最終話 「偉大なるかな皇帝陛下!」(前編)
最終話は、これまでのお話(1~7話)をお読みになってから読んでみて下さいませ。
「良いかね、ジャック・ウォッチャー君。これから吾輩の言う事を、しかと書き留めてくれ」
「は、はいッ。了解しました――『皇帝陛下』」
僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。
不思議に思うかもしれない。取るに足らないこの僕が、口述筆記の役目を担う。しかも相手は「皇帝」だ!
ところがどっこい、ベッドに伏せるご老人、みすぼらしい事この上ない。
言うまでもない事だけど、僕の住むこのエドウッドの街、国王陛下が治めてる。
じゃあなんで、「皇帝陛下」がいるかって? それについては説明が要る。
しばらくちょっとお耳を拝借! 我らが街の「皇帝陛下」、その素晴らしき業績を!
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「皇帝陛下」。彼はもともと商売人で、お金儲けに大失敗。財産失い路頭に迷い、飢えて死んじゃう寸前だった。
ところがある日、天啓受けたか気が触れたのか、突如「皇帝」自称し始め――見てくれ貧民そのものなのに、立ち居振る舞いまるで王族! 人々みんなビックリだ。
「吾輩はエドウッドの街の人々の懇願に応じ、ここに自ら『皇帝』たる事を宣言し、布告す。
今の支配者『大罪王』は人々に圧政を強き、苦しめている。断固として許す訳にはいかない!」
そんな投書が載ったのは、今からおよそ三十年前。
街に住んでる人々は、「大罪王」の運河事業に駆り出され、お金も余裕も何もなかった。
そんな折、幅利かせてたのは「新聞屋」。できたばかりの新事業、あらゆるニュースを紙面に記し、格安サービスみんなにお届け!
中でも人気があったのは、「皇帝陛下」の勅令だ。もちろん本物じゃあないよ? エドウッドの街、過去の歴史を紐解けば、皇帝いた事ないからね!
当時の街は、戦争、飢饉。貧困、疫病。あらゆる不幸がどっと押し寄せ、しっちゃかめっちゃか悲惨の只中。
こりゃかなわぬと、民衆こぞって立ち上がり、「大罪王」は捕まって、今の国王一族が新たに治める時代に変わった。
それでも最初は問題だらけ。ここぞとばかりに「皇帝陛下」、「新聞」投書で言いたい放題。
「同じ宗教の宗派で争い合うのは不毛である。暴力を捨て対話で解決せよ」
「物資流通の不便が深刻である。これを解決するため、○○区と××区の間に橋を掛けよ」
これらの「勅令」、ひとつひとつは至極もっとも。目のつけ所は大変よい。
とはいえ実際権力はなく、街の人々面白がるも――「陛下」の出した御勅令、ほとんど全ては無視されて、結局実行されずに終わった。
ことほどかように権力者には、相手にされない「皇帝陛下」。
意外に思うかもしれないが、実は我らが「皇帝陛下」、民衆からは愛されていた。
収入アテがある訳でもなく、家族は飼い犬二頭だけ。
にも関わらず、彼が生活できたのは――行く先々で人々が、「陛下」を歓迎したからだった。
「偉大なる『皇帝陛下』から、お代をいただくなんてとんでもねえよ」
「いつでも無料でご利用下さい。その代わりウチの店に『皇帝陛下御用達』の看板を掲げる許可を!」
偉大なるかな「皇帝陛下」、実際街じゃあ人気者。
「皇帝陛下御用達」、看板掲げたお店や宿屋、こぞって人々詰めかけて、商売繁盛、人気上々! 嘘みたい? ホントの話さ。
あるとき街の警官が、「陛下」を逮捕した事あった。
その理由、「彼は病気である為に、医師の治療を受けさせる」。割とマトモな動機じゃないかな?
ところがしかしこの事件、民衆の耳に入るや、誰も彼もがカンカン怒った。
「我らが『皇帝陛下』に何たる不敬か!」
結局「陛下」は釈放される。その時彼はこうのたまった。
「吾輩を知らぬ警官の無知は遺憾であるが、彼も悪気があった訳ではない。
よって恩赦を言い渡し、無罪放免とする」
寛大きわまる御沙汰にて、街の人々ホッと安心。
これ以降、街の警官みな例外なく、「陛下」と道ですれ違うたび、ビシッと敬礼するように。信じられないカリスマ性だ!
「皇帝陛下」の人気の秘訣。常に温厚、常に聡明。街の人々だけでなく、世界も憂う優しさにあり!
戦争終わって間もない頃に、移民がどっと押し寄せて、街の人らと大いに揉める。一触即発、暴動寸前!
そんなピンチを救ってくれたは、もちろん我らが「皇帝陛下」。
「移民であろうと地元民であろうと、吾輩の愛する臣民に変わりはない。
どうか吾輩に免じて、怒りを治めてはもらえぬか」
そう言って、「陛下」は深々頭を下げる。
するとたちまち双方とも、頭を冷やし「陛下」に一礼。暴動騒ぎも沈静化。
ひとつひとつを挙げ連ねれば、いつまで経っても終わりゃしない。
我が街誇る「皇帝陛下」、その素晴らしさに関しては、分かってくれたと信じたい。
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「吾輩はおよそ三十年、『新聞屋』に投書してきた。
様々な勅令を発したが、その何もかもが言葉通り掲載された訳ではないし、吾輩の思い通りにいかぬ事も多々あった。
それらの経験から、吾輩が学んだ事を……死の床についた今こそ、お主に話し、託したい」
「……というと。『新聞屋』は信用できない……とかですか?」
僕は思わず尋ねてしまった。
「新聞屋」。最初の頃こそ持て囃されたが――今や紙面に踊るのは、暗く悲しい文面ばかり。
《この世界は残酷だ》
《我々が何不自由なく暮らしている間にも、貧困地域の子供たちは飢え死にしている》
《土壌も海も汚染され、農作物も魚も有毒に。将来深刻な病気が蔓延するだろう》
《ほんの一部の金持ちが私利私欲のため富を独占。我らは搾取され、格差は広がる一方だ》
《隣国の連中はマナーが悪い。慎ましく誇り高き我らには一生かかっても追いつけない》
などなど沢山。みんなも一度は、目にした事があるんじゃない?
「――いいや、『新聞屋』が悪い訳ではない」
ところがびっくり。「皇帝陛下」のお言葉は、僕にとっても寝耳に水だ。
「そもそも彼らを犯人にしても、問題は解決しないのだ。
『新聞屋』も客商売。客の求める需要に応じて記事を書いているに過ぎぬ」
「需要、ですか……? じゃあ、世に飛び交っている暗いニュースは、読者が求めていると?」
「その通り。吾輩が今まで数多くの人間と会い、話してきた限りでは、な。
忘れてはならんのは……人間というのは、明るい記憶は忘れがちで、暗い記憶ほど心に深く残る生き物……という事実だ。
だからこそ暗いニュースやショッキングなニュースを書けば新聞は売れる。逆に良いニュースは売れない」
「……そんな……明るいニュースがあるなら、僕だって聞きたいと思いますけど……」
そこまで口に出してから、僕はよくよく思い起こした。
「皇帝陛下」の言う通り、暗いニュースは印象深く、明るいニュースは忘れちゃう。
新聞読むとき自然と僕は、悲報ばかりを探してた――なんだかとってもショックだね!
「自己嫌悪に陥る事はないぞ、ジャック。悪い部分を探したがるのは、恐らく人間の本能なのだろう。
動物も危険を察知して命を永らえようとする。それと似たようなものだ」
僕の心情察してくれたか、「陛下」は優しく口添えをする。
「だから人々は、世に悪い出来事ばかりが起こっていると錯覚し、だんだん悲観的になってくる。
『世界は悪くなっている。未来は絶望的だ』とな」
「……確かに、そんな話をよく聞きますね……」
「だがな、ジャック。実際は逆なのだ」
「…………え?」
「世界は――確実に『良くなっている』。
それが吾輩の出した結論だ」
(後編へつづく)