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第18章 月基地設置準備
幾度の春が過ぎ、幾度の冬が過ぎたこの季節。
世界史を変える出来事があった。
夏、7月の下旬に種子島から打ち上げられた月探査及び居住空間確保衛星「天照」が打ち上げられた。
これからの世界をあまねく照らすことを記念してつけられた彼は、数日の航海の後、あるところに着陸した。
そこは、月探査の為と称し、日本皇国がウブスナガミ設置を前々から公に宣言していた地点だった。
その事実を受け、北米条約連合は動いた。
「中国側と話し合いたい」
大統領がひとことだけいうと、大使はすかさずきた。
複数の小国に分割されたといっても、いまだにその影響力は大きい。
「いかがいたしましたか」
「本土の方から連絡は入っているだろう。天照についてだ」
すべて知っているような眼をして、大統領が中国大使を問い詰める。
「あの衛星についてですか」
「ウブスナガミがいると思われる地点に着陸したことは確認している。ずいぶん前に入手した座標と同じところだ」
「それで、我々にどうしていただきたいのですか」
「分かっているだろ」
有無を言わさない真剣な目をして、大統領は大使を追い詰める。
「分かりました。情報を流せということですね」
「そういうことになる。月競争第2幕の幕開けだ」
欧州連盟は今回の日本皇国の打ち上げに対して、自国も同様のものを打ち上げることを示唆。
3年以内に、有人基地を建設することを明言した。
これに対抗する形で日本皇国も動き出す。
「皇紀2710年初には、恒久施設を建造し、有人活動を開始する」
閣議で正式に決定し、それに向けての行動も開始された。
「宇宙軍は、恒久施設の管理・運営・事務をつかさどり、その保護として陸軍の小隊を充てる。海空軍は、恒久施設が一定の大きさになり、現場が必要だと判断するまでは、派遣を見送ることとする」
首相が会見の場で明言した。
「場所はどのあたりになるのでしょうか」
「すでに探査衛星はうちあがっている。その付近になることは間違いないだろう」
さらっと言うが、その真相は違ったところにあった。
会見が終わった後、次の日の閣議にて、その話が出された。
「月恒久施設の件はどうなった」
「宇宙軍はすでに準備を整えています。陸軍もどの小隊を派遣するかを決定しました。月の神々へのお供え物も、神職の者も選定済みです」
「分かった。地鎮祭は重要だからな。その土地の神々への安寧を祈願しておかなければ、後々ややこしいことになりかねん」
「日本は、自然を敬い、自然と共に生きてきましたから。その土地の神々へよろしくお願い申し上げるのも、自然なことでしょう」
陸軍と宇宙軍の混成部隊は、種子島宇宙センターにすでに集合していた。
「せいれーつ!」
部隊長である氷ノ山は、混成部隊を目の前にして、訓示を行った。
ほとんど形式的なものである訓示だった。
「……では、これより発足式を行う。宇宙軍省大臣猪井恒星より、お言葉を頂戴します」
司会は宮司が行っており、陸軍の軍服を着用していた。
猪井は、登壇する前に国旗、陸海空宇宙各軍旗に一礼し、登壇してからも聴講者に一礼した。
「猪井恒星です。今回の派遣は、一時的なものではなく、月に人間が恒常的に住むことを条件にして設計されています。本派遣隊の主要な面々の中には、科学者も少なからず入っており、今後の宇宙時代を見据えて、新たなる技術革新を起こし……云々」
数分間、こんな感じで話が続いた。
その間誰一人として動く者はいなかった。
その翌日、新しく作られた宇宙旅客輸送機「昴」が種子島宇宙センターより打ち上げ準備に入った。
「いよいよですね」
氷ノ山に宮司が言った。
宮司は陸軍の服装はしているが、正式な陸軍の隊員ではない。
しかし、公式の場ということもあり、氷ノ山を上官として扱うことになる。
「そうね」
「そういえば、今日は星井出はいないんですね」
宮司にそう言われて、氷ノ山は苦笑いをしながら言った。
「実は星井出はね、今日来る予定だったんだけど、食中毒になってね」
「そうだったんですか」
それから発射までの約30分間、氷ノ山と宮司は、ずっと話しながら待っていた。
30分後、船内放送がかかった。
「本船は、これより離陸準備に入ります。総員、着席をお願いします」
涼やかな緊張感漂う声が、船内に響き渡る。
ざわついていた船内も、瞬時に静まり返り、シートベルトを確認する音だけが響いた。
「移動開始」
通常の発射台では間に合わないほどの大きさなので、滑走路を使っての離着陸になる。
ゆっくりと速度をあげながらも、のんびりと移動を始める。
最初は飛行機と同じように、大気圏の中にいるが、地球を一周する間に第1宇宙速度を突破するほどの推力を得るようにする。
そして、月へと飛び出すのだ。
「一時停止。信号を待ちます」
滑走路の一番端に船は止まった。
「大丈夫?」
氷ノ山は、すぐ横で固まっている宮司を見つけて聞いた。
「あ、大丈夫です」
そう言っているが、がちがちであることは間違いない。
「絶対ない」
断言するような口調で、氷ノ山は言い切った。
それから、動き出すまでの数秒間、スッと電気が落ちた。
「電力最大供給、発射準備全部完了。総員、シートベルト着用」
操縦手の声にも、自然に力が入る。
これから月へ向かい、月から地球を見続ける。
彼らの子孫の為に、日本皇国の為に。
「発射!」
急激な重力発生によって、座席の背もたれに押しつけられた。
月へ向けて、船は地球を離れた。