表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

第一話 「超人見知りなイモ男爵」

「新入り。このお屋敷で働くにあたって最も注意しなきゃならん事がある。心してよーく聞けよ!」

「は、はい!」


 僕の強張(こわば)る面持ちを見て、執事長さん、ニタリと笑ってこう続けた。


「決して。いいか、決して――ご主人様と顔を合わせてはならん!」

「…………へ?」


 僕の間抜な顔と声。執事長さん予想がついたか、ますますニヤニヤ止まらない。


「ど、どういう事です? 僕は執事見習いですよね?

 まずはお仕えするご主人様にご挨拶するのが筋なんじゃあ――」

「ダメだ」


 執事長さんにべもなく、ぴしゃりと一息突っぱねる。


「そんな事をした日にはワシの責任問題になる。挨拶なんぞせんでいい」

「そ、そうなんですか……?」


 目を白黒させる僕。


「新入り、名前は?」

「ジャックです。ジャック・ウォッチャー」僕は答えた。


 執事長さん近づいて、小声でこっそり耳打ちしてきた。


「よーしジャック。口を酸っぱくして言うが、絶対ご主人様と顔を合わせちゃならん。

 何しろお前の前任者は、うっかり顔を合わせたばっかりに、速攻クビになったんだからな!」

「な、何故そんな事に……? その人、何か粗相でもしたんですか?」


 訳も分からず尋ねる僕に、執事長さん、「察しが悪い」と言いたげに、大きな溜め息フウとつく。


「……ウチのご主人様はなァ、超極端な人見知りなんだよ。

 だから誰ともお会いになりたがらん。

 クビになったアイツだって、別に粗相した訳じゃあないぞ。

 言うなれば『顔を合わせてしまった』事じたいが粗相ってトコかなぁ?」

「うへぇ――」


「という訳だ、ジャック。決してこの事を忘れるなよ?

 お前がヘマをしでかしたら、ワシはまた新しい奴を雇わにゃならんのだ!

 自分の給金と、ワシに余計な仕事を増やさん為にも、全力を尽くすように!」


 僕は困惑したものの、自分が急遽雇われた理由を大体把握した。


**********


 僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。

 たまたま目にした求人が、男爵様の「執事見習い」。


 貼り紙に「急募! 簡単な食事準備ができればOK」なーんて書いてあった。しかもすこぶる給金が良い。

 僕は執事のマナーなど、ちっとも心得なかったけれど、これ幸いと応募した。

 そしてめでたくあっさり採用、礼服着せられ今に至る。向こうもよっぽど急いでたんだね。


**********


 執事長さん茶化して曰く、

「顔を合わせちゃならんって事は、言い換えれば『顔を合わせなくていい』って事だからな!

 きっちり仕事さえこなせば、お偉いご主人様のご機嫌取りやおべんちゃら、何もしなくたっていい。

 慣れちまえば楽な仕事よォ!」


 確かにそこは同意する。目上の人への気配り気遣い、いつの時代も大変だ。

 でも僕は、ノンビリしているヒマなど無かった。どんな仕事も、必ず苦労はあるもんだ。


「ジャック! 早くテーブルに皿を並べろ! あと5分しかねえぞ!」

「は、はいッ!」


 先にも説明されたけど、僕ら執事や使用人たち、ご主人様と「顔を合わせてはならない」。

 要するにご主人様が起きてきて、ダイニングルームに来るまでに……僕たちは朝食準備を整えて、部屋から退散しなくちゃならない!


 何とかギリギリ1分前に、朝食支度を終わらせて、辛くも部屋から脱出できた。


「8時ぴったり……ですね。ご主人様」僕は時計を見ながら言った。


「ああ。そこだけが救いだな」執事長さん、冷や汗いっぱいかきながら、フウと安堵の溜め息ついた。「ご主人様はいつも時間に正確だ。朝食は8時。昼食は12時。夕食は17時と決まっている。ワシも15年勤めているが、一度たりとも時間がズレた事はない」


 それはスゴイ――そして非常にありがたい。

 僕たちが時間厳守に努めれば、ご主人様の気紛れなんぞで鉢合わせ――なぁんて悲劇は避けられる。


「ジャック。紙とペンはちゃんとテーブルに置いたな?」

「は、はい――言われた通り」


 やがて30分が過ぎ。ご主人様、部屋から出ていく音がした。


「よしジャック! 突入だ! テーブルの紙を見ろ」

「へ? は、はい」


 テーブルに食後の皿と、先ほど置いた紙がある。

 僕が用紙を手に取ると、何が何やら細々と色んな事が書かれてる。食材はこれ、調理方法――等々どうやら、昼食メニューの注文らしい。

 あまりにビッシリ指示が細かい! 僕が辟易していると、執事長さん、僕からメモをひったくり、そして舌打ち悲鳴を上げた。


「どうした、見せろ!……ん、何だとォ!? メカジキの煮物だァ!? そういう事はせめて前日に言えよ!

 しかも何だよこの『ジャガイモを薄くスライスしてカリカリに揚げろ』ってのは! つーかまたジャガイモかよ、あの『イモ男爵』めッ!」


 毒づきつつも執事長さん、魚市場にてメカジキを仕入れてくると意気込んで、鼻息荒く出ていった。


 こんな時間に手に入るかな? 不安は募る……でも彼に任せるしかない。

 僕はというと調理場に行き、メモを片手に昼食の調理内容、料理人らに読み上げた。


「いやぁ毎度毎度、男爵さまのイモへのこだわりは半端ありませんなァ」

「まったくで。飽きもせずよくもまぁ、色んな調理法を指示できるもんだ。ジャガイモだけはたんまりあるから、いいんですがね」


 そう言って料理人らは笑い合う。なるほどそうか、ご主人様――ジャガイモ大好物なんだ。

 なので屋敷の使用人から、ご主人様、「イモ男爵」と呼ばれてた。もちろんあまりいい意味じゃない。察しはつくと思うけど。


**********


「日がな一日、屋敷に籠もりっ放しで……ご主人様は何をしているんだろう?」


 ある日の僕の疑問に対し、執事長さん、呆れたようにこう答えた。


「何だジャック、知らなかったのか? ご主人様はアカデミーに所属する学者先生だよ。

 ごくたま~にだが、論文を発表したりしてる」

「ごくたま~に……なんですか。そんなのでよく、僕たちを雇えますね」


「そりゃお前、親父殿の遺した財産が超がつくほど莫大だからなぁ。

 知ってるか? この街の貿易要衝たる大運河。あそこの土地の権利を持ってるの、何を隠そうご主人様なんだぜ?」


 知らなかったよ、ビックリだ!

 僕はお金の数字にゃ疎い。けれど毎日、大きな船が行ったり来たり――街の運河は流石に知ってる。

 あそこを通る商人や船乗りたちはわんさかいる。彼らから通行料を取るだけで、一体どれだけ儲かるか――僕を千人雇っても、余裕でお釣りが来るだろう。


**********


 「イモ男爵」のお屋敷で、僕は何とか勤め上げ、5年の時が過ぎ去った。

 最初は息つく暇もなく、思ったよりも大変だった。

 でも慣れちゃえば、他所のお屋敷とは違い、余計な気遣いしなくていい。

 しかもすこぶる給金は良い。女房子供もニッコリだ。


 ところがだ。高齢だったご主人様、いつまでも誰とも会わない……そんな訳にはいかなくなった。

 だんだんと身体の自由が利かなくなって、介護の為の人を雇い、傍に置かなきゃ生活できない。

 介護の人に聞いてみたけど、介護中は会話するな、絶対に目を合わせるな――強く言い含められてる。超人見知りは相変わらず。


 ある日の事。執事長さんと僕は、ご主人様に呼び出されていた。


「何となく予感はしたが……こりゃひょっとすると、ひょっとするかもな」


 お道化た口調と裏腹に、執事長さん表情は硬い。それを見て、僕も大方事を察した。

 ノックして、ご主人様の部屋の中――そこにはベッドに横たわり、ひどくやつれた老人がいた。

 おかしな話だけれども、5年も勤めたこの僕は、ご主人様の御尊顔、マトモに目にした記憶がない。恐らくこれが初顔合わせ。


 ご主人様、僕たちと目を合わせずに、ぽつりぽつりと語り始めた。

 自分の死期が近い事。自分が死んだら屋敷の遺産は、血縁のある甥に全てを継がせる事。

 特に印象残ったものは、念を押された次なる言葉。


「いいかね。甥を屋敷に招くのは、わたしが死んでからだ。『死んでから』だぞ?

 間違っても、わたしが生きている間に甥を屋敷に招いてはならん」


 人見知り。ここまで徹底していると、むしろ感動的だよね。

 僕はともかく、長年仕えた執事長さん、涙を流し「必ずや」、と約束した。


「あ……それと。お前たちはわたしの顔を見たので、今日限りでクビ」

『えっ』


 なんと遺言だけでなく、僕たちの解雇通告までやるか! 執事長さん、ショックを受けた。

 まあでもね、悔しがる事などなかったよ。

 だって僕らのご主人様――翌朝すぐ、お亡くなりになったんだから。


**********


 とっても実入りの良い仕事でも、肝心(かなめ)のご主人様が死んじゃったんなら仕方ない。

 僕は女房子供の為に、新たな仕事を探す中――「イモ男爵」の噂を聞いた。


 彼の甥子が受け継いだ遺産を整理していたら、発表してない学術論文、どっさりたんまり出てきたらしい。

 しかも論文いずれもが、()のアカデミー学者発表済の、世紀の大発見クラス!

 さらに驚くべき事に――研究時期を逆算すると、(ほか)の学者が発表した、遥か以前に書かれたモノ。


「なんと勿体ない――何故これだけの偉業を、彼はすぐに発表しなかったのだね!?」


 学術界は荒れに大荒れ。

 論文が書かれた時期に出回ってたら、今の科学は数十年もっと進歩してただろう……人々大いに嘆いたそうな。


 でも僕は、彼がそうしなかった理由――何とはなくは、察しがついた。


(発表して世間の注目なんか、浴びたくなかったんだろうなぁ。

 『人と会わない』為だけに、惜しみなくお金をつぎ込む様な人だったし)


 「イモ男爵」は紛れもなく、世紀の天才だったんだろう。

 だけども彼にしてみれば、学問研究あくまで趣味。好きでやってた事だった。

 何しろ研究しなくても、お金に困ってなかったものね。


(ちょっぴり、羨ましい気もするなぁ)


 でも僕の方はというと、そういう訳にゃいかないものさ。

 僕の名前はジャック・ウォッチャー。下層市民の貧乏人。女房子供を養う為に、今日もしがなくお仕事探し。



(第一話 終わり)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ