第五話 「悪逆非道? 大罪王」
僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。
そんな僕だが半年間、国王警護の任務に就いてた。
もっとも僕の腕っぷし、全くちっとも期待できない!
なのに何故、僕が警護をやってたのかって?
エドウッドの街が平和だからさ!
もしも万一あったとしても、相方となる大先輩が、音に聞こえし豪の者だし。心配ご無用、ご意見無用。
街があまりに平穏すぎて、僕らはすっごく暇なんだけどね!
そんなこんなで――任務期間の約半年、そろそろ満了しそうな頃に。
勤務時間が無事終わり、帰宅しようとしていた矢先。
国王陛下の政務官、僕をこっそり呼びつけた。
「ジャック・ウォッチャー君。この半年間のキミの忠勤ぶり、実に素晴らしいものだ。
相方の『大剣豪』どのも、しきりに褒めていたよ。何より礼儀作法も心得ている」
「それはどうも、ありがとうございます」
政務官、美辞や麗句を並べ立てるが、その眼はちっとも笑ってない。
「キミの実直さを買って、国王陛下直々のお達しがあるのだが……
引き受けてもらえるかね?」
僕は知ってる。これは有無を言わさぬ奴だ。いわゆる「君に拒否権は無い」だ!
嫌な予感はビンビンするが、不思議と断る気分になれない。
理由も特に思いつけずに、僕は話を聞く事にした。
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数日後。国王陛下直々に、巨大運河を訪れていた。
年に一回、運河の完成記念日に、感謝のお言葉述べられるとか。
この街でダントツ一番の大運河。毎日たくさん船が行き交い、街の発展貢献している。
エドウッドに住む人々に、どれだけ利益をもたらしているか!
国王陛下は言うに及ばず、重臣側近引き連れて、視察イベントは進んでいく。
もちろん陛下のお傍には、警護に当たる「大剣豪」。
そして僕はというと――イベント渦中に「いなかった」。
目立たぬ粗末な格好をして、こっそり茂みに隠れてた。
「……うむ、問題なさそうだな。皆、影武者を余だと信じ切っておる。
では行こうか、ジャック」
僕の隣で僕と同じく、地味な服装した男性。実はこの人――国王陛下。ホンモノの。
未だに僕は夢心地。ホントにこれが現実なのか……?
公務の式典脱け出して、こっそりどこに行く気なの!?
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「話は事前に伺いましたけど――本当になされるんですか? 陛下」
「無論だ。十年近く近臣の説得を続け……此度ようやく機会を得たのだ。
これを逃せば、余が生きている間に成し遂げる事――二度と叶わぬであろう」
「……何故、僕のような臨時雇いの護衛と一緒に?」
「臨時雇いだから良いのだ。皆に顔が知られておらん。
もし余が長年勤めている者と脱け出せば、式典中に騒がれるからな。
この半年、お主の勤めぶりは密かに見ていた――そして問題ないと判断した」
そこまで買ってくれるのは光栄だけど、やっぱりこの人無茶苦茶だ!?
万一バレたらどうする気なんだ……?
心臓バクバク言わせながら、僕と陛下が向かった先は――寂れた裏通りの墓場。
国王陛下長年の悲願。傍から見れば、それは単なる「墓参り」。
でも問題は、墓石の下に眠る魂。
街の誰もが忌み嫌う、「大罪王」と呼ばれし人物。
「ジャック。きみは『大罪王』について何を知っているかね?」
「ええと……」
訊かれて僕は口ごもり、躊躇いがちに言葉を紡いだ。
「重税を課し、圧政を敷き、悪逆非道の限りを尽くし――民を苦しめたと。
そして陛下の一族によって成敗された『大罪王』だと」
「大罪王」の名前の通り、絵に描いたような悪党ぶり。
彼の無道を見かねた故か、正義の挙兵し、「大罪王」を討った者あり。ご存知我らが国王陛下。
「うむ、そうだ。我らがこの街の為政者となった折、散々にそう喧伝したからな。
恐らく我が街に住む子供ですら、諳んじる事ができるだろう。
だが実は――その話は半分正解で、半分が間違っている」
そう語る国王陛下の瞳は……寂しげだった。
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国王陛下が語るには、遡ること五十年前。
港湾都市たるエドウッドでは「大罪王」なる人物が、首尾よく折よく治めてた。
もっとも当時は、もっとマトモな名前で呼ばれ、結構慕われてたそうな。
農業政策推進し、治水事業に力を入れて、民の生活安定の為、日夜邁進してたんだとか。
(確かに――街で伝え聞いている話とは、全然違う……)
ところがどっこい大運河、完成するには莫大なカネと多大な労力必要だった。
近隣住民言うに及ばず、男手すべてを召し上げて。それでも足りぬと分かった時は、女子供も駆り出した。
「急がねば。運河が完成しなければ、何の為に大金をつぎ込んだか分からぬ」
焦りを感じた「大罪王」は、何かに憑りつかれたように、大規模事業にのめり込む。
しかし苦役に喘いだ民は、「大罪王」を罵り始めた。
「俺たちをこんなにこき使いやがって。これじゃ畑も耕せねえ!」
「王の道楽にこれ以上付き合ってたら、私たちみんな飢え死によ!」
街の人々不満がつのり、くすぶり続け、怨嗟の声が渦巻いた。
そんな状況利用して、立ち上がりしは国王陛下の御一族。
陛下が一旦決起をするや、皆はこぞって手の平返し。たちまち捕まる「大罪王」。
「民に重き税と労役を課し、非道の限りを尽くした王よ!
汝の業に対する報い、今こそその身に受けるが良い!」
無惨なるかな「大罪王」、邪悪な魂宿す者と、教会からも烙印押され。
火刑に処されてしまったとさ。
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「……でも、民を苦しめた原因とされる大運河は」
「そうだ。我が一族が征服した時、運河はすでに完成間近だった。
ゆえに我らは事業を引き継ぎ、『大罪王』の作りし大運河を受け継いだのだ」
とりもなおさず国王陛下、巨大な運河の有用性、気づいていたに他ならない。
「エドウッドの街が今、これほどまでに豊かで平和になったのは。
間違いなく、疑いようなく――『大罪王』のお陰なのだよ」
そこまで聞いて、僕は奥歯を噛みしめた。
「……何故、なんでしょう。
『大罪王』は何故、殺されなければならなかったのですか?」
口に出す気はなかったけれど、思わず言葉がポツリと漏れる。
国王陛下、僕を咎める事もなく――慈愛に満ちた声で答えた。
「そうだな――彼のやった事に何一つ間違いは無かった。
ただ……行き過ぎた。急き過ぎたのだ。
ジャック。この世で素晴らしい事を成し遂げる為に、最も必要なモノは何だと思う?」
逆に質問返されて、僕が答えを出せずにいると。
「――それは信頼だよ、ジャック・ウォッチャー。
その者の為す事が善か悪か、益か害か。そんな事は一切関係が無い。
やっている事は全く同じなのに、信なき者は忌み嫌われ、信ある者は支持される。
我が一族が『大罪王』に勝利したのは、我らに正義があったからではない。
我らがこの街の者たちに馴染み深く、上に立つに足る信頼のおける一族だったからだ」
国王陛下のお言葉からは、何も感じ取れなかった。
傲慢も悲哀も、嘲笑も憐憫も、そこには無い。
ただ「そうあるべく」して、為ったのだ――と言わんばかりであった。
「……陛下。何故僕に話したんです?」
不思議に思って僕は訪ねた。
僕は王の友じゃあない。単なる街の一市民。
とてもじゃないが、信頼に足る男じゃない。
「あなたは今、とても危険な本音を話しました。
もし僕が『大罪王』に縁のある者だったとしたら?
よしんばそうじゃなかったとしても、こんな不用意な発言、政敵の耳に入ってしまえば……」
「お主が仮に誰であれ――エドウッドの愛すべき市民の一人に他ならぬ。
今のは余の、偽りなき心の内よ。それで余が王を追われるなら……それも運命なのだろう」
それ以上、僕は何も言えなかった。
もしかするとひょっとして、王は「疲れて」いたのかな……?
下手すりゃ何十年もの間、罪の意識に苛まれ、吐き出さずにはいられなかったか……
実に奇妙な、王のお忍び墓参り。誰にも見られず、誰にも聞かれず。
陛下はまだまだご健在。
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ここは図書館。数年前に完成した、我が街自慢の知識の宝庫。
国王陛下の下知により数多の書物が所蔵され、誰でも無料で閲覧できる。
故に各地の学者が集い、皆熱心に勉強していた。
都市学校にも入れぬような僕らみたいな下層市民も、ここなら読み書き学び放題。
ある時僕は思い立ち、過去の歴史書紐解いた。
今では滅多に顧みられない、「大罪王」の記述もある。
彼の遺した詩文には、悲哀に満ちた儚さが。
恐らく自分の行く末を、薄々予感してたんだろう。
彼が遺した最期の言葉は、街の統治のノウハウだった。
己が死せる寸前まで、民の暮らしを案じてたんだ。
(ここには、当時の記録が……真実が載っている。
街の巷で言われているような暴君ではなく――当時ありのままの『大罪王』が、赤裸々に記されている)
教育政策実を結び、独学とはいえ貧乏人でも本が読める。
やがて市民が賢くなれば……本当の事に気づくだろう。
いつか来る。悪逆非道の「大罪王」――そう呼ばれずに済む日が、きっと。
(これが、国王陛下の……せめてもの罪滅ぼし、だったりするのかな?
でも今の陛下も立派だし、街は平和で賑わっている。
子供が大きくなったら――この図書館で学ばせたいな)
そんな将来思いを馳せつつ、今は生活考えなくちゃ。女房そろそろ、堪忍袋の緒が切れる。
僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。
(第五話 終わり)