第三話 「金貨大好き! 銭将軍」
「結果から言おう。ジャック・ウォッチャー君。
テストは合格だ。おめでとう、採用だよ」
「あ、ありがとうございますッ!」
面接官のお言葉に、僕は満面笑みを浮かべた。
「――ただ、気になる点がひとつ。答えてくれるかな?」
「は、はい……何でしょう」
「きみは確か、下層市民の出だったね? 略歴を見る限り、都市学校の学歴は無い。
にも関わらず、今回の試験に合格できるだけの算術――どこで習ったんだ?」
痛い所を突いてくる。思わず僕は顔を歪めた。
「ええっと、それは……その、家庭教師に――」
「……………………ふむ」
胡散臭げに面接官、鋭く僕を睨めつける。しどろもどろになる僕の、言い訳あんまり信じちゃいない。
気まずい空気が漂う中で、面接官はこう言った。
「まあ良い。きみの出自は問わぬ事にしよう。
何しろ今は、一人でも多く計算ができる人材をかき集めねばならんのでな。
きみにその実力がある事は分かった。それで充分だ」
「そ、それはどうも……」
何とか採用勝ち取ったけれど、彼の顔色未だ優れず。
とても疲れているようで――僕はとっても気になった。
「面接官さん、まるでこの世の終わりが来るみたいな顔ですが……どうしたんです?
まさかとは思いますが、経典に記されし魔王でもやってくるんですか?」
冗談めかして僕が訊いても、相手はニコリもしなかった。
「魔王……そうだな。似たようなものかもしれん」
「えっ」
「もうすぐ街にやってくるのだ――恐るべきかな『銭将軍』が!
彼奴がやってくる前に、我らの仕事が終わらねば……我がエドウッドに未来はないッ!」
何たる事。いつからそんなスゴイ話に?
彼の言う「銭将軍」の来訪は、エドウッドの街最大の危機!……であるらしい。
**********
僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。
今回僕が応募したのは、国王陛下の御布告。「算術心得ある者求む!」
あちこちド派手に宣伝されて、そりゃあ大勢集まった。
僕は下層の貧民だけど、幸い算術少々たしなみ、これはチャンスと名乗りを上げた。
臨時で期間は一週間。先方よっぽど人手が欲しいか、めでたく僕も一員に。
詳しい内容伏せられたまま、一体どんなお仕事なのかな?
僕らの前に現れたのは、疲れた顔したお役人様。
彼の合図で運び込まれる、おびただしい数紙の束。どんどんドサドサ積み上げられて……ちょっとその数、多過ぎない!?
僕らも結構人数多いが、そびえ立ってる羊皮紙の山、見上げてたちまち青ざめた。
「……キミ達の雇用期間は一週間。
一週間でここにある借金の証文、全ての金額を合計するのだ」
「しょ、証文……? これ全部、借金なんですか?」
恐る恐るで尋ねると、お役人様頷いた。
「そうだ! ここにある証文全部、一週間後この街にやってくる『銭将軍』からの借金なのだ!
まさか遠く離れたエドウッドの街にも、これだけの債務者がいたとはなぁ……!」
お役人様嘆きの声に、僕らの内の大半が、ギクリと何だか気まずそう。
どうやらここに集う人たち、ほとんどみんな心当たりがあるみたい。
その日から、僕ら一同寝る間も惜しんで、借金計算始まった!
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隣の国の「銭将軍」、武勇優れた歴戦の将。
三十年前大戦にて、陣頭立っては獅子奮迅! 見事敵軍追い散らし、祖国を救った大英雄。
その割についたあだ名が「銭将軍」? 不思議に思うかもしれないね。
「何だ、やっぱお前も……『銭将軍』に借金があんのか」
「だってよォ。基本『ある時払いの催促なし』だし、望めば幾らでも用立ててくれるんだぜ?
ついつい目いっぱい借りちまうのは、自然な流れじゃあねえか」
ぶっつづけでは身体が保たぬ、僅かな休憩時間中。
皆で顔を付き合わせては、口を開けば出てくる出てくる、「銭将軍」の奇妙な話。
「知ってるか? 『銭将軍』の奇行のウワサ……
夜な夜な稼いだ金貨を自室に敷いて、その上ゴロゴロ転がり回るって話だぜ」
「ウッソだろ、ド変態じゃねえか! どんだけ金が好きなんだよ……」
「銭将軍」はその名の通り、趣味は蓄財金儲け。
元は貧しき身の上ながら、槍を片手に立身出世。隣の王に認められ、将軍位にまでのし上がる。
だが生粋のケチでも知られ、高い位に昇りつめても、身分賎しき商売続け、財産増やしに余念がない。
有り余る財皆に貸し付け、国王よりも大金持ち。その総資産たるや、一国まるごと買える程とか! 凄いねえ。
「あのう……ちょっと疑問に思ったんですが」僕はおずおず手を挙げ尋ねた。
「何だよジャック。言ってみろ」
「『銭将軍』からの借金は、ある時払いでいいんですよね?
それがなんだって今、急いで証文の金額全部を計算しなきゃならないんです?」
「お前、知らないのか? 『銭将軍』が軍役引退時にのたまった、衝撃的な発言を」
「銭将軍」は退役直前、かつての敵国王様自ら、スカウトされていたらしい。
しかしその時「銭将軍」、泰然自若にこう断った。
「小官はもう歳ですし、老後暮らしていくだけの蓄えはございます。
これ以上はあくせく働かず、悠々自適に余生を過ごすつもりです」
この「銭将軍」の言葉を聞いて、彼の債務者皆一様に、生きた心地がしなかった。
「『銭将軍』の言う蓄えってまさか……俺たちの借金かァ!?」
遠く離れたエドウッドにも彼から金を借りた者、星の数ほどいるらしき事、証文の山が物語っている!
しかも追い打ちかけるが如く、「銭将軍」からトドメの手紙。
「エドウッド国王陛下。近々貴殿の街へ旅行に向かいたく思います。お話したき事ごさいますゆえ」
これには重臣一同も、恐れおののき震え上がった。
疑いようなく「銭将軍」は、溜まりに溜まった借金返済、迫ってくるに違いない!
全額返済求められては、街の経済お先真っ暗、国ごと丸ごと傾いちゃう!
「ゆえに国王陛下は『銭将軍』からの借金額全てを把握し――国を挙げての返済プランを練る事にしたのだ。
返済金額を分割にして引き延ばし、国庫や税金からも返済費用を捻出する為にな……」
うへぇなるほど。これは確かに、我らが街の大ピンチ。
残り時間はあと数日。みんなで必死に頑張らなくちゃ。
たとえ計画成功しても、街には冬が訪れるけど……全て無くすよりマシだもの!
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僕ら雇われ経理士たちは、寝る間も惜しんで一週間。頑張り続けて間に合った。
合計金額とんでもなくて、国家予算の数年分? 気の遠くなる借金の額、恐るべきかな「銭将軍」!
かくしてエドウッドの街に、やって来たるは「銭将軍」。
すっかり白髪に染まれども、眼光鋭く貫禄強く。筋金入りの銭ゲバ男、国王陛下と謁見だ。
格式ばった挨拶の後、国王さっそく本題に入る。
「将軍閣下。貴殿が我が国を訪れた理由――察しがついておる。
貴殿の来訪に備え、余はここにいる有志を集め……街の者たちがどれだけ、貴殿から借金しているかを計算させた」
国王陛下、僕らを労う意味込めて、チラとこちらに目配せをする。
運ばれてくるは証文の山。
「おお、これはわざわざ……手間が省けましたな」目を細め、ニヤリと笑う「銭将軍」。
「民の負債は我が負債。エドウッド国王の名にかけてこの借金、必ず全額支払うと約束しよう。
だが一度に全てを持っていかれては、我が国の経済は破綻してしまう。そこで――」
陛下の言葉を遮るように、「銭将軍」はパンパンと手の平叩いて部下を呼ぶ。
「将軍閣下! 余の話を――」
「それ以上は結構。皆まで言わずともよろしゅうございます。
……さ、皆の者。ここにある証文全てを――暖炉の中の火にくべよ」
『なッ…………!?』
誰もが予想だにしなかった「銭将軍」の命令に、重臣一同絶句した。
部下たちやたらと手際よく、次々証文投げ込んで、膨大な数字皆灰となる。
「これにて一件落着。我らの間で、金の貸し借りの証拠、無くなりましたな?」
「な……な……本当によろしいのか? 将軍閣下……!」
起こった事が信じられずに、口をぱくぱく国王陛下。
それに対して「銭将軍」、クックと笑って答えて曰く。
「人は皆、金があるから明るくなるし、金がなければ暗くなる。
この街の金を取り上げ暗くする――その必要がどこにありましょうや?
小官の事はご心配なく。ささやかながら、多少の蓄えございますゆえ」
感謝の言葉を述べようと、陛下が頭下げるより早く。
深々と頭を下げたは「銭将軍」。
「小官が街を訪れると知って、皆をいたずらに不安にさせたようですな。
心よりお詫び申し上げる」
「なんと……顔を上げられよ、将軍閣下」
国王陛下に促され、「銭将軍」はニンマリ笑い、茶目っ気たっぷりこう言った。
「小官はこの街に『旅行』に来たのです。ご案内願えますかな?」
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いやはや、とんだくたびれ儲け!
僕らの一週間の苦労、文字の通りに灰燼と帰す。
だけど不思議と気分は晴れやか、家路に帰る足取り軽い。
僕らと一緒に頑張った仲間、給金入って借金もチャラ。みんな揃ってニッコリだ。
僕はというと……実は僕、「銭将軍」から借りてない。
チャラになるとか知っていたなら、あの時いっぱい借りときゃ良かった。
「何言ってるのよ、あなた。簡単に得たお金は簡単に出て行っちゃうもの。
『悪銭身につかず』って言うじゃない?」
経緯話すと我が女房、呆れた顔でたしなめてくる。
普段はそっけないけれど、こういう時だけちょっぴり優しい。
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それから2年後。「銭将軍」の訃報を聞いた。
相も変わらず死ぬ前日まで商売し、人に貸し付け、金貨を自室に敷き詰めては、転がり続ける毎日だった。
「あの世からでは借金取り立て流石にできぬ。
『死の川』の渡し賃のみ頂戴し、きれいさっぱり旅立つとするよ」
そう言って「銭将軍」は死の間際、やっぱり証文焼き捨てたそうな。
金貨大好き「銭将軍」。好きだったのは違いないけど、決して金の亡者じゃなかった。
お金儲けにのめり込む様「武人に非ず」と陰口叩かれ、それでも己の生き方貫き、見事なるかな大往生。
(僕も彼を見習えば――ちょっとは女房子供に楽、させられるかな?)
ふと考えてはみるものの……まずは先立つものがないとね。
僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。
(第三話 終わり)