表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

序章

男が見つめる先には年端もいかぬ少女が座っていた。

まだ、世の中の汚れを知らないかのような無垢な笑顔を向ける少女の姿は大抵の人間が見ればその可愛らしい姿に頬をゆるませるものなのだが、男は少女をじっと見つめたまま表情ひとつ変えず彼女のことを観察しているようであった。

まばらににおかれた椅子の1つに腰かけた少女の姿はまるで人形のようであった。

自分の顔を見つめるその男に不安を感じたのだろうか、少女は男に対して小さな声で話しかけた。


「おじさん…私の顔に何かついてるの?」


怯えた声で話しかけた少女に対して男は何かを語るわけでもなく鋭い眼差しを向ける。

その場に居合わせていた数人の男たちも彼の挙動に不審なものを感じ始めたようでお互いに目と目を会わせ始めた。

周りの反応に気付いたのか男は少女から目を話さずにゆっくりと口を開いた。


「お前が殺した数を覚えているか?」


「え…」


少女は戸惑ったように返す。

男は少女の反応など気にしないかのように続けた。

「今から約18時間前、お前の両親、兄弟、友人を含む18人が姿を消した。そして、今から6時間前に19人の惨殺死体がみつかったそうだ。お前の周りのの人間たちだけが18人もだ、この意味はわかるな」

目線を反らすことなく言葉を紡ぐ男の様子は、まるで悪魔でも相手にしているかのような物々しい雰囲気を感じてしまう。

いったい、この少女が何をしたというのか。

確かに彼女の周りの人間ばかりが殺されたことには疑問を感じざるおえないが、それにしても彼女が何か出来るわけがないことは明白である。

少女に両親を殺す力などあるわけがないし、ましてやあの現場だ。

とてもじゃないが彼女が行える犯行ではない。

彼女に聞くとすれば自分の周りに不審な人物がいなかったかを聞く程度だと思うのだが、この男には彼女に対しての労りが全く感じられない。

この男は何を考えているんだ?

不安な気持ちでいた自分の顔を少女が見つめてくる。

彼女も男に不信感を持ったようで私に助けを求めるように不安そうな顔を浮かべる。

耐えられなくなった自分が男にもの申そうとしたその時、男から信じられないような発言が飛び出した。


「18人とは少し少なすぎるな。本当は何人殺ってるんだお前は」


少女は驚いた顔を見せる。

自分も呆れて男を見つめた。

男は私の視線に気付いたようで少女に目を合わせたまま言葉を続ける。


「ここにいる巡査はお前の正体に気づいていないようだがな、私はお前みたいな化物を腐るほど見てきた。怯えたふりをしていてもその目は誤魔化せないものだな…まったく、魂の腐った部分は誤魔化しきれないようで助かるぞ」


そして、男は戸惑っている自分に向けても語りだした。


「巡査くん、名前は何と言ったかな?まぁ、この場に居合わせてしまった不運な君にだけは教えておこう。この化物は今、少女の姿をしているが君が見ている姿は真実ではない。君が心の中で信じようとしている姿なのだ…まぁ口で言っても伝わらんだろうから今から本当の姿を見せてあげようじゃないか」


男はそう言うとコートのポケットの中に入っていた小石を少女に投げつけた。

一瞬の出来事だった。

少女の姿をしていたそれは石を体内に取り込み何事も無かったかのように座り続けていた。


「残念だったな、化物、石を投げられた時の反応はママに教わらなかったみたいだな!」


男の言葉に少女ははっとし、みるみると驚きから怒りの表情へと顔を歪めた。

男がニヤリと勝ち誇った表情を浮かべると、怒り狂った少女は男に向かって飛びかかってきた。

20メートルはあるかと思われるこの空間の天井へと一瞬で飛び上がり男の方へと目掛けて急降下した。

男は自らの左手に持ったリボルバーを襲いかかる少女に向けて引き金を引いた。

少女は自らの右手を突きだし男の放った弾をはじくように横に振り払った。

弾をはじいた少女の腕はいや、かつて少女のものだったその腕は大きくも長い枯れ枝のような姿へと変わった。

少女はもはや隠す必要などないかのようにしわがれた声で男に告げた。


「お前がどれだけ我々を消したところでお前の力ではあのしとには勝てない、無駄なことをせず我の肉体になる頃ではないか」


少女の言葉を聞いた男は呆れたゆうに言葉を返した。


「無駄な問答をする必要はないと思うが?それともお前は無駄なことをしろとママに教わったのか」


少女はその言葉で納得したかのようにみるみると姿を変え、男の身長を上回っていく。

少女だったそれは大きな手足を持ち、顔はまるで能面のようなのっぺりとしたものへと姿を変えていた。


「最下層か…」


男が呟くとリボルバーをかつて少女だった化物に向け、引き金を引く。

化物はそれをよけ、男へと目掛けて突進していった。

男はそれをかわし、化物の頭上へと飛び上がる。

男の黒いコートが風になびき、まるで空を滑空しているかのように写った。

男はそのまま化物の脳天へと目掛けてリボルバーの引き金を引く。

ダンッ!という音と共に放たれた弾は化物に直撃し大きな悲鳴をあげる。

地面へとヒラリと着地した男はそのままもう一発化物の顔目掛けて引き金を引く。

二発目の弾が当たった化物は大きく反り返り、そのまま身体を散り散りにして崩れていった。

化物の顛末を見ていた男だったがその肉体が完全に崩れ去るのを確認し、リボルバーを腰元へとゆっくりと戻した。

あまりの出来事に反応できなかった自分だったが男の呼び掛ける声で何とか我に変えることができた。

男は先程まで見せていた表情とは売って変わってにこやかに自分に話しかけてきた。


「すまないね、巡査。全く面倒なことに巻き込んでしまった。化物はいなくなったがこんなことで君の存在が失われてしまったこ

とを申し訳なく思う」


自分は男のいっている意味がわからなかった。

発言が理解されなかったことに気付いたのか、男は自分に悲しい表情を向けて話し出した。


「君はもう死んでいるんだ。さっき死体が19人と言ったのは君もいたからだ。6時間前に現場へと駆けつけた時にあの化物を見てしまったのだろう。私が駆けつけた時にはすでに息絶えていてね…どのように殺されたかは伝えないでおくがきっと恐ろしい顛末をむかえたのだろう。奴はその君の意識を利用して君の身内を殺そうとしていたのだろうね、いずれは君に成り済ましてまた、殺しを続けるつもりだったのだろう。何とか君の意識が消滅する前に奴を見付けられて良かった。君には悪いがそれだけがせめてもの救いだよ」


男の言っていることは今一つわからない。

だか、自分があの化物に殺されていたこと、化物はその後に自分の意識を探っていたことはわかった。

突然の死の宣告に戸惑いを隠せない自分に男は心底悲しそうな表情を浮かべた。


「奴らは人の心を弄ぶケダモノだ。人間の心を操り好き勝手いじくる、挙げ句のはてには死の先まで支配してくるような輩だ。君は死んだ後も君の情報を何も渡さなかった、実に勇敢な男だ。君が少しでも安らかにこの世を去れるように見守ることぐらいしか私にはできないが許してくれ」


男は自分に頭を下げた後、腕にはめた腕時計に目をやった。


「君の意識は持って後5分か…いきなりで思いつかないかもしれないが何か伝える人がいたら言ってくれ。私に出来ることであれば協力するよ」


突然の死で思いつくことがほとんどなかったのだが1つだけ、ある人に送ってほしいものがあると伝えた。

男は理解したと首を縦に振り、自分の目を見て別れの言葉を告げた。


「短い付き合いだったが君の勇敢さは忘れない。死の直前のことは忘れて安らかに逝きなさい」


死の直前、あの化物に、どんな目にあわされたのかは思い出せない。だが、男の言葉が本当ならば自分はあの化物と勇敢に戦ったのかもしれない。

ただ、もうそんなことはどうでもよくなり次第に薄れ行く意識の中でただあの人のことだけを考え続けるのであった。







来客のベルがなる。

ここは誰も知らない場所なのにと私は不審に思う…そう彼を除いては。

彼が殺されたと聞いてから3日、突然のことに、現実感を感じることができずこの場所へと足を運んでしまった。

聞かされた話では殺人鬼が彼に襲いかかり彼は命を落としてしまったんだそうだが、何だか現実味のない話で受け入れることがもうひとつできないでいた。

彼がもしかするとここに来るのではないかと思って足を運んだのだが、本当に誰かがやってくるとは驚いた。

私は恐る恐る扉へと近づく。

扉の外には誰もいない。

そっと扉をあけ誰かいないか確認をしたが人の気配はない。

イタズラかと思い扉を閉じようとすると手のひらサイズの包み紙がおいてあった。

私はそれを手に取り包み紙をあける。

中からは小さなくまのキーホルダーが出てきた。

それは初デートの時の彼との思い出の品だった。

キーホルダーと一緒に紙切れが入っており、開くと短い言葉が綴られていた。

知らない人間の筆跡だったが私はそれを読んで涙が止まらなくなった。

手紙には-彼は最後まで立派に戦った-と綴られていた。











「ああ、すべて最下層だ。このエリアにはもういないだろう」

「…」

「やはりあの町にいるのかもしれないな。」

「…」

「ああ、あのケダモノたちより先に見つけ出すしかないだろう。私たちの、いや人類の希望のために」









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ