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第二話 「決して殺さぬ大剣豪」

「君はこの任務に就けた事を誇りに思うべきだ!

 ええと……君、名前は確か……」


「ジャックです。ジャック・ウォッチャー」僕は答えた。


 目の前の、いかついチョビ髭将校さん。エヘンオホンと咳払い。


「何と言っても、この国を平和に治めて下さる偉大なる国王陛下!

 その陛下の御身をお守りするという、大変名誉な仕事なのだからねェ!」


 鼻息荒くチョビ髭が、ぴょこぴょこ動く将校さん。

 でもそんな、素晴らしすぎる仕事なら――どうして僕が採用されたの?

 僕は毎度の事ながら、()な予感しかしなかった。


**********


 僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。

 ある時目にした求人が「国王陛下の警護人」。僕は目ン玉飛び出たね。


 だって国王陛下だよ!? このエドウッドで一番えらい、平和を築いた名君様さ!

 そんなお人の身辺警護を、事もあろうに一般公募? この街一体どうなってんだ!


 何かイタズラかもしれない……思ったものの、給金だけは半端ない。但し半年間限定。

 試しに応募してみれば、チョビ髭男とご対面、という訳。

 僕以外、誰もなり手がいなかった?


「あのー……名誉な仕事っていう点は同意しますけども……

 僕はハッキリ言って、腕っぷしにはさほど自信が……」

「なぁーにその点は心配いらん! 頼りになる大先輩が一緒に仕事をするからな!

 ジャック君、キミも知ってるハズだろう? エドウッド一の『大剣豪』を!」


 「大剣豪」。音に聞こえしその武名、流石の僕でも知っている。

 噂によれば「大剣豪」、生まれた時から怪力無双。

 「僅か五歳で、毒蛇の頭を握りつぶした」とか。

 「風邪引いたのに、90キロの大岩を気軽にヒョイと持ち上げた」とか。

 他にも色々、嘘かホントか武勇伝、わんさかいっぱいあるんだよ!


「万が一、賊が侵入してきても――『大剣豪』にゃあ敵わんよ。

 だから君も安心して、仕事に励んでくれたまえ」


 チョビ髭将校に案内されて、警護の詰め所に行き着いた。

 部屋の中にて佇むは、熊と見紛う大男。これが噂の「大剣豪」か!


「…………」

「あ、あのー。はじめまして」


「…………」

「僕、ジャック・ウォッチャーと言います。

 今日から新しく、国王様の警護兵として雇われました」


 名を名乗ってからしばらくすると、鋭い(まなこ)をこちらに向けて、野太い声でぽつり一言。


「……宜しく頼む」


(……寡黙な人だなぁ――)


 こうして僕の、新たな仕事が始まった。

 女房子供を食わせるために、一生懸命頑張らなくちゃ!


**********


 ――と、意気込んではみたものの。

 待てど暮らせど、詰め所でぼーっとするばかり。


「…………あの」長い沈黙耐え切れず、思わず僕は口を開いた。

「……何だ」


「見回り、とかは?」

「……まだその時刻ではない」


 …………退屈だなぁ。


「ええと――『大剣豪』さんは今、何をしてらっしゃるんですか?」

「……イメージトレーニングだ」


 居眠りじゃないのね。

 そして今ようやく気づいたんだけど――「大剣豪」、剣を持ってはいなかった。


「あのう……武器が剣じゃないみたいですが」

「ああ――俺の武器は、『棒』なのだ」


 出会って初めて面白そうに、「大剣豪」は笑みを浮かべた。

 そういや僕も、渡されたのは警棒だ。


「棒でなく剣であれば、俺は相手を斬り殺してしまうだろうからな。

 いかに賊といえど、殺してしまっては可哀想だ。

 それに王宮を血で汚すのは忍びない――」


 流石は天下の「大剣豪」。「負けるかも」とは考えないのね。

 どうやら彼の言う「イメージトレーニング」も、どう勝つかじゃなくて、どう戦えば血を流さずに賊を捕えられるか、という話だったみたい。


 僕はようやく、自分なんかが雇われた理由を知った。

 超がつくほど暇なんだ、この仕事。だからプロでもやりたがらない。


 警戒厳重お城の最奥、潜入するのも一苦労……なのに最後に待ち受けるのは、天下に聞こえし「大剣豪」。

 僕だったらいくらお金を積まれても、「この人と戦え」なんて言われた日には、即座に尻尾を巻いちゃうね!


**********


 たまに見回りするぐらい。王宮警護は至って平和。

 一月ぐらい経った頃、むっつり寡黙な「大剣豪」も、少しずつ身の上話をしてくれた。


「小さい頃から力が強くて、向かう所敵なしだったんですよね。

 生涯無敗、天下無双! 巷じゃあなたの話で持ち切りです」


「……それは違う。上には上がいるものだ」


 「大剣豪」は遠い目をして、ぽつりぽつりと語り始めた。


**********


 「大剣豪」は若い頃、ヤンチャで済まぬ札付きのワル。

 荒くれ者とつるんでは、乱暴狼藉やりたい放題!

 人々とんと手が付けられず、誰もがみんな恐れてた。


 しかし調子に乗り過ぎたのか、とある武人に喧嘩を売って、完膚なきまで大敗北。


「ええっ! 負けちゃったんですか、あなたが!」

「ああ――それもそのハズ、俺が挑んだ剣豪の名は……最強剣士オルランドゥよ」


 オルランドゥ! 流浪の者でありながら、その強さたるや、生ける伝説!


「よく生きてられましたね……」

「フッ。そうだな――それだけ俺と、オルランドゥの間に実力差があったという事だ」


 最強剣士オルランドゥに挑んで敗北、木剣脳天ただ一撃で。

 しかして一敗地に塗れ、「大剣豪」、一から修行をやり直す。

 幾年月(いくとしつき)も打ち込めど、勝利のイメージ五里霧中――


「……そこで俺は、己が勝つ為にどうすれば良いか。

 最も相応しい男に助言を求めたのだ」

「なるほど、アドバイスですか……でも、いるんですかね?

 伝説の最強剣士を倒せるようなアドバイスができる人なんて」


「簡単ではないか――オルランドゥに聞けばよい」


 あっけらかんと「大剣豪」、想定外の斜め上。僕はたまらず茶を吹き出した。


「オ、オルランドゥさん本人に!? 聞きに行ったんですか!?

 本人を倒す方法を!?」

「そうだ……それが一番、手っ取り早いだろう?」


 素直なのか、プライドが無いのか。

 常人には中々できぬ発想だ。


「……そ、それで……答えてくれたんですか?」

「ああ。快く応じてくれたぞ」


 オルランドゥは答えて(いわ)く。

「お主を見るに、力や身体(からだ)は申し分なし。

 だが惜しいかな、物の(ことわり)――『武』を知らん。

 『武』の何たるかが分からねば、お主は一生、我には勝てぬ」


 何とも煙に巻くような、禅問答のような(ごん)

 しかし素直な「大剣豪」、オルランドゥの言葉を知るため、独り修行の旅に出る。


 ある日霊験あらたかな、洞窟内にて瞑想中。「大剣豪」に天啓来たる!


「丸木を手にし、武の()知るべし」


 かくして樫の木、手にして削り、「大剣豪」は杖を得た。

 剣豪の(こころざし)たる剣を捨て、神の(ごん)たる棒術極め、必ず宿敵討ち果たさんと。


**********


「……すごいなぁ。今まで打ち込んでいたものを未練なくすっぱり捨てて、一からやり直すなんて。

 でも大丈夫だったんですか?」


「確かに棒は剣に比べ、殺傷力が低い。だがリーチに勝る。

 それに俺が目指す『武』にとって、棒の短所はむしろ長所よ」


 (つるぎ)を持って人体斬れば、当然ながら(あや)めてしまう。

 死んでしまえばそれにて(しま)い。人の未来を奪ってしまう。


「生きてさえおれば、次がある。殺し合いには()いた。

 今は人を活かし、育てる事に――喜びを感じるのだ」


 かくも語りし「大剣豪」の、双眸(そうぼう)実に穏やかなもの。


「なるほど確かに。僕も死にたくありません。

 僕は女房とよく喧嘩しますけど、子供を見てると――なんとなく落ち着いて、よりが戻っちゃうんですよ」


 僕の惚気(のろけ)にふと笑み浮かべ、「大剣豪」は言葉を続けた。


「――棒は人を組み伏せはすれど、殺すまでには至らない。

 俺がオルランドゥに木剣で打たれ、生き永らえたようにな」


 「大剣豪」は棒術極め、並ぶもの無き腕前となり。

 今やこの街王宮内の、主君を守る任務に就くは、押しも押されぬ「大剣豪」。


「……もっとも昔はいざ知らず、今や街は平和そのもの。

 王宮の堅固なる壁を乗り越え、主君を害そうとする不埒者(ふらちもの)などおらぬがな!」


 濁声(だみごえ)で大笑いする「大剣豪」。


「だが折角ここに来たのだ、ジャック。どうだね? 俺の下で棒術を本格的に習わんか?

 棒はいいぞ。『突けば槍、払えば長柄(ながえ)、持たば(けん)』。しかるに一撃、稲妻の如し!」

「あはは……申し出は有難いんですが。

 生憎と僕には、棒術を習えるようなお金の余裕は――」


「共に仕事をするのだ。警護の者として最低限の技や心構えは必要あろう?

 これも仕事の一環。研修のようなものと思えば良い」


 そんなこんなで暇見つけては、「大剣豪」の棒術指導が始まった。


「ここで激しい打ち合いなどはできぬから、次の心得を覚えておけ」


 「大剣豪」直伝、戦いの教え。要約すると――

 独りで戦うな。助けを呼べ。大勢で一人に襲いかかり、囲んで棒で叩き、拘束せよ。


「めちゃくちゃ卑怯じゃないですか!」

「戦いとはそういうものだ。互いが命を落とさぬ為、圧倒的な状況を作る事こそ第一よ。

 もっとも俺の場合、自分が戦えばうっかり相手を殺しかねん。ならば人に任せるのもひとつの手だ」


 僕の場合は弱くても勝てる方法なんだけど、この「大剣豪」だと意味が全然違うんだ。


「常に色んな状況を想定するのだ。さすれば不測の事態にも、慌てず騒がず対処できる」


 「大剣豪」から教わった事、多岐に渡るが――よくもまあ、これだけ沢山「かもしれない」を思いつくなぁ。

 ひょっとするとこの人は、極度の心配性なんじゃ? 人は見かけによらないね!


**********


 約半年後。僕の任期は無事満了。

 誰かが言った。万が一との備えものほど、暇なものなし。


「万が一など、起きぬに越した事はない」


 とは「大剣豪」の言。終わってみれば、平和のまんま。有難い事……なんだよなぁ。


「あ……そうだ、『大剣豪』さん。

 僕も考えてみたんですけど……賊を殺さずに捕まえられそうな武器」


 僕が提案した武器に、「大剣豪」は目を丸くした。


「鎖……鎖、か。いや……聞いた当初は驚いたが。案外悪くないやもしれん」


 「大剣豪」、思う所があったのか――鎖と聞くや、沈思黙考。

 またぞろイメージトレーニングか。「長くなるな」と思った僕は、最後に挨拶する事にした。


「次があるか分かりませんが、またお会いできるといいですね」


 一礼し、詰め所を出ようとする時に――「大剣豪」、麦穂の如く(こうべ)を垂れた。


「――素晴らしい助言を賜った。感謝する、ジャック殿」

「え? いやそんな……大層なモノじゃ、ないと思うんですが……」


 しどろもどろになる僕に、礼儀を尽くす「大剣豪」。

 こうして僕は、めでたくプーに逆戻り。またも仕事を探さなくっちゃ。


**********


 それから何年かした後、すごいニュースが飛び込んできた。

 なんと我らが「大剣豪」、オルランドゥと再戦し――見事勝利を掴んだとの事!


 もっとも両者は高齢で、本気で()った訳じゃない。

 演武のような試合にて、互いの健闘讃え合い、共に涙を流したそうな。


「あの時お主に敗れておらねば、今の自分は存在せぬ。

 オルランドゥこそ我が、人生の師よ!」

「よくぞここまで成長を――我も嬉しい。

 お主こそ、天下無双の『大剣豪』!」


(ライバル同士に生まれる友情……いい響きだねぇ)


 仰天すべき、一大ニュースはもうひとつあり。

 「大剣豪」が考案し、実用化した「鎖」なる武器――扱いやすいと大評判。

 賊を捕える武器として、あっという間に津々浦々、余す事なく広まった。


 今や護身のお守りとして、誰もが鎖を(ふところ)に。流石の僕もビックリだ!


(えぇえ……それ、僕が考えたんだけどなぁ……)


 さりとて今更、言い出せもせず。

 僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。



(第二話 終わり)

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