18.
第19章 月までの道のり
地球の重力圏を振り切ると、約3日に及ぶ旅が始まる。
「ほら、見てごらん」
氷ノ山が、宮司に船の窓をのぞくように言う。
「あれが、地球だよ」
碧き地球。
人類が生まれ育ち、今大空に向かい羽ばたこうとしている地。
「シートベルト外してもいいですよ」
操縦士からの声が聞こえる。
カチャカチャとはずす音があちこちで聞こえてくる。
「浮かぶぞ…!」
驚いた声で、誰かが叫ぶ。
「重力制御装置なんて、まだ夢の中の産物よ。無理やり起こすことは可能だけど、エネルギー使用率が大きくなってしまうから、できる限りやめておきたいの」
氷ノ山が浮かびながらいう。
「そういうことですか」
地球を見ながら、全員が浮かんでいた。
さすがに操縦士は浮かぶことはできないようだったが、交代する際と、これから2日間は、自動航行装置を働かすことになるので、その間は、このように楽しめるだろう。
ただし、その前にしなければならないことがある。
日本皇国などが作った宇宙ステーションをかすめ、アメリカ大陸を眼下に収めると、次はいよいよ第2宇宙速度を得て、月へと向かうことになる。
「再び、シートベルトを着けてください」
操縦士が船内放送をかける。
浮かんでいた人たちも、それぞれの席へと戻る。
「再加速、秒読み入ります」
自動音声が続いて流れ、ひとつづつ数字が減っていく。
0になった瞬間、発射のときと同じような感覚があった。
すなわち、背もたれに押さえつけられる感覚である。
「第2宇宙速度到達。さらに速度を上げます」
地球が、人類が、宇宙ステーションが、家族が、友人が、すべてが遠くなっていく。
「これで、いよいよだね……」
氷ノ山がこぼした言葉は、誰にも届くことなく、エンジンの轟音と共に消えていった。
「地球重力圏より、影響離脱距離通過。ここからは、慣性飛行に移ります」
今までの押し付けがうそのように消えた。
「シートベルト、外してもらっても構いません。本船は、これから自動航行モードに入ります」
それを最後に、操縦士が操縦席から離れ、船内の客席部分にきた。
「氷ノ山宇宙軍少佐。お久しぶりです」
「そう言っても、つい半日前以来だけども…」
「宮司さんもいらしていたのですね」
突然話を振られたので、どう言えばいいのか一瞬迷った。
「そうです。しかし、今回は陸軍の予備役としてではなく、一神職としての依頼なので、それほどまでにあらたまられなくても構いませんよ」
そうは言ったものの、結局は、陸軍の配下にあることには間違いなかった。
自動操縦中は、速度が基本的に一定となる。
慣性によって動き続けるという理屈だ。
「ちゃんと動いてるんだ」
「動かないのが困るのよ」
氷ノ山が、宮司に突っ込んだ。
「そりゃそうですよ。でも、ここまで高く飛んだ…宇宙にまで来たことは初めてなので」
「これまでは、宇宙軍の管轄だったからね。宇宙飛行士も、『宇宙航空研究開発機構(JAXA)』も今となっては宇宙軍の傘下よ」
宮司が船内を見回してみると、青い服を着た一団が、一番後ろに座っていた。
「あの人たちが…」
「JAXA所属の、専任宇宙飛行士よ。基地の外、空気がないところへ行くことができる権利を持っているのは、彼らだけで、彼らが同伴して、私たちも始めて外へ出ることができるの。基地の中だったら私たちのほうが地位は高いけど、緊急時や、外へ出ている時には、彼らのほうの命令が上位に来ることになってるわ」
そんな人たちとはついぞわからずに、楽しそうに軍服を着た人たちと談笑している。
「そんなすごい人たちなんですね」
「昔は、あの人たちしか宇宙に行くことができなかったから、やっぱり、尊敬の対象となるのよ」
氷ノ山が後ろをちらちら見ながら宮司に教える。
「やっぱり気になるのですか」
「そりゃそうよ。私たちの先輩になる人達ですからね」
宇宙軍や陸軍といっても、宇宙で実際に戦闘を繰り広げることは、今のところ考慮に入れられていない。だから、実際に宇宙へ飛べるように特別な訓練を受けた彼らを、自然と尊敬してしまうのだろうと、宮司は考えた。