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第9章 尖閣諸島の戦い(2)
「Z旗かかげー!」
どこからか、声が響いた。
そして、1分ほどすると、旗艦の船尾に、皇国海軍旗として使われている旧自衛艦旗の横に、Z旗が翻っていた。
[Z旗とは、日露戦争時、日本海海戦の際に東郷平八郎長官が座乗する旗艦三笠に掲げられた旗の名前。国際信号旗としては、引き船がほしい、投げ網中であるという意味がある]
Z旗が掲げられた時、双方はこの戦いで決着がつかないことには、前に進まないということを察知した。
すでに、わかっていたことだが、その旗が掲げられたことにより、より一層その意味合いが濃くなったといえよう。
ロシア側の人々も、その旗を見てつぶやいた。
「日本皇国側も、必死だ…」
「日露戦争時、われわれの当時最強とうたわれた『バルチック艦隊』を打ち破ったとき、『皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ』として、掲げた旗…」
「以後は、重要な海戦ごとに掲げることが慣例化したと聞いていた」
そのとき、長官が全船に伝えた。
「本艦隊は、本時点をもってウブスナガミの指令下に入る。すべてのメインコンピュータを、ウブスナガミとつなげ」
「了解」
こうして、ロシア側も着々と準備を整えた。
中国側は、こうしたロシアと日本側の対応を見て焦った。
「かなりヤバい状況だ。こちらも、なんとかして相手の意表を突く作戦を考えなければ…」
「しかし、ウブスナガミは、そのような状況を速やかに考えると思います」
長官に進言している副艦長は、逆に怒鳴られていた。
「そんなことはわかっとる!サッサと考えろ!」
「…ここは、B作戦を実行に移すべきでは」
艦長はその発言を聞いて、少し考えた。
「それはあまりにも危険すぎないか?ほかの方法もあるだろう」
「いいえ、ウブスナガミを欺くためには、この作戦の発動しかないと思います」
長官と艦長は、たがいに目を合わせた。
そして、副艦長が差し出している書類に目を落とした。
「わかった。本国へ連絡を取ろう」
そう言って、書類を受け取り、同時に連絡を取った。
日本皇国とロシア側の合同艦隊は、中国側の艦隊に対して体制を整えていた。
「おもかじー、いっぱーい」
軋みながら、船は緩やかに旋回を始めた。
「敵艦、一部こちら側に向かってきます」
「敵潜水艦、魚雷を複数発射確認」
「全弾撃破完了。こちら側も攻撃を開始します」
次々と寄せられる情報を聞きながら、金内は考えていた。
「…どうしたんですか?」
天栄が、それに気づき軽く聞いた。
「空母から、航空機は出てるか?」
「…いいえ、まだのようですが。それが…」
金内は、天栄に指示を出した。
「尖閣諸島の全域を探査しろ。特に、島の周辺だ」
「はい」
天栄はすぐに行った。
ウブスナガミは、その情報にすぐに興味を示した。
「ウブスナガミからの返答です。B作戦なるものを、中国側は実施を決定した模様」
天栄が金内に報告した。
「…島の周辺には?」
「本戦闘地域より少し離れた駆逐艦が2隻ほどあります。現在、無線封鎖を実施している模様」
「その2隻は、なぜ離れたか分かるか?」
金内は、徐々に深刻な顔をしながら天栄に報告した。
「最後の無線では、機関部に重大な故障を発見したので、修理するために引き返すということです。しかし、その兆候は全く見られません」
その会話のうちにも、敵からの攻撃情報、味方の攻撃情報が次々と寄せられていた。
その時、激しい振動を感じた。
「本艦損傷!」
「負傷者複数有り、消火中!」
伝声管を通して、被害状況が報告される。
「本艦内当該地域より撤退、負傷者を優先しろ。医務室から医者を直接よこして、トリアージを進めろ」
「了解」
不幸とは重なるものだ。
さらに、報告が入った。
「ロシア側、9時より被弾。2隻半損。脱出中です」
「2隻、国際信号旗掲げました。2字信号『DX』です」
「普通の人が見たらわからんぞ…」
事実、天栄がそうつぶやいたすぐ後ろにいた金内は、一瞬わからない顔をしていた。
[著者注:国際信号旗の2字信号『DX』の意味は、『私は沈没しようとしている。』という意味になります]
「とにかく、沈没中なのはわかった。救助艇を出して、無事な船に収容せよ。それと、天栄、中国の艦隊から離脱した2隻についても、注意深く推移を見守るように。島の1000m以内に入ったら、報告を」
「了解です」
金内が深い苦悩の色を濃くしながら、天栄に指示を出した。