始まらない春
あるところに、季節巡りの国、がありました。そしここの国には女王と四季という伝説がありました。
その国には神様から選ばれた4人の女の子――――季節の女王ががいます。季節の女王は神様からのお告げを授けられると、それぞれ4つの名前と、宝珠を受け取りました。名前は春の女王、カーネーション。夏の女王、ヒマワリ。秋の女王、マリーゴールド。冬の女王、ヒイラギ。宝珠の色はそれぞれ、桃色、黄色、橙色、白色。この宝珠を、季節巡りの塔の中にある宝箱に置くことで、季節が巡るのです。女王たちが交代するのは、太陽が昇って降りてを、およそ90回ほどした時。
それがこの国、季節巡りの国が始まって以来、1000年の決まりです。
しかし。
今年の冬は、終わることがありませんでした。ヒイラギがいつまでたっても塔の外に出てくることはありませんでした。
山は枯れ果て、作物は飢え、動物たちは身を震えさせています。
「春の女王!カーネーションはおらぬのか!!」
髭を立派に携えた、王様が彼の座る立派な椅子の肘掛にガツン大きく音を立てて打ち付けて怒りますが、その答えを持つ者はいませんでした。
「なぜ、ヒイラギは塔から出てこぬのだ!衛兵たちは塔の中に入れないのか!?」
「王様。季節巡りの塔には神聖な結界が張られております。宝石を持つ、選ばれた者にしか中に入ることができないんです」
「……分かっている」
王は困ったように眉尻を下げると、大きくため息を吐きます。その時、とても大きくて、豪華な扉がギギーと開かれます。そしてパタパタと一人の兵が走ってきました。
「王様!ヒイラギ王女を、塔からお連れすることが出来ぬかもしれぬというものが現れました!」
「なに?本当か?」
「はい……。しかし」
「なんだ?」
「その……」
「えぇ~い!連れてまいれ。その者を!」
王が兵士の言葉を途中で遮り、王の間への入室を許可します。また、ゆっくりと扉が開くと、そこからは黒いローブを被った、煌めく金の髪の女が現れました。しかし、黒いローブのせいで顔を見ることができません。
「王が出されました、お触れを読ませていただきました。私の力ならば王女を救い出すことができるでしょう」
王のお触れとは、ヒイラギ王女とカーネーション女王を交代させたものには好きな褒美をとらせようというもの。
「貴様、名を名乗れ」
「私の名は存在しておりません。しいてあげるのであれば、時の使者。この世に存在し、消えさった者です」
時の使者の言葉に理解ができず、困った顔をする王様。しかし、彼女の言葉を信じるのであれば、この国に春を訪れさせることができるということです。
「まぁ、いい。お主に任せればヒイラギとカーネーションを交代することが可能なのだな?」
「そうでございます」
「それならばお主の方法でやってみよ」
「その前に」
より一層深く、黒いローブを被ると、時の使者は頬をひきつらせて笑います。
「お触れにある言葉。褒美についてです。好きな褒美を取らせよう……。その言葉に偽りはありませんか?」
「あぁ。金銀財宝。確たる地位。どのような物でも一つ褒美を取らせよう」
自信満々の言葉に、時の使者は表情を動かすことも無く、要求を申し出たのです。
「宝珠、ダアトを私の手にお譲りください」
「ダアト、を?」
ダアトとは季節巡りの国で語り継がれている伝説の道具の1つです。しかし、それは形をなくし、現在では言葉と、王宮からやや離れた場所にある、ダアトの間が受け継がれるのみ。たくさんの偉い人たちは、これは伝説だけが残っている、存在しないものなのではという意見が出されています。
「それ自体はかまわぬが、ダアトを譲るというのはどうすればよいか」
「いえ、ダアトの間をお譲り頂ければ、それでよろしいのです」
「そんなものでいいのであればいくらでも譲ろう。約束じゃ」
「では、その口から宣言をくださいませ。『今ここに宝珠ダアトを解放しよう』と」
「あぁ、わかったよ。『今ここに宝珠ダアトを解放しよう』」
「それでは、私も約束を果たし行きましょう」
黒いローブをはためかせて、時の使者はどこかへと去っていきました。
「本当に彼女に任せてよろしいのですか?時の使者とは、ダアトと同じく、伝説の中にしか生きていない神様の名前ですよ?」
召使は王様に進言をしますが、王様は黙って首を振ります。
「もし、季節が巡るのであればそれでよい。巡らぬのであれば、また違う手を打てばよい。彼女だけに任せるつもりは鼻からあるまい」
王はそう呟きながらも、窓から見える吹雪いた世界にため息をついたのです。
その吹雪の中をかける、黒いローブ。ただし、かけているのは地上ではない。雪にも負けず、ほうきで空を飛んでいるのです。そのまま遠く、白い雪の帽子をかぶる山の、そのまた奥にある、名前すら知られていない、季節の野原。その山小屋に入っていきます。
季節の野原は、塔の中にいる、王女の名前の花が咲き誇ります。しかし、今この野原には、ヒイラギの花一本も咲いておらず、異常な事態であることを表しています。
キィーと、軽い音を立てて、山小屋の中に入っていく時の使者。そこは見た目の小ささに比べて、とても広い不思議な世界でした。
時の使者は、そこに来て初めて黒いローブを外します。そんな彼女に声をかけるものがいました。
「お疲れ様ですわ、ヒマワリ」
「ふんっ。別に疲れなんていないわよ。そんなことよりそちらはどう?マリーゴールド?」
時の使者を名乗っていたのはなんと、夏の女王ヒマワリ、そして、彼女に声をかけたのは秋の女王、マリーゴールドでした。
「約束は取り付けてきたわよ。ダアトを譲ってくださるそうよ」
「そうですか。それはとても嬉しいことですわ。わたくしたちもダアトの必要性がようやくわかったのですから」
「ふんっ。ダアトなくしてアタシ達は生きいけないのよ。ともかく、これでカーネーションも、カーネーションの宝珠も」
ヒマワリはそろそろとベッドに眠るカーネーションと、そして、黒く濁ったカーネーションの宝珠を見比べます。カーネーションの宝珠の隣には、同じく黒くくすんだヒマワリとマリーゴールドの宝珠がありました。
宝珠の力は不安定で、季節巡りの塔に置かれてすぐの時は力が弱く、色も淡いのですが、徐々に色も強くなり、その季節にピッタリの世界に染めてくれますが、その後は黒ずんでいき、また力を失っていきます。そして力が失われるのと時を同じくして、王女を交代するのです。そして季節巡りの塔を離れると、黒い濁りは消えていくのです。
しかし、今にしてなお、誰の宝珠も黒さが消えませんでした。そのせいもあって宝珠に引きずられるように、病に伏してしまったのです。
これはおかしいと、ヒマワリとマリーゴールドがたくさん調べました。その間にヒイラギとも連絡を取り合って、宝珠の力を無理やり引き出していたのです。黒く濁っている宝珠を無理させているのですから、力を制御することができずに、季節の野原のヒイラギは枯れ果ててしまっていたのです。
そして、調べた結果、この季節の野原に存在する祠で、神様の声を聴いたのです。その声を聴いたのは1000年ぶりのことでした。
神様は告げました、宝珠が時を超えることで穢れてしまった。その穢れを癒すためには、喰らう闇の宝珠――――ダアトに、穢れを喰らってもらわなければならいとの事でした。ダアトの宝珠は王女たちが持つ宝珠と照らし合わせることで、初めて存在するのです。
「そうですわ、ヒマワリ。“時の使者”について王様は何か仰られておりませんでした?」
「ふんっ。そんなことも気にする暇がなかったのか、何も言われなかったわ」
「時の使者、わたくし達に永久の命を与える代わりに亡くなった神様の妹様。妹様のかたみであられる黒きローブ。このローブを被ることで、さまざまな魔法を扱うことができますわ。これがなければ、面倒なことになってましたわね」
「ふんっ。アタシ達は伝説の王女。宝珠の力はとても大切。この宝珠の弱点を人々が知れば、神様の信仰心が消えてしまうかもしれない。信仰心のない宝珠は壊れてしまう。だからこそ、人々に知られず実行する必要がある」
カーネーションの桃色の髪を優しくなでると、黒いローブを再びかぶり魔法を発動させます。
「この3名をダアトの間へ!」
ヒマワリが告げると一瞬、世界がぐにゃりと歪んで、元通りに引き伸ばされると、そこはダアトの間でした。
ダアトの間には選ばれた人間しか入れません。
その選ばれた人間は1000年の間、ずっと王様たちの間で受け継がれてきたのですが、いつの日か伝説が薄れしまい、王様ですらそのことを知らなかったのです。本来ならば、宝珠の力が薄れた時に力を合わせるのですが……それを難しいと判断したヒマワリたちは、ダアトの力を譲ってもらうこととしたのです。
「ダアトよ、私達の宝珠の穢れを喰らってください」
ヒマワリが告げると、宝珠がキラキラと煌めいて美しい色を取り戻していました。
「うん……?あれー?ここはー?」
「カーネーション!ようやく起きてくださいましたわね」
眠っていたカーネーションはゆっくりと瞳を開けて状況を確認します。カーネーションの無事を喜びながら今までの事態を説明します。
「あらー。それは大変だ!さっそく季節の塔に行ってヒイラギと交代しないと!」
カーネーションはヒマワリから黒いローブを受け取ると1人、季節巡りの塔へと移動します。
「ヒイラギっ!」
「カーネーション。起きた」
「うんー。今代わるね、今までありがとう」
優しくキスをすると宝箱の宝珠を入れ替えます。その途端、世界は煌めき、寒さが消えて、温かさが世界に満ちます。遠く、季節の野原はカーネーションが咲き誇っております。
「私も……疲れた。ダアトの力、借りてくる」
「うん。ヒイラギ、じゃあね」
「カーネーションも」
スッと姿を消し、ヒイラギは移動します。ヒイラギの宝珠もまた穢れをダアトに喰らってもらい、輝きを取り戻しました。
こうしてまた季節巡りの国には、季節が順番にめぐっていき、そして新たな伝説が生まれました。その伝説を人は、ダアトと時の使者と、言いました。