77.
露欧戦線観戦武官の下井田徳多陸軍大佐は、宇宙軍からの連絡を受け取っていた。
「ミハイル・グンジャエフ司令官閣下、我が方の宇宙軍から連絡が。敵が、爆撃機でこちらに向かっているそうです」
「そうか。迎撃は」
「すでに開始しておりますが、なかなか命中弾が出ない状況ですね」
ロシアと日本は、現時点では同盟を結んでいるため、ロシアの援護を日本が採ることができる。
本来であれば、観戦武官は、戦況について何か物を言う立場にない。
「なら、仕方あるまい。今は、見守っておくしかできまい」
ドォーンと、相変わらず列車砲の音が響いている。
「海からの敵は?」
「戦車砲で撃退してますがね。空と陸からも、同時に攻撃を受けるのであれば、一時的にしろ、撤退することが筋でしょう」
笑った直後、ロシア軍服を着た伝令が二人のもとへ駈け込んできた。
「緊急にて失礼を。今すぐ避難をしてください。識別圏内の半分へ敵軍爆撃機が侵入しました。ここには3分ほどで到達する見込みです」
「そうか、なら仕方ないだろうな。この近くの防空壕は」
「こちらです」
伝令が案内をしてくれている。
そのうち、上空に迫りくる敵影を目視できるはずであるが、それよりも先に、2人は伝令と地下壕へ避難した。
そこでは、湿気で天井から水がしたたり落ちるような場所であったが、最前線地下指揮所としての機能もある。
「司令官。地上の具合は」
一定間隔で、グラグラと空気の振動を感じるのは、列車砲の振動だ。
「今のところは進行は食い止められている。問題なのは、上空からきているという爆撃機だ。敵が空爆を仕掛けてきているものと思われるのだが、この地下指揮所は大丈夫だろ」
「ええ、すぐ上で核爆発が起きても問題ない設計になっています」
幕僚に聞いて安心しているところに、防空上の警戒を知らせる空襲警報のサイレンが、鳴り響いた。
グンジャエフ陸軍大将は、近くの椅子に座ると、観戦武官である下井田陸軍大佐に聞いた。
「残りは」
「数秒でしょう」
答えた瞬間に爆音が地上から聞こえた。
「撃墜したのか…」
グンジャエフ陸軍大将が立ち上がろうとしたとき、地震のような揺れが襲った。
そのまま椅子に座りなおして、揺れが収まるのを待ったが、揺れは強くなる一方だった。
これを地上から見ていれば、よくわかっただろう。
日本皇国宇宙軍第5宇宙隊所属、近江大臣宇宙軍迎撃少佐率いる飛行隊は、欧州から来た爆撃機を狙っていた。
合わせて10機の航空隊を率いる隊長であるが、他の9機はこの爆撃機の護衛とドッグファイトを繰り広げている。
「でかいな」
「そうですね」
近江迎撃少佐の飛行機の後ろに乗っている、粟生颯希宇宙軍迎撃中尉はすぐに答える。
「どうなんでしょうか。これ」
「見た目から言えば、巨大な何かを積んでいるものか、小さなものをいっぱい積んでいるか。判断がつかないがな」
国際法にのっとり、一応警告を発する。
「まあ、どうせ聞く耳を持たないのは分かっているが」
国際VHF帯で通信を試みたが、相手はうんともすんとも答えない。
「だろうな」
すでに分かっていたことだから、別に近江迎撃少佐は気にしているそぶりはなかった。
「警告弾射出用意」
「終了です」
スイッチを一つ入れるだけでいいのだが、不要なものまで押さないようにするため、確認は常に怠らない。
「射出せよ」
警告弾は、閃光弾の大きなものみたいな感じだ。
赤色の光と煙を出して、さらに音声で敵に対して警告を告げる。
「現在、この進行方向を維持すると、ロシアの領空へ侵入することになる。今すぐに引き返せ」
「…返事ないですね」
「当り前だろうな」
粟生迎撃中尉は、すぐに別の準備を整える。
「弾撃てます」
「よし、迎撃せよ」
エンジンを狙うように設定されている追尾弾を両翼から1発ずつ射出する。
すぐに、識別不明機を察知して、そちらへ向かって2本の煙が伸びていく。
エンジン部へ吸い込まれるように消えたが、爆発はしない。
「どうしたんだ」
「電磁幕を張っているようですね。残り1分で領空です」
「では、パルスキラーを」
「送信準備…完了。行きます」
すぐにレーダーを向ける。
「送信完了。再度迎撃します」
さらに2発が白い煙を引いて爆撃機に勢いよく向かう。
15秒ほどで着くと、今度は爆発をした。
「エンジンに命中しました」
だが、すでに領空へ入っていた。
ここから爆撃機は、腹部にある爆弾倉から黒く太い何かを落とした。
「原爆か」
とっさにそう判断した近江迎撃少佐は、機首をグンと上げて急上昇し、同時に旋回をしながら戦闘空域から離脱した。
同時に緊急警報を布告し、全域に爆弾の着弾に気を付けるように通達した。
そして、飛行機と爆弾は自由落下をし、欧州側の作戦が実行に移される時がやってきた。