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第六話 「ふしぎ聖人! リンゴさん」

「ジャック君。今日は記念すべき『リンゴさん』の生誕祭だ。

 気合を入れてそのポスター、全部売りさばいきてくれよ!」

「は、はいッ! 分かりました」


 僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。

 臨時で雇われポスター販売。束ねた紙はちょっぴり重いが、これも仕事だ頑張らなくちゃ!


 しかしちっとも知らなかったよ。今日「リンゴさん」の誕生日だとは。

 いやいや一応、彼の話は知ってるよ? 「リンゴさん」ってば、僕らの街の救世主だもの!


**********


 今は平和なエドウッドの街、三十年前はそうじゃなかった。

 各地で戦乱相次いで、食べるものすら不足気味。あわや集団飢餓状態で、洒落にならない有様だった。


 そんな時、やって来たのが「リンゴさん」。その本名は誰も知らない。

 リンゴの苗木や種を片手に、当時の飢えで苦しむ人に、タダ同然で配り歩いた。

 「リンゴさん」のもたらすリンゴは必ず育ち、大きくたわわな実をつける。

 評判の良さと安さもあって、街はたちまちリンゴでいっぱい!

 お陰で飢えてた貧民たちも、その時大勢救われたそうな。

 確かに街の救世主さまだ! 天晴れ我らが「リンゴさん」!


**********


「そんな伝説の救世主の割には……貧相なイラストだなぁ」


 僕はポスター見やりつつ、思わず溜め息ついちゃった。

 だってこの絵の「リンゴさん」、とってもみすぼらしいんだもの。

 よれよれ作業着、ひょろりとのっぽ。細いどころか痩せっぽち。まるでどこぞの浮浪者だ。


 こんなのホントに売れるかな? そんな懸念は杞憂だった。

 あの「リンゴさん」のポスターと知るや、皆我先にと買おうと群がり、鳥飛ぶように売れていく。

 生誕祭なのも大きいのかな? 中には泣いて喜ぶ人まで。よっぽど慕われてるんだなぁ。


 お陰で重たいポスターの山、お昼過ぎには綿毛同然。僕の心も軽くなった。


**********


 街の郊外まで出ると、リンゴ畑に人だかり。


「リンゴさん! お久しぶり」

「帰ってきてくれたんだね。会いたかったよ!」


 何とビックリご本人。生「リンゴさん」がこの目で見れる!

 僕は思わず人混み掻き分け、彼の姿を拝もうとした。するとまたもやビックリしたね。


 「リンゴさん」のホントの姿――服の代わりに小麦の袋、帽子の代わりに(すず)の鍋。もちろん靴など履いちゃいない。

 何てこった、このポスター! これでも実物よかマシだった! 相当美化して描かれてたんだね!


 それはともかく「リンゴさん」、どうして街に来たかというと。

 彼は一生懸命に、リンゴ畑を渡り歩いて、リンゴの様子を見に来てたんだ。

 元はと言えばもちろん全部、本人が配り歩いたリンゴだよ。


「『リンゴさん』はねえ、ああやってリンゴを定期的に調べてくれるんだ。もちろんタダで。

 んで、育て方や不作の時の対策、害虫予防まで……親身になってアドバイスもしてくれる」


 というのは、リンゴ農家のおじさんの言。

 なるほど伝説本当だった。これだけ手厚いアフターケアなら、そりゃあ立派に育つよね。


 「リンゴさん」、見た目は奇抜で貧相で、髭ももじゃもじゃみすぼらしい。

 それでも皆に愛されてる。大人も子供もニッコリだ。僕もつられて微笑んじゃった。


**********


 彼の仕事も一段落し、ふと僕に気づいたらしく――「リンゴさん」から声かけてきた。


「きみは……何をしているんだ? その紙は何だい?」

「ああ、これは……『リンゴさん』、あなたを描いたポスターなんですよ。

 今日はあなたの生誕祭なんで」


 言われて怪訝な「リンゴさん」、ポスター1枚手に取って、まじまじ見ながらこう言った。


「……僕、鏡をあんまり見ないから分からないけど……こんなにハンサムだっけ?

 それに今日、僕の誕生日だったのか。初耳だなあ」


 まさか当の本人相手に、こんな会話をする羽目に。事実はポスターより奇なり。

 すると突然「リンゴさん」、粗末な本を取り出し言った。


「教会の経典は好きかい? ええと、きみ名前は――」

「ジャックです。ジャック・ウォッチャー」


「ジャックか、良い名だ。

 何も持たずとも、神の教えがあれば生きていける。

 もし経典をじっくり読む機会がなければ、僕の本を貸すぞ」


 そう言えば聞いた事ある。「リンゴさん」は信心深く、経典4冊持ち歩いてるとか。

 彼は神の教えを守り、清貧旨とし、生涯独身。


「その歳で何故、嫁を貰わないんだい?」あるとき誰かが彼に尋ねた。


「僕は天国で二人の天使と結ばれる事になっていてね。

 でも条件がある。地上では結婚しないこと。動物を食べないこと。善良でいること、さ」


 彼はあちこち渡り歩いて、戦争中の地域だろうが、どこでもお構いなしだった。

 もちろんしばしば拘束される。でも彼の善良な立ち居振る舞い。それらを見て皆、彼を解放するんだって。


 ある時なんて、自分を襲った毒蛇を、殺してしまって嘆いたそうな。


「済まない――生き物を殺さないと誓ったのに」


 街の人より善良で。野に住む人より自然に暮らす。彼は誰からも慕われていた。


**********


 温厚極まる「リンゴさん」、それでも怒った事はある。生涯たったの一度だけれど。

 あるとき街の酔っ払い、「リンゴさん」に向かって言うには。


「アンタが熱心に信奉する経典には、『知恵の実』が出てくるじゃないか。

 食べた罪で『始まりの夫婦』が楽園を追放されるっていうアレさ。

 アレはリンゴの事じゃないのか?」


 それに対して「リンゴさん」、珍しく熱くこう語った。


「馬鹿言っちゃいけない。経典には『知恵の実』がリンゴだなんて、一言も書かれちゃいないだろう。

 経典をよく読んでごらん。リンゴに関して11回も肯定的な記述が載っているんだから」


 やり込められた酔っ払い、さすがに酔いが醒めたのか、我に返って謝罪した。


**********


「――すっかり話し込んでしまったね、ジャック。

 申し訳ないけど、もう行かなきゃ。次の街でリンゴの木が待ってるんだ」


 別れ際、僕はふと気になり尋ねた。


「どうしてリンゴを育てようと思ったんです?」


 すると我らが「リンゴさん」、当然のように胸を張る。


「そんなの決まってるじゃないか。リンゴが好きだから、だよ」


 リンゴ大好き「リンゴさん」、誇らしげに語る語る。


「僕は子供の頃から、大きなリンゴの実を見るだけで、自然と笑顔になれたんだ。

 好きなモノだから育てたいし、広めたい。それ以上に素晴らしい理由が他にあるかい?」


 これ以上なくシンプルで――とても素敵な理由だった。

 僕は頷き、後ろ姿を見送った。


 めでたくポスター全て売り切れ、僕の右手に「リンゴさん」からリンゴの種が。タダ同然で譲って貰った。

 さっそく帰って、家庭(いえにわ)にでも植えてみようっと。


**********


 数年後。旅の途中で歓迎された「リンゴさん」、寝床を断り野宿した。

 その翌朝、地面の上で――眠るように亡くなっていた。たぶん予感がしてたんだろうね。


 彼の墓碑にはこう刻まれた。「彼は人の為に生きた」と。

 当然だよね。不思議な姿だったけれども、まごうことなく聖人だった。


 死後の世界の事なんて、僕にはちっとも分からないけど。

 「リンゴさん」なら天国で、二人の天使と添い遂げて、きっと楽しく幸せに、リンゴに囲まれ暮らしているさ。


 僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。



(第六話 終わり)

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