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男子辞めます。  作者: 安田 桜
11/18

移行期間

注文と入金から半月程度で届いた。


男性から女性になる、逆の場合も移行期間として中性的な格好をし、あからさまな行動は避けた方がいいという事もわかった。


少しずつ変えていこう。

急に変われるわけではない。


慎重にことを進めるため、4時間に1錠ずつを続けて半年。

胸のあたりにしこりが出来て丸みを帯びてきたり、少しずつ体に変化が出てきた。


全身脱毛をし、少しずつだけれども進んでいる…と思う。


肌も決めが細かくなってきたし、髪質も変わってきた。

聞いていたよりひどい副作用は出ていないが、少し精神的に不安定になってきたようだと思う。


体も慣れてきたし、今日の仕事終わりに女性ホルモンの注射をしてもらう為にクリニックへ行くことになっている。

土曜日には月一のメンタルクリニックでの性同一性障害の診察だ。


少しずつ変化を感じながら、楽しみながら僕はいつもの様に手製の弁当を開く。


「おーい、三崎!」


すかさず邪魔が入る。


「なんだよ。今日は予定があるから無理だぞ。」


どうせいつもの飲みの誘いだろう。

横目で高野に答える。

我ながら料理の腕は天才だと思う。

半熟のだし巻き玉子を齧る。


「なんだよ…。珍しいな。お、玉子もらい!」


高野が勝手につまみ上げる。


「勝手に食べんなよ…。」


「1個くらいいいじゃん!あぁ、うめぇなー。お前が女なら彼女にしたいわ。」


そんなつもりなんて毛頭ないくせによく言うよ。


「仮にそうだったとしても、選ぶ権利はこっちにもあるぞ。」


呆れた顔で高野を見る。


「そういえばさ、最近なんかお前ちょっと太ったか?なんか丸っこいというか…なんと言うか…。」


内心ギクリとする。

やはり変化が出てきてるみたいだ。

嬉しくもあるが、周りにバレないかと言う恐怖も少しある。


「みなまで言うな。そんなだからモテねぇんだよ。」


高野がムッとした顔で答える。


「うっせぇよ!甲斐性なくて振られたのは誰だっけ?」


「甲斐性なくて悪かったな。とにかく、今日は予定入れてるから無理だ。」


「はぁー…。わかったよ…。」


席を立ち次の宛という名の犠牲者を探しにフリースペースの奥に消えていった。


「甲斐性か…。」


涼子と付き合っていたのが何年も前に感じる。


ぼーっとしてたのか、気づくと弁当は空になっていた。


という事で、僕は初のホルモン注射に来ている。


「予約していた三崎晶です。」


受付で名前を告げる。


「はい、お待ちしておりました。問診票にご記入をしてお待ちください。あと、2枚目の誓約書も読んで頂いて、同意の上でサインをお願いします。」


特に書くことも無く注射の処方だけなのですぐ終わった。


誓約書には保険がきかないこと、注射による男性機能の喪失やトラブルがあっても責任を負わないことなどなど…。


もうここまで来てしまったんだ。

自分の子供は欲しいという気持ちはあったが、もう僕の好きに生きようと思う。


サインを書いて受付へ提出する。

少し時間がかかったものの名前を呼ばれ診察室へ入る。


「性同一性障害の診察は受けてる?もう錠剤飲んでるんだ。」


初老の男性が幾つか質問をしてくる。


「診察は受けています。」


「幼少期から周りと違う気がして合わせるようにしてきました。」


淡々と答えていく。


「んじゃ、処置室へどうぞ。」


どうやら医師からもお許しが出たようで処置室に入る。

本当ならば性同一性障害(GID)の診察の過程で医師が処方を決めるのだが、僕はそれをフライングして錠剤から飲み始めた。

体が慣れてきた…と思うので、錠剤より効果が高く負担が少なめの注射に変える。


その1回目だ。


筋肉注射のため、臀部に打つことにした。

僕はベッドにうつ伏せで寝転がる。


「履いてるものを下げてくださいねー。」


さっきの医者がコットンで消毒をしている。


「行きますよ。」


チクリと軽い痛みが走る。

その後に液体が押し込まれるのだが、痛い。

針よりも液体の方が痛い。


注入が終わり絆創膏か貼られる。


「終わりましたよ。」


「あ、ありがとうございます。」


元通りズボンを履き、待合室に戻る。

再び名前が呼ばれ支払いをすませる。


2700円…。


高くはないが安くもない。

これから月に二回打つようになる。

幸いお金のかかる趣味も他に使うあてもなく困るような料金ではない。


領収書と診察券を受け取る。

少し心は晴れやかになった気がした。

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