第二話 「決して殺さぬ大剣豪」
「君はこの任務に就けた事を誇りに思うべきだ!
ええと……君、名前は確か……」
「ジャックです。ジャック・ウォッチャー」僕は答えた。
目の前の、いかついチョビ髭将校さん。エヘンオホンと咳払い。
「何と言っても、この国を平和に治めて下さる偉大なる国王陛下!
その陛下の御身をお守りするという、大変名誉な仕事なのだからねェ!」
鼻息荒くチョビ髭が、ぴょこぴょこ動く将校さん。
でもそんな、素晴らしすぎる仕事なら――どうして僕が採用されたの?
僕は毎度の事ながら、嫌な予感しかしなかった。
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僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。
ある時目にした求人が「国王陛下の警護人」。僕は目ン玉飛び出たね。
だって国王陛下だよ!? このエドウッドで一番えらい、平和を築いた名君様さ!
そんなお人の身辺警護を、事もあろうに一般公募? この街一体どうなってんだ!
何かイタズラかもしれない……思ったものの、給金だけは半端ない。但し半年間限定。
試しに応募してみれば、チョビ髭男とご対面、という訳。
僕以外、誰もなり手がいなかった?
「あのー……名誉な仕事っていう点は同意しますけども……
僕はハッキリ言って、腕っぷしにはさほど自信が……」
「なぁーにその点は心配いらん! 頼りになる大先輩が一緒に仕事をするからな!
ジャック君、キミも知ってるハズだろう? エドウッド一の『大剣豪』を!」
「大剣豪」。音に聞こえしその武名、流石の僕でも知っている。
噂によれば「大剣豪」、生まれた時から怪力無双。
「僅か五歳で、毒蛇の頭を握りつぶした」とか。
「風邪引いたのに、90キロの大岩を気軽にヒョイと持ち上げた」とか。
他にも色々、嘘かホントか武勇伝、わんさかいっぱいあるんだよ!
「万が一、賊が侵入してきても――『大剣豪』にゃあ敵わんよ。
だから君も安心して、仕事に励んでくれたまえ」
チョビ髭将校に案内されて、警護の詰め所に行き着いた。
部屋の中にて佇むは、熊と見紛う大男。これが噂の「大剣豪」か!
「…………」
「あ、あのー。はじめまして」
「…………」
「僕、ジャック・ウォッチャーと言います。
今日から新しく、国王様の警護兵として雇われました」
名を名乗ってからしばらくすると、鋭い眼をこちらに向けて、野太い声でぽつり一言。
「……宜しく頼む」
(……寡黙な人だなぁ――)
こうして僕の、新たな仕事が始まった。
女房子供を食わせるために、一生懸命頑張らなくちゃ!
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――と、意気込んではみたものの。
待てど暮らせど、詰め所でぼーっとするばかり。
「…………あの」長い沈黙耐え切れず、思わず僕は口を開いた。
「……何だ」
「見回り、とかは?」
「……まだその時刻ではない」
…………退屈だなぁ。
「ええと――『大剣豪』さんは今、何をしてらっしゃるんですか?」
「……イメージトレーニングだ」
居眠りじゃないのね。
そして今ようやく気づいたんだけど――「大剣豪」、剣を持ってはいなかった。
「あのう……武器が剣じゃないみたいですが」
「ああ――俺の武器は、『棒』なのだ」
出会って初めて面白そうに、「大剣豪」は笑みを浮かべた。
そういや僕も、渡されたのは警棒だ。
「棒でなく剣であれば、俺は相手を斬り殺してしまうだろうからな。
いかに賊といえど、殺してしまっては可哀想だ。
それに王宮を血で汚すのは忍びない――」
流石は天下の「大剣豪」。「負けるかも」とは考えないのね。
どうやら彼の言う「イメージトレーニング」も、どう勝つかじゃなくて、どう戦えば血を流さずに賊を捕えられるか、という話だったみたい。
僕はようやく、自分なんかが雇われた理由を知った。
超がつくほど暇なんだ、この仕事。だからプロでもやりたがらない。
警戒厳重お城の最奥、潜入するのも一苦労……なのに最後に待ち受けるのは、天下に聞こえし「大剣豪」。
僕だったらいくらお金を積まれても、「この人と戦え」なんて言われた日には、即座に尻尾を巻いちゃうね!
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たまに見回りするぐらい。王宮警護は至って平和。
一月ぐらい経った頃、むっつり寡黙な「大剣豪」も、少しずつ身の上話をしてくれた。
「小さい頃から力が強くて、向かう所敵なしだったんですよね。
生涯無敗、天下無双! 巷じゃあなたの話で持ち切りです」
「……それは違う。上には上がいるものだ」
「大剣豪」は遠い目をして、ぽつりぽつりと語り始めた。
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「大剣豪」は若い頃、ヤンチャで済まぬ札付きのワル。
荒くれ者とつるんでは、乱暴狼藉やりたい放題!
人々とんと手が付けられず、誰もがみんな恐れてた。
しかし調子に乗り過ぎたのか、とある武人に喧嘩を売って、完膚なきまで大敗北。
「ええっ! 負けちゃったんですか、あなたが!」
「ああ――それもそのハズ、俺が挑んだ剣豪の名は……最強剣士オルランドゥよ」
オルランドゥ! 流浪の者でありながら、その強さたるや、生ける伝説!
「よく生きてられましたね……」
「フッ。そうだな――それだけ俺と、オルランドゥの間に実力差があったという事だ」
最強剣士オルランドゥに挑んで敗北、木剣脳天ただ一撃で。
しかして一敗地に塗れ、「大剣豪」、一から修行をやり直す。
幾年月も打ち込めど、勝利のイメージ五里霧中――
「……そこで俺は、己が勝つ為にどうすれば良いか。
最も相応しい男に助言を求めたのだ」
「なるほど、アドバイスですか……でも、いるんですかね?
伝説の最強剣士を倒せるようなアドバイスができる人なんて」
「簡単ではないか――オルランドゥに聞けばよい」
あっけらかんと「大剣豪」、想定外の斜め上。僕はたまらず茶を吹き出した。
「オ、オルランドゥさん本人に!? 聞きに行ったんですか!?
本人を倒す方法を!?」
「そうだ……それが一番、手っ取り早いだろう?」
素直なのか、プライドが無いのか。
常人には中々できぬ発想だ。
「……そ、それで……答えてくれたんですか?」
「ああ。快く応じてくれたぞ」
オルランドゥは答えて曰く。
「お主を見るに、力や身体は申し分なし。
だが惜しいかな、物の理――『武』を知らん。
『武』の何たるかが分からねば、お主は一生、我には勝てぬ」
何とも煙に巻くような、禅問答のような言。
しかし素直な「大剣豪」、オルランドゥの言葉を知るため、独り修行の旅に出る。
ある日霊験あらたかな、洞窟内にて瞑想中。「大剣豪」に天啓来たる!
「丸木を手にし、武の理知るべし」
かくして樫の木、手にして削り、「大剣豪」は杖を得た。
剣豪の志たる剣を捨て、神の言たる棒術極め、必ず宿敵討ち果たさんと。
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「……すごいなぁ。今まで打ち込んでいたものを未練なくすっぱり捨てて、一からやり直すなんて。
でも大丈夫だったんですか?」
「確かに棒は剣に比べ、殺傷力が低い。だがリーチに勝る。
それに俺が目指す『武』にとって、棒の短所はむしろ長所よ」
剣を持って人体斬れば、当然ながら殺めてしまう。
死んでしまえばそれにて終い。人の未来を奪ってしまう。
「生きてさえおれば、次がある。殺し合いには飽いた。
今は人を活かし、育てる事に――喜びを感じるのだ」
かくも語りし「大剣豪」の、双眸実に穏やかなもの。
「なるほど確かに。僕も死にたくありません。
僕は女房とよく喧嘩しますけど、子供を見てると――なんとなく落ち着いて、よりが戻っちゃうんですよ」
僕の惚気にふと笑み浮かべ、「大剣豪」は言葉を続けた。
「――棒は人を組み伏せはすれど、殺すまでには至らない。
俺がオルランドゥに木剣で打たれ、生き永らえたようにな」
「大剣豪」は棒術極め、並ぶもの無き腕前となり。
今やこの街王宮内の、主君を守る任務に就くは、押しも押されぬ「大剣豪」。
「……もっとも昔はいざ知らず、今や街は平和そのもの。
王宮の堅固なる壁を乗り越え、主君を害そうとする不埒者などおらぬがな!」
濁声で大笑いする「大剣豪」。
「だが折角ここに来たのだ、ジャック。どうだね? 俺の下で棒術を本格的に習わんか?
棒はいいぞ。『突けば槍、払えば長柄、持たば剣』。しかるに一撃、稲妻の如し!」
「あはは……申し出は有難いんですが。
生憎と僕には、棒術を習えるようなお金の余裕は――」
「共に仕事をするのだ。警護の者として最低限の技や心構えは必要あろう?
これも仕事の一環。研修のようなものと思えば良い」
そんなこんなで暇見つけては、「大剣豪」の棒術指導が始まった。
「ここで激しい打ち合いなどはできぬから、次の心得を覚えておけ」
「大剣豪」直伝、戦いの教え。要約すると――
独りで戦うな。助けを呼べ。大勢で一人に襲いかかり、囲んで棒で叩き、拘束せよ。
「めちゃくちゃ卑怯じゃないですか!」
「戦いとはそういうものだ。互いが命を落とさぬ為、圧倒的な状況を作る事こそ第一よ。
もっとも俺の場合、自分が戦えばうっかり相手を殺しかねん。ならば人に任せるのもひとつの手だ」
僕の場合は弱くても勝てる方法なんだけど、この「大剣豪」だと意味が全然違うんだ。
「常に色んな状況を想定するのだ。さすれば不測の事態にも、慌てず騒がず対処できる」
「大剣豪」から教わった事、多岐に渡るが――よくもまあ、これだけ沢山「かもしれない」を思いつくなぁ。
ひょっとするとこの人は、極度の心配性なんじゃ? 人は見かけによらないね!
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約半年後。僕の任期は無事満了。
誰かが言った。万が一との備えものほど、暇なものなし。
「万が一など、起きぬに越した事はない」
とは「大剣豪」の言。終わってみれば、平和のまんま。有難い事……なんだよなぁ。
「あ……そうだ、『大剣豪』さん。
僕も考えてみたんですけど……賊を殺さずに捕まえられそうな武器」
僕が提案した武器に、「大剣豪」は目を丸くした。
「鎖……鎖、か。いや……聞いた当初は驚いたが。案外悪くないやもしれん」
「大剣豪」、思う所があったのか――鎖と聞くや、沈思黙考。
またぞろイメージトレーニングか。「長くなるな」と思った僕は、最後に挨拶する事にした。
「次があるか分かりませんが、またお会いできるといいですね」
一礼し、詰め所を出ようとする時に――「大剣豪」、麦穂の如く頭を垂れた。
「――素晴らしい助言を賜った。感謝する、ジャック殿」
「え? いやそんな……大層なモノじゃ、ないと思うんですが……」
しどろもどろになる僕に、礼儀を尽くす「大剣豪」。
こうして僕は、めでたくプーに逆戻り。またも仕事を探さなくっちゃ。
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それから何年かした後、すごいニュースが飛び込んできた。
なんと我らが「大剣豪」、オルランドゥと再戦し――見事勝利を掴んだとの事!
もっとも両者は高齢で、本気で殺った訳じゃない。
演武のような試合にて、互いの健闘讃え合い、共に涙を流したそうな。
「あの時お主に敗れておらねば、今の自分は存在せぬ。
オルランドゥこそ我が、人生の師よ!」
「よくぞここまで成長を――我も嬉しい。
お主こそ、天下無双の『大剣豪』!」
(ライバル同士に生まれる友情……いい響きだねぇ)
仰天すべき、一大ニュースはもうひとつあり。
「大剣豪」が考案し、実用化した「鎖」なる武器――扱いやすいと大評判。
賊を捕える武器として、あっという間に津々浦々、余す事なく広まった。
今や護身のお守りとして、誰もが鎖を懐に。流石の僕もビックリだ!
(えぇえ……それ、僕が考えたんだけどなぁ……)
さりとて今更、言い出せもせず。
僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。
(第二話 終わり)