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偽色彩師と漆黒の騎士  作者: 名紗すいか
美少女誘拐事件編
6/39


 生命は白で始まり白で終わる。それは動植物にも言えることだった。

 色彩師が瑞々しい果実を鮮やかに色づかせたとしも、鮮度の低下とともに淡くなっていく。食卓に並ぶときはすでに真っ白と成り果てているのが常だ。


 故に、口に入る食材をわざわざお金を払い、彩色する農家はほぼ皆無。見た目の美しい料理が食卓に並ぶのは王族や貴族のような、色彩師と土地の両方をあわせ持つ一部の上流階級の人間にのみ許された特権だった。


 騎士団内の食事も例にはもれず、ほぼ白い。


「白いですね」


「見ればわかる」


 何当たり前なことを言ってるんだ、という表情でヴィルバートが隣に座っているルチカを見た。

 

「王立って言うぐらいだから、騎士団ってもっとお金があるところだと思ってました」


 率直な感想を告げると、ひっ、と向い側の騎士たちに戦慄が走った。ルチカの頭を、左隣から凄まじい眼光が貫いているからだ。

 ヴィルバートを避けることなく、席まで取っておいてくれた彼らは、ぱっと目を伏せながらも心配そうにルチカをうかがっている。


「今すぐ三百ロンを返せ」


「貶した訳じゃないですよ!騎士ってそれなりの身分の人がなるものだと思ってただけです!」


 ルチカは必死に言い繕った。真っ白な鳥の香草焼きを両腕に囲いながら、ヴィルバートから遠ざける。

 貰ったものは返却不可だ。


「……身分か」


 かすかな彼のつぶやきに、ルチカは気づかない振りをして、フォークに刺した鶏肉の欠片を頬張った。

 焼き加減が絶妙で、香草が鳥を引き立て口の中で今にも羽ばたきそうだ。


「あーヴィル。そんなことより、昨日の件だけど……」


 ルチカの正面に座る、優しそうな草色の目をした騎士が、ごほんと咳払いをして切り出した。


「……これのことか」


 口腔内を飛翔していた鳥を、ごくりと嚥下したルチカは、ヴィルバートに頭を鷲掴みにされ顔を固定された。爪は短いので頭皮に刺さりはしないが、指圧がやや強い。

 ルチカの扱いがだんだん雑になってきている。

 冷たい態度を取られるよりはましだが。


「これ、って……。まぁ、彼女のことだけどさ……。逃げたのはパルフラット伯爵家お抱えの色彩師だった、ってことで打ち切りらしい」


「だった?」


 ヴィルバートが不機嫌そうに、険のある声で聞き返した。

 当事者であるルチカはフォークをくわえたまま、彼の言葉を咀嚼する。

 それではまるで、蜥蜴の尻尾切りだ。


(パルフラット伯は鬼畜変態色彩愛好家として脳内に登録しておこう)

 

「そう、だった。二日前に突然辞めたから当家には関係ない、って門前払いだったんだよ。パルフラット伯は希色収集家で有名だから、その色彩師の後ろに彼がいたのは間違いないと思うんだけどさ」


 彼は首の後ろを擦りながら、ルチカに対して申し訳なさそうにしている。


「その色彩師の名前は何て言うんですか?」


「名前?ドゥウェリ……だったかな?どうして?」


「いえ、何となく」


 それはルチカの知らない名前だった。

 捕まることに恐れをなして逃げ出した色彩師、というところだろう。そんな小物に用はないが、もし今後出会う機会があるならば、どうしてくれようか。

 ほの暗い笑みをひた隠し、ルチカはぶすりと白いニンジンソテーを突き刺した。


 そのとき、ルチカの右隣の席に残念な騎士が拗ねたように、ぶつぶつと言いながらどかりと座った。手にしていたのはルチカと同じB定食だ。


「みんなして俺をないがしろにしやがって」


「はいはい。ロランツは何を見たのかなー」


「今更ッ!?」


 駄々をこねる子供を、適当にあしらう親のような草色の騎士に、残念なロランツは座りながら器用に地団駄を踏んだ。

 振動でルチカの皿の鳥がバタバタ跳ねる。


「何っで誰もつっこまないんだよ!見たか?見ただろ!仲良く手錠で繋がって、あまつさえ手まで握って……!」


 喚くロランツの言葉に、ルチカの頬はふんわりと熱が集い出した。

 あれは弾みの事故のようなもので、深い意味はない。改めて指摘されたものだから、変に動揺してしまう。

 水を一口含んで平静を装っていると、


「眼鏡がいるようだな」


 さらっとなかったことにされた。


(自分ははたいたりするくせに!)


 恨みがましい非難の眼差しが彼へと届く前に、ロランツが叫んだ。


「なぜだ!なぜ女に興味のないヴィルが、こんな可愛い子と……!団長の采配は間違ってる!」


「えっ!?」

「ロランツ」


 ルチカの上擦った高音とヴィルバートの地を這う低音が不協和音を奏でた。


 顔を見合わせた二人だが、先に続きを言ったのはルチカだった。


「可愛いですって。聞きましたか?これが世間の声なんですよ」


「そこ?」


 草色の騎士を含めた周りの騎士たちが揃って苦笑いしている。

 そこ以外に突っ込むべき事柄はないというのに。

 可愛いと言った相手がロランツだったという問題は、この際脇に置いておく。


 ヴィルバートがルチカとロランツのどちらを先に対応すべきか瞬く間に思考を巡らして、言った。


「狭い世間だな」


「マキさんとあなたが特殊なんですよ」


 ルチカは生野菜をもしゅもしゅ噛み締めながら言う。

 野菜は瑞々しくてほんのり甘みを感じるが、もう一味欲しいところだ。

 そこでテーブルの中央に香辛料と塩の入った木製の小器に目を止めた。


 右隣ではロランツがぼそっとつぶやく。


「そうだそうだ。特殊な性癖めッ……ぐふっ!」


 ルチカが塩に手を伸ばすために上体を倒したとき、頭上を何かが掠めた。ヴィルバートの制裁が落ちたらしい。

 ルチカは塩を生野菜にかけて、首を傾げた。

 怒るほどのことだろうか。


「男が好きでもいいんじゃないですか?わたしの師匠は両刀ですよ。男も女も好きだから、普通の人よりも倍楽しいって言ってましたし」


 師匠の話に、ルチカは自然と顔がほころんだ。


「うーん、どこから突っ込むべきか……」


 眉を下げながら頬を掻く草色の騎士を、両隣の騎士たちが首を振って止めた。


「クラン、諦めろ」

「おまえはよくやったよ」


 彼らはクランを労い、完全な静観を決め込んだ。


「――――野良猫偽色彩師」


 ルチカは呼ばれて肩が跳ねた。

 ヴィルバートの声音が、いつになく優しい。

 目は、笑ってないが。


「勝手に人を男色家にするな。それに男も女もと欲張るな、一人だけで十分だろう。どんな師の教えを受けて来たんだ?おまえのおかしな性格は、その師とやらのせいか」


「え、えっ?」


「まともな教育を受けさせて貰えなかったのか?今からでも間に合う。常識を学び直せ」


 ヴィルバートが徐々に可哀想な子を見る目へと変わっていく。


「常識、ですか?旅する上ではあまりいらないものですよ。国が違えば文化も違う、って」


「根本の部分が間違っている。だいたい男と手錠で繋がれて、平然と食事が喉を通る図太さはどこから来ている?昨日震えていたのは演技か?」


「これはマキさん帰ってきたら外して貰えるからで……」


 ヴィルバートの表情が一層憐れむものとなった。

 そして重重しい口調で吐き捨てる。


「あいつはしばらくカドニールから帰って来ない」


 ルチカの手からフォークがこぼれ落ち、かつんとテーブルに当たり、転がった。


「のんびりおしゃべりなんかしてご飯食べてる場合じゃないですよ!鍵、鍵を取り返さないと!」


 血相を変えたルチカはヴィルバートのシャツをシワが寄るほど握り、揺すった。


「しばらくってどれくらいですか!」


「女神の復活祭までには解決するよう団長に言われていたな」


「女神の復活祭って……一ヶ月も先の話……」


 それまでずっとヴィルバートと共にいなくてはならないのか。

 かなり気が重い。


(……ちょっと待って。トイレやお風呂は?それに、寝るときはどうするの?)


 夕刻までの期間限定の意地悪だと思っていたルチカは愕然とし、はらりと腕を力なく落とす。

 項垂れると、ヴィルバートの引き締まった二の腕に額が軽く衝突した。


 迷惑そうに肩を回す彼に、ルチカは早口で嫌みをぶつける。


「よく呑気にご飯とか食べれますね。野良猫に首輪をつけて散歩してる気分ですか。首輪をつけた時点で飼い猫ですよ。さぁ、思う存分愛でるが――」


「鍵ならある」


 壊れたかけていたルチカの耳に、聞き捨てならない言葉が飛び入ってきた。


「鍵が、何ですって?」


「ある、って言ったんだ」


 食事を終了させたヴィルバートが、一筋の希望を然もないことのように告げた。


「あるんですか?どこに?」


「マキの部屋に。あいつは用心深い性格だから、必ず予備を隠し持ってるはずだ」


(それって確証ないよね)


 胡乱な目をするルチカを、ヴィルバートは怪訝そうに見返す。


「家捜しするなら俺も」


「来なくていい」


 ロランツをばっさり切り捨て、ヴィルバートがトレイ片手に席を立ったので、ルチカは慌て食べ残しをかき込んだ。



◇◆◇◆◇◆



 マキの部屋、というのは彼の執務室のことだった。

 風通しのよい室内は、窓の外で健やかに伸びた樹木によって、日中の一番暑い時間帯がちょうど陰が差し、快適な空間となっている。


 執務机の上はすっきりと整頓されていて、応接用のソファとローテーブルは品がよく、ささやかだが花まで飾ってある。

 華やかな大輪の花ではなく、愛らしい野の花だ。


 これまでの功績を称えた不思議な形の置物が、飾り棚の中にぎゅうぎゅうと詰め込まれている。

 反対にキャビネットの書類などは各種分類され、丁寧にしまわれていた。


 わかりやすくマキの性格が表れている部屋だ。


「仕事は好きだけれど、評価されてもねぇ、ってことですか」


 ルチカの声真似はあまり似ていなかったが、ヴィルバートがさっと手の甲で口元を隠した。

 漆黒の髪の隙間から、和んだ目尻が透かし見える。 精悍な顔つきが、途端に親しみやすい若者のそれになった。


(いつもの不機嫌顔は鎧のようなものなのかも……)


 その珍しい表情に、ルチカは隣に並んだまま瞬きを忘れて見入った。

 

「……そうだな」


 笑っていたことを隠そうと、作った固い声での相槌だった。

  

「もっと笑ったらどうですか。笑うと幸せが来るらしいですよ」


「笑ってない」


 ふてくされたように否定するヴィルバートを見上げ、ルチカは微笑んだ。笑いのツボはよくわからないが、可愛いところもあるらしい。

 ほんのちょっと歩み寄ってくれたことが妙に嬉しくもある。


「そうですか。鍵、見つかるといいですね」


「他人事みたいに」


 照れ隠しに睨む彼の目元には、ごく淡く色が乗っていた。

 なぜか凝視できずに、ルチカはぎこちなく目を逸らす。訳もなく、ソファの背もたれの毛をむしっては床に捨てた。


 師匠がいないからか、他人との距離感が掴めず、頭が混乱する。

 しかし師匠がいたらいたで彼にちょっかいをかけただろう。

 師匠の愛人たちのように、彼も会えば惹かれてしまうのかと思うと、胸がむかむかとしてきた。

 ぶち、と千切れた毛束を撒き捨てる。

 ローリエやマキだって、師匠がいたらルチカなんて気にも止めないはずだ。


(師匠なんて愛人たちにぶっ飛ばされればいい)


 ついに他力本願になり始めた脳内口癖をつぶやいたところで、控えめに手錠が引かれた。


「……それ以上はやめておけ」


 ひきつったヴィルバートに諫められ、気づくとソファにはうっすらと禿げができていた。

 これは後で、マキのお叱りがあるかもしれない。


(……まずい)


 ルチカは床に散らばる短い毛を拾い集め、丁寧に植毛し直すと、ほっと胸を撫で下ろした。


 その様子に沈黙していたヴィルバートだが、そもそもマキの嫌がらせが原因なので閉口を選んだようだ。


 ルチカは手始めにソファの辺りから探りを入れてみる。

 手錠の鎖がロランツの首一巻き分なので、ヴィルバートはローテーブルの裏や、花瓶の花を抜き取り水の中を覗く。


「ソファ持ち上げてみますか?」


「持ち上げられるのか?裏を見るだけなら、倒した方が早い」


 ソファは二人掛け用が二つ。ローテーブルを挟んで向かい合っている。

 マキの性格を鑑みると、簡単な場所には隠していないはずだ。

 ヴィルバートがソファの端に手をかけ、背もたれが床につくようゆっくりと倒す。ルチカは倒されたソファの底を、触診するように余すとこなく確認した。

 しかしどこにも鍵は隠されておらず、ソファをもとに戻すと今度は棚へと移った。


 ヴィルバートが書類側で、ルチカはごちゃごちゃした置物側を担当した。

 透かし彫りが施された木製の飾り棚のガラス扉を開くと、重厚な台座に剣が刺さったような置物が落ちてきた。

 慌てて胸で受け止めると、台座に記された文字に目を走らせた。


「第百三回、王立騎士団……剣……優勝」


「合同親善試合、剣術部門」


 ごまかした箇所をヴィルバートが補足する。

 雰囲気で文字を読んでいたことが露見してしまった。

 話せても、読み書きは少し怪しい。

 だが、時間をかければきちんと読めるのだ。

 剣と優勝さえわかれば、後はそこまで重要ではないはずだ。


「ストライエとそれほど文字に違いはないだろう。母国語は何だ?」


「……知りません」


 ルチカはそっと愁然とした目を伏せて、手の中の置物を飾り棚へと返した。


「……言いたくないなら別にいい」


 やや突き放す彼の口調に、苦笑いで首を振る。


「母国語はほとんど知りません。誰も教えてくれなかったから」


 書類をめくる音が止んだ。ルチカは彼から次の言葉が来るのを、こわばりながら待った。

 あの国のことは本当に、何も知らないのだ。ルチカに与えられた小さな世界の外側は、何も。


 だがすぐに、何事もなかったかのようにぱらぱらと書類がめくられ始めた。ルチカは無意識に止めていた息をそぉっと吐き出した。

 

「鍵、しっかりと探せ。見つからないと、今夜から同衾することになるからな」


 迷惑だ、と言わんばかりのヴィルバートに、ルチカは真剣な眼差しを返した。

 貞操の危機はなさそうだが、眠れない夜を過ごすのが目に見えている。


「必死に探させてもらいます」


 とはいったものの、ひねくれ者のマキが隠しそうな陰険な場所にはこれといってめぼしい物もなく、時間だけが無情にも過ぎていく。


「あと探してないのは執務机のひきだしだが」


「そんな普通なところにありますか?」


 かといって調べないわけにもいかず、ヴィルバートが左の列の上から順に開き始めた。

 ルチカは右の列を攻める。

 手錠があるので、自然と右側を担当することが多い。


 さほど期待せず開けた一段目の引き出しには、あめ玉が一つ、ぽつんと置かれていた。

 薄紅色の包み紙には「いちご味」と記されている。


(あめ?マキさんは甘党とか?意外な)


 あめ玉をつまんで掲げてみるが、市販されている普通のあめ玉に見える。

 二段目三段目も同様に、あめ玉が一つずつ入れられていた。

 それ以外はメモ用紙一枚残されてはいない。


 そしてルチカが最後の四段目に手をかけたところで、


「――――マキ」


 もはや、この低音に驚きはしない。


「そっちにもあめ玉が?」


 ひょい、と覗くとそこには帽子が一つ。

 ルチカはもしやと思い四段目の引き出し開くと、予想に反することなく、同じ色と形で一回り小さい帽子が収まっていた。


 茶色い帽子はキャスケットのような形で、クラウン部分の容積が大きめだ。

 ルチカの長い髪がなんとか収納出来そうなほどに。


(これはつまり、来いってことか)


 マキの性格を侮っていた。あえて一番わかりやすいところに仕込みをしておくとは。


 ルチカはしれっとあめ玉をスカートの奥に捩じ込んだ。



 ヴィルバートが部屋を出る際に、植毛したソファの毛を全てはたき落としたのは、言うまでもない。



マキさんはお茶目な悪戯っ子です。

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