断絶のクロニクル②
あの赤ん坊を拾ってから10年。弟の杞憂も押しのけるように、小さかった彼はすくすく大きくなった。
彼を拾った姉は、少女から絶世の美女になり、遊郭で花魁をする程の腕までになっていた。弟の方も青年と呼ばれる年になり、ちょこちょこと付いてくる弟に略奪を教え込んでいた。
彼はとても優秀であり、あっという間に弟が教えた事を習得していった。弟の手を離れるのは、そう掛からないほどに。
「お前、天性の略奪者だな」
「それ、褒め言葉?」
「褒め言葉、褒め言葉。ここじゃ、良心なんてものを発生させた瞬間、命を落とすからな。絶対に同情なんてするなよ」
「……そう言いながら、姉さんが楼閣に上がる時、俺を見捨てなかったのはどこの誰だっけ?」
「うるせ。お前は俺の弟だからいいんだよ」
「他にも知ってるぞ。この前、死にかけてた子供助けたとか、地域狭まるのにも関わらず、盗り方のコツを他の人に教えたとか」
「ううう、うるさい!」
「姉さんも姉さんだけど、兄さんも兄さんだよね」
「兄さんって呼ぶな!」
「なら、お人好し」
数秒後、てめふざけんな! と叫ぶ義兄に、彼は笑った。何だかんだいいながらも、この兄弟は本当に困っている人をほっとけない。この世界じゃなきゃ、ほめられた行動だろう。
だが、この世界では、お人好しの行動は命の危険に繋がる。彼らの良心に漬け込んで来る人も少なからず、そのせいで命を落としかけたくらいだ。
だからこそ、彼は誓ったのだ。育て親である、義兄と義姉を守るため、自分は彼ら以外を全て疑い、害するものはすべて排除すると。
その力が、早く欲しいと。
「お人好しは、お人好しのままでいいよ」
「なんだよそれ」
「そのままでいてくれれば、それでいい」
周りはすべて変わっていく。今日の味方が明日の味方だとはわからないのだ。
だからこそ、この兄弟には、どんな事があっても変わって欲しくないのだ。変わらぬ場所。それが、今の彼にはこの世で一番必要な居場所なのだから。
そう、思っていたのに。
「に……げて」
「ね、さ……」
何故。こうなった……?
今日は、義姉の久々のお休みで、少しだけなら遊郭を出て遊べると、外に出たのだ。義兄は用事があるから、それまで少し時間を潰そうと。そしたら、彼女のストーカーとかいう男に拉致られ、目を開けたら、悪夢のような光景が広がっていた。
汗をかくほど、暑い空間。真っ赤に染まる汚れた布団と畳。
その布団に寝ていたのは、青臭い匂いを漂わせ、汚いものを義姉に埋め込んでいる男。その下敷になった義姉の手足は、無残にも切り落とされていた。
そこでやっと気付いた。あの赤は、彼女から溢れたものだと。そして、義姉はもう……。
「これで、お前は俺の物だ椿」
「……」
「お前は今が一番美しい。今が最高の剥製の時期だからな。これでいつでも愛せる」
そう言って頬を撫でる男が彼は許せなかった。
「これ以上、姉さんを汚すな!!」
彼は飛びかかった。が、近くの男達に抑えられ、目の前の男には届かなかった。
悔しい、憎い、殺したい! なのに、なんで届かない! なんで! なんで!!! 守るって誓ったのに。例え誰かを殺してでも守るって!!!
「いい目をしてるな少年」
「……え?」
「良いだろう。お前、俺の奴隷になれ」
「何言って」
「そしたら、俺の殺し方を教えてやる」
「っ!」
「俺を殺したいんだろ?」
にやりと笑う男が本当にむかついた。なんで、こんなやつの下で働かないと行けないんだ。ふざけるな! そう叫びたかったが、寸での所で押しとどめた。
彼には分かっていたのだ。ここで暴れても、ただ無残に殺されるだけ。無力で、無様で、何も出来ないまま臓器を売られて打ち捨てられるだけだと。
それなら。
「いいよ。あんたの奴隷になる」
そんな死に方をする位なら、這いずり廻ってでも、こいつの息の根を止めてやろうと。
泥を啜るのはとうに慣れた。
「交渉成立。その契約として、お前の声帯を貰う」
「何言って!」
「殺し屋に声はいらない。……だが、お前は椿の次になかなか良い声を出すからな。辛うじて言葉が喋れる所で止めといてやろう」
「嫌だ!」
「俺の奴隷になった時点で、お前に拒否権はない。おい、こいつの声帯をぎりぎりまで剥ぎ取れ。剥ぎ取った声帯は俺に。コレクションにする」
「御意。坊主来い」
「くっそぉぉぉぉ!!!」
彼は悪魔との契約を結んだ。最愛の姉への復讐の対価に、自由と声を捧げて。
後に彼は、その手の業界の間でこう呼ばれるようになる。
死を呼ぶ殺し屋「鴉」と。




