31.番外編(3)
月面基地ができてから10周年を迎えた年、私は産まれた。
月面で生まれたのは私が初めてで、どのようになるのかという研究も含まれていた。
重力が6分の1である月には、さまざまなトレーニングルームがあった。
私はそのうちの一つに1日の半分ぐらいをルームにいて、地球へ行った時にそなえて運動をすることになっていた。
受付の人は私の学校の先生も兼ねているから、1日の3分の2一緒にいる計算になる。
10歳の私だったが、周りに同年代の子があまりいないため、家でずっとこもってたり、ここでずっと動いたりしていた。
ただ、同年代がいなくても年下なら何人かいた。
そんな子たちと一緒に、私はいつもと同じように学校から家へといったん向かって、荷物を自室に投げ入れてからすぐにトレーニングへ向かった。
その道の途中で、待ち合わせている桜の木がある神社の鳥居の前で、その子たちと合流する。
「こんにちわー」
10mぐらい先から声が聞こえる。
階段に腰掛けて女の子が私に手を振ってきているのが、はっきりと見えた。
「こんにちは」
8歳になる千島和代は、私といつも一緒にいる。
お姉さんと思っているらしく、"お姉ちゃん"と声をかけてくれる。
彼女の後ろには、弟で今年の4月[日本時間]に7歳になった太古が和代の両肩に手を置きながら全体重をかけて遊んでいた。
「あ、こんにちわ」
私に気付いたのは、和代が手を振ってからだったから、私が声をかける直後になった。
「他の子たちは来てないのかな?」
「うん。うちらが一番乗り」
和代と太古は両親が関西地方出身ということらしく、言葉の端々に関西弁崩れが出てくる時があった。
「今何時?」
太古が私に聞いてくる。
ズボンの右ポケットにしまっている携帯電話を取り出すと、時間を見た。
「10時、10分前」
約束の時間は10時ぴったりだから、それまではもう少し時間がある。
私は彼女たちの横に、ゆっくりと腰を沈めた。
「10分間、何してようか」
私が聞くと、和代が手のひらに収まる大きさの『ネットブック』を取り出して、写真を見始めた。
「地球に行きたいなと思ってるんだ。いつの日か、ね」
そういうと、次々と地球の光景が映し出されていった。
それらは、まだ私が見たことがないものばかりで、思わず見入ってしまうほどだった。
「こんにちは」
10時ほぼぴったりに残りの子達がやってきた。
小学校1年~4年の仲良しグループで、大体一緒にいた。
私はその声に反応して、ネットブックから顔を上げた。
「こんにちは、10時ぴったりだね」
携帯で時計を確認すると同時に、基地内に時報を告げる鐘の音が響き渡る。
「さて、そろそろ向かおうか」
目的地は言わなくても分かっている。
私たちには地球へ行くために必要なものだった。
擬似重力発生装置という名前が付けられた大型体育館ほどの大きさがある機械の中に、私たちは私服のままで入った。
「では、徐々に1Gへ増圧していきます」
地面の下に板状の重力発生装置があり、それによって、私たちが入っている部屋だけを増圧することが出来るようになっていた。
全ては、今年の遠足のためだった。
毎年春になると、どこかへ遠足に行くという話が出てきた。
前は、同じ月面基地を展開している欧州月面基地へ行き、その前は地球から見て裏側に当たるところへ出かけて行った。
そして今年は、みんなそろって地球へ行くということになり、産まれてからずっとさせられている1G耐久訓練も皆来るようになり、月面の6倍になる重力に勝てるようになった。
翌日、地球でも何事もないように動けることがわかったということで、無事に遠足に行くことができるようになった。
小学校で、全員を前にして先生が話を始める。
「来週の遠足は、本国へ行くことになりました。御両親に話をしてあげてくださいね」
人数が少ないから、全学年が一つの教室に集まっていたから、嬉しさも同時に味わうことができた。