は枯れ果てているということだ。


「でも、そんな場所でも思わぬところに獲物が潜んでるもんだからな。俺たちにとっては、それが幸いだ」


 ガルディルがそのように応じたとき、指の中で糸が震えた。

 ガルディルは、慎重に糸をたぐり寄せる。暴れる獲物を日の下に引っ張り出すと、ジェンカは「きゃあっ!」と可愛らしい悲鳴をあげた。


「な、何それ? 気色悪い! あんた、いったい何をやってんのさ!」


「こいつは、砂トカゲだよ。岩の脇にフンが転がってたから、あたりをつけたんだ」


 糸の先には針が仕込んであり、その針が砂トカゲの口腔に引っかかっていた。ガルディルの腕ぐらいの大きさをした、実に立派な体躯である。びちびちと跳ね回る砂トカゲの首をひっつかみ、ガルディルは懐から短剣を取り出した。


「あ、あんた、まさかそいつを食おうっての!?」


「食べる以外に、こんなもんを捕まえる理由はねえだろ? メイア、木皿を取ってくれ」


「はい」と差し出された木皿の上で、ガルディルは砂トカゲの首をかき切った。人間と変わらぬ赤い血が、ぽたぽたと木皿に滴っていく。

 しばらくして砂トカゲが動かなくなると、ガルディルはその腹に短剣をあてて、するすると切り開いた。砂色の鱗を生皮ごとひっぺがすと、イタチよりは淡い色合いをした肉が剥き出しにされていく。

 ジェンカはおもいきり顔をしかめており、メイアは瞳を輝かせながら「お肉」とつぶやいていた。


「ああ、なかなか立派な肉だろう? でも、こいつは生だと腹を下しちまうからな。適当に切り分けるから、火の準備をしておいてくれ」


 メイアは「うん」とうなずくと、いそいそと魔石の準備をした。昨日から、メイアにも食事の準備を手伝わせていたのだ。


「昼はこいつで十分だろ。手持ちの食料は貴重だからな。……あ、木皿の血はそっちの水筒に移しておいてくれ。そいつも熱を通さないといけねえから、夜の鍋で使うとしよう」


「あ、あんた! あたしにもそんなもんを食べさせるつもり!? あたしは、絶対に嫌だからね!」


「何でだよ。食ったことねえのか、砂トカゲ?」


「当たり前じゃん! あたしの生まれたレミアムでは、トカゲや蛇を口にするのは禁忌だったよ!」


 そういう話は、ガルディルも風聞として知っている。トカゲや蛇は魔獣に姿が似ているために、人間からは忌み嫌われているようであるのだ。


「意外と、お上品な生まれなんだな。こんなもん、イタチや鳥の肉と、何も変わらねえよ」


「……あんたはいったい、どんな辺境で生まれ育ったってのさ? どんな土地でも、トカゲや蛇は嫌われるもんでしょ?」


「そんな贅沢は抜かしていられないほど、貧しい生まれなもんでね」


 ガルディルは、切り分けた肉に塩をもみこんでから、鉄串を刺した。そうして魔石の置かれた地面のそばに突き立てると、炎で焙られた肉から香ばしい匂いがたちのぼっていく。


 なかなかの大物であったので、肉の半分は夜に残しておくことにした。そちらにも塩をもみこんで、刻んだニンニクとともに、革の袋に封入しておく。食用に適した内臓は、生き血とともに口の広い水筒に詰め込んで、そちらには塩と水を投入しておいた。


 そうした処理をしている間に、肉にはしっかりと焼き色がついている。

 新しい鉄串を横から刺して、内側にも熱が通っていることを確認してから、ガルディルはジェンカを振り返った。


「なあ、本当にいらねえのか? 干し肉だって、もう残りは少ねえんだろ? こんな場所で食料が尽きたら、それこそ飢え死にしちまうぞ?」


「…………」


「ま、お前さんはいざとなったら、馬でとっとと逃げ出せるもんな。それなら、無理する必要はねえか」


「ふ、ふざけないでよ! 絶対に、あんたたちを逃がしはしないからね!」


 ジェンカは唇を噛みしめながら、砂トカゲの肉をにらみつけている。その青い瞳に浮かんだ真剣そうな光に、ガルディルは思わず苦笑してしまった。


「あたしも我慢してこの肉を食べたら……おっさんみたいに強くなれるのかなあ?」


「い、いきなり気色悪い声を出してんじゃないよ! あたしはそんなこと、これっぽっちも考えてないからね!」


「ああ、そうかい。そいつは、カンが外れちまったな」


 ガルディルは鉄串を引き抜いて、それをメイアに手渡した。メイアは何のためらいもなく、よく焼けた肉にかじりつく。


「……お肉、おいしい」


「そうだろう。干し肉も悪かないけど、新鮮な肉は格別だよな」


 ガルディルも、自分の肉にかじりついた。

 よく引き締まった、噛みごたえのある肉質である。味わいとしては、鳥とイタチの中間といったところであろうか。ガルディルが砂トカゲの肉を食するのも、ずいぶんひさびさのことだった。


(剣士の修行をしている間は、こんなもんばっかり食わされてたもんな。おかげさんで、野垂れ死なずに済んだけどよ)


 そうしてガルディルが次の串に手をのばそうとすると、それを横からかっさらわれた。

 いつの間にか近づいてきていたジェンカが、ガルディルから強奪した肉に歯を立てる。その顔は、何だか泣くのをこらえているような表情になってしまっていた。


「なんて顔して食ってんだよ。べつに、悪い味じゃねえだろ?」


「……味なんて、わかんないよ」


 それでもジェンカは、懸命に肉を咀嚼していた。つくづく、よくわからない娘である。

 そうして食事と小休止を終えたのちは、また単調なる時間が待ち受けていた。

 強い日差しを避けるために、全員がマントを着込んで、フードを深くおろしている。おかげで熱がこもってしまうが、肌を焼かれるよりは数段ましであるのだ。荷物を担がされたジェンカの馬も、日を追うごとにくたびれた顔つきになっていた。


 ちなみにメイアは、いまだにガルディルの腕に抱かれている。ジェンカの馬に乗せてもらえないかどうか、以前にガルディルが交渉したのであるが、メイアのほうがそれを拒否してしまったのだ。

 結果、ガルディルは自分の荷袋を馬に積ませてもらい、メイアを抱えて歩いている。それでどうにかなるほど柔弱な人間ではなかったが、流れる汗の量が増大するのは否めなかった。


「ああもう、忌々しい暑さだね! 水浴びでもして、さっぱりしたいよ!」


 馬の手綱を引きながら、ジェンカがぼやいている。馬の身体を気づかって、ジェンカも昨日からは歩くようになったのだ。


「今日だって、俺が眠りこけてる間に、朝から水をかぶってたじゃねえか。まったく魔石ってのは、ありがてえ代物だよな」


「あ、あんたがどうして、そんなことを知ってるのさ! まさか、覗いてたんじゃないだろうね!?」


「髪までずぶ濡れだったから、察しただけだよ。わざわざ俺が寝てる時間を狙わなくったって、覗いたりしねえから心配すんな」


「あんたねえ――!」と、ジェンカが赤い顔を寄せてくる。

 ガルディルは「待て」と、それを押し留めた。


「こいつは、瘴気だな。それも、けっこうな濃さだぞ」


「はあ? 護符の魔石は、なんにも反応してないじゃん」


「まだ距離があるからだろう。それに、何だか賑やかじゃねえか?」


 ガルディルは、視線を右手側に差し向けた。

 そちらは岩場となっており、視界は岩塊にさえぎられている。その向こうから、濃密なる瘴気と人間たちの雄叫びが、かすかに伝わってきていた。


「人間と魔獣がやりあってるってこと?」


 ジェンカは剣士の眼差しとなって、足を急がせた。ガルディルはひとつ肩をすくめてから、その後を追う。

 しばらく行くと、視界が開けた。

 岩場はそのまま断崖と変じ、大きな谷を現出させる。その谷底で、人間と魔獣の死闘が繰り広げられていたのだった。


「あれは……王国の騎士団じゃん!」


 ジェンカが、鋭い声をあげる。

 巨大な魔獣を取り囲んでいるのは、まさしく王国の騎士団であった。

 物々しい甲冑を身につけて、退魔の刀剣を振りかざしている。人数は、十名ていどであろう。ただし、その半数は地面に伏して、苦悶のうめき声をあげているようだった。


 残った五名ほどの騎士たちが、巨大な魔獣を取り囲んでいる。

 人間よりも太い胴体を持つ、大蛇の魔獣である。谷底を流れる浅い川に半分巨体をひたしつつ、禍々しい鎌首をもたげている。この距離でも、その双眸が赤く火のように燃えているのがうかがえた。


「ふん。あんな魔獣の一匹に遅れを取るなんて、情けない騎士団だね」


 つぶやきながら、ジェンカが二等級の刀剣を抜き放った。

 ガルディルは、眉をひそめてそちらを振り返る。


「やっぱり、手助けするべきかねえ?」


「当たり前でしょ! 騎士団なんざ関係なく、魔獣を放っておけるもんか!」


 ジェンカの瞳にも、熾烈なまでの炎が宿っていた。

 彼女はおそらく、故郷を滅ぼした魔獣や竜人に、深い恨みを抱いているのだ。その情念が糧となって、彼女をここまでの剣士に育てあげたのだろう。


 断崖はそれほど急な斜面でもなかったので、ジェンカは手綱を握ったまま、谷底へと滑走していった。

 平坦な場所まで辿り着くと、手綱を離して、刀剣を振りかざす。紅玉の魔力が炎と化して、大蛇の魔獣の顔面を焼いた。


「できれば、騎士団なんかのそばには近づきたくねえんだが……まあ、しかたねえか」


 手の届く場所にいる魔獣は斬り伏せる、というのがガルディルの流儀である。ガルディルは、メイアの胸もとにぶらさがった護符に囁きかけて、結界を解除した。


「あんな大物が相手じゃ、護符の魔石を砕かれちまうからな。……しっかりつかまってろよ、メイア。あと、暑苦しいだろうけど、襟巻きで顔を隠しておいてくれ」


「うん」という無感動な声を聞きながら、ガルディルも谷底に滑り降りた。

 ジェンカに痛撃をくらった魔獣は、狂ったように巨体をのたうち回らせていた。


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