第七話 「全知全能!? 声神さま」
僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。
いつも賑やかエドウッドの街、てくてく歩くと見えたのは、見慣れぬ姿のお役人様。
制服全然色違いだし、隣の街の軍人さんかな?
「諸君! 大罪を犯した『声神さま』なる不逞の輩の逮捕に協力して欲しい!
捕えた者、潜伏場所の情報提供を行った者には、教会より多額の懸賞金が支払われるだろう!」
「声神さま」。この名を聞いたその瞬間、街の人々皆察し顔。
「あっそう、ふーん」と気のない顔で、皆足早に通り過ぎてく。
隣の街の軍人さん方、手応えの無さにガッカリしながら、トボトボその場を立ち去った。
今回ばかりは、軍人さんに同情しちゃう。だって捕まえられないもの。神出鬼没の「声神さま」は!
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僕が最初に「声神さま」と、出くわしたのは砂漠の街。十年前の事だった。
この砂漠では年に一回、「火おこし祭り」が催される。一体どんな祭りかって?
ざっくり言えば、自給自足と相互扶助。それが目的、集まりさ!
厳しい砂漠の環境下、今を必死に生き抜こう。
生き抜く為に必要なもの、自前で全て用意して。
どんな人でも受け入れて、どんな人にも与えよう!
但し見返り求めちゃダメだよ! 商取引はノーサンキュー!
奇妙な世界に聞こえるかい? ところがどっこい、現実だ。
一体いつから始まったのか、誰も知らない「火おこし祭り」。
そんな祭りの会場で、一際目立つ老人がいた。
行き交う人々片っ端から、声をかけては沢山の、水と食糧ポンと手渡す。
先にも言ったが、見返り目的ダメだけど、タダでやるのは大丈夫。それが「火おこし祭り」のルール。
最初の内こそ老人は、どっちゃり物資を持っていたのに。惜しむ事なく気前良く、皆にあげまくったもんだから。あっという間にすっからかん!
「うっへぇ……すっごい」
僕ももちろん「声神さま」から、タダで食べ物投げ渡されてた。
ところがしかし本当に、彼が凄いのここからだった。
何と祭りの最終日には、「声神さま」の住んでるテントに、めちゃくちゃたっぷり物資の山!
いっぺん平らになったハズ――それが不思議と、最初の日よりもデッカくなってる!?
「ど、どういう事なんですか。コレ」
「どうもこうもない、単純な話じゃ。
『最も得をする者は、最も多くを与えた者』。という事じゃよ、ジャック!」
口をあんぐり間抜けな僕に、ニヤリとドヤ顔「声神さま」。
デッカく作った木の人形を、燃やし尽くして「火おこし祭り」、今年も無事に終了だ。
「ところでどうじゃ、ジャック? 儂の商売を手伝う気はないか?
確かお主、今は無職だと聞いたが」
「あ、はい……確かに僕は、職を失っています。もちろん暇はありますが……
でも、僕なんかでいいんですか?」
「特に深い理由は無いから、気負わずとも良い。お主は信用できそうじゃから、声をかけただけじゃ。
もっとも、確実に儲かる保証はできんがな」
そんな経緯で僕は誘われ、「声神さま」の新たな商売、手伝う事と相成った。
断る事もできたけど、なんだかとっても気になったから。この老人、途方もない事やろうとしている――そんな予感がビンビンしたんだ!
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「声神さま」の新商売。それは街行く人々に、「お守り」配って回ること。
「ただの『お守り』ではないぞい。いや、カネがかからんという意味ではタダじゃが。
そのお守りに知りたい事を聞くがよい。儂が必ず答えようぞ!」
無料で配った不思議なお守り、どういう仕組みか知らないが。
言葉をこっそり語りかけると、「声神さま」が応じてくれる!
「すごいですね声神さま。お守りさえ持っていれば、どんなに遠くでも声が届くってのも勿論ですが。
どんな質問にも答えられるって。声神さまは博識だなぁ」
「ん? 何か勘違いしとりゃーせんかジャック。
儂は何でもは知らんぞい。知っている事には答えられるが、それだけじゃ」
「ええっ!? でも今さっき確かに『知りたい事に答える』って――」
「ああ、その事なんじゃがな。実はこのお守り、儂の方からでも皆に質問ができるのじゃ。
もし儂が答えを知らぬ質問が来ても、お守りを持つ者の誰か一人くらいは知っておるじゃろう」
「確かに、あれだけ沢山配り歩きましたからねえ……でも、聞いたからって素直に教えてくれるとは限らないのでは?」
「そうそう、忘れるところじゃった。皆の衆! お守りを通じて儂に情報提供してくれた者には。案件1つにつき、銀貨1枚の報酬を授けるぞ!
翌日にはお守りの中に届ける仕組みじゃ。奮って活用しておくれ!」
なんとも不可解摩訶不思議! 声神さまのお守りは、びっくり仰天システムだ!
最初はみんな半信半疑。しかし試した物好きがいて、翌日ホントに入ってた。お守りの中に銀貨1枚!
ここまで来れば瞬く間。噂広まり、みんなこぞって情報提供。ある人なんか、たくさん情報広めた結果、大金持ちになっていた! 信じられないお守りだ。配った僕もビックリだ!
「ふぉっふぉっふぉ。どうやら皆、順調に『お守り』の使い方が分かってきたようじゃのう」
「声神さま。確かにスゴイ勢いで普及してるんですが……コレ、どうやって商売として儲けるんですか?」
何しろお守り自体は無料。声神さまは儲からない。
むしろ情報提供料、出費の方がバカでかい。このままいったら大赤字!?
「なあに、心配は要らんよジャック。『火おこし祭り』の時も言ったじゃろう?
『最も得をする者は、最も多くを与えた者』だとな!」
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最初に結論言うならば、「声神さま」のおっしゃる通り。
お守りシステム便利さに、情報欲しがる商売人たち、こっそりこぞって押しかけてきた。
「確かな金額を出資してくださるのであれば。
儂はもっともっと大勢の人々にお守りを配り歩き、あんた方の望むより正確で、より鮮度の高い情報提供ができるじゃろう。
例えばそう……声だけでなく、目で見た情報などでもな」
いつの世も、商い儲けで成功するのは、情報戦争出し抜いた者。
生き馬の目を抜く彼らの嗅覚は、声神さまから金のニオイを感じたんだね!
「わーすごい! 情報提供料なんて心配要らないぐらいの出資金が手に入りましたよ!
これだけあれば、一生遊んで暮らせますね!」
「何を言っとるんじゃジャック。このカネは、次なる商売の為の足がかりに過ぎんぞい。
憶えておくといい。どんなに素晴らしい技術でも、儲けにならねば、いずれ失われてしまうのじゃ。
故に儂は、次代に残したい技術のために、このカネを使おうと思う」
そう言って、声神さまが声かけたのは、街の片隅小さな工場。
中にいたのは、ガリガリに痩せた地図職人。
「お主の地図製作技術には、前々から目をつけておった。
どうじゃお主。儂の下で働く気はないか? もっと大きな地図を描きたくはないかね?」
「へえ、そりゃまあ……地図職人として生を受けたからには。
街案内の小さな地図よりは、でっかい地図も描いてみてぇんですが。
生憎と無理ですね。あっしは生来、脚が悪いんで」
地図職人さん、若いみぎりに怪我したらしく。
立ち上がってもふらついて、ひょこひょこ足取り危なっかしい。
「ふぉっふぉ。心配は要らん。遠出をする必要なんぞありゃーせん。
儂の『お守り』を活用すれば……この街に居ながらにして、お主に世界を描かせてみせよう!」
突然出てきた、スケール壮大、大風呂敷。
ところが嘘は言ってない。さしもの僕も声神さまの、狙い見当想像がつく。
この頃にはもう「お守り」は、エドウッドの街のみならず、全国各地の津々浦々、誰もがみんな持っていたから!
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声神さまの新たな商売――商売と言っていいのか分からないけど。
「お守り」持ってる人々に、知りたい場所の地図をお届け! しかも更新頻度も多く、地形や店が変わっても、たちまち変化がすぐ分かる。
これももちろん「お守り」使った、声神さまの情報収集・分析能力あってこそ。
今や件の地図職人さん、たくさん腕のいい技師雇い、立派な会社を立ち上げた!
とっても便利で素晴らしい。そんな「お守り」だったけど。
ある日を境に――王族貴族お偉いさんが、声神さまを危険視しだした。
そもそも地図というものは、軍事的にも重要機密。今や一般市民ですらも、正確な地図を把握できちゃう。これじゃ奇襲を仕掛けたくても、一事が万事筒抜けだ。
「諸君! 大罪を犯した『声神さま』なる不逞の輩の逮捕に協力して欲しい!
捕えた者、潜伏場所の情報提供を行った者には、教会より多額の懸賞金が支払われるだろう!」
……てなわけで、冒頭場面に繋がった。
声神さまはもういない。軍隊動き出したこと、「お守り」のせいでバレバレだもの。
というかチラッと見えたけど。取り締まりに来た軍人さんも、お守り首からぶら下げてる! 便利だからね、仕方がないね。
え? 声神さまとつるんでた、僕は捕まらないのかって?
そこは流石の声神さま。僕の行く末考えて、「お守り」こっそりいじくって、僕の情報改竄してたさ。
元々僕は、顔も名前も特徴がない。お偉いさん方そもそも僕に、興味関心ないみたい。ちょっぴり悲しい気もするけれど。
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こうして僕らの「声神さま」は、霞のように姿を消した。
別れる際に知ったんだけど、老人姿はニセモノで、白髪白ヒゲ作り物だった。
素顔をチラッと見たけれど、想像よりもずっと若くて、最後の最後で驚いちゃった!
「お守り」事件は手掛かりナシで、自然と立ち消えうやむやに。
僕も無職に逆戻り。女房子供を養うために、次の仕事を探さなくっちゃ。
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今日も今日とてエドウッドの街、天下泰平、平和そのもの。
それでもたまに、奇妙な噂が話に上る。
やれ、空飛ぶ機械を作るだの。
やれ、前人未到の地に赴き、誰も知らない希少なお宝、発掘するだの。
「どんなに素晴らしい技術でも、儲けにならねば、いずれ失われてしまうのじゃ。
故に儂は、次代に残したい技術のために、このカネを使おうと思う」
突拍子もない夢物語を、耳にするたび――声神さまの、あの日の言葉が蘇る。
確証ないけどもしかして、声神さまがこっそりと、お金を出してくれてるかもね。
僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。
(了)