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偽色彩師と漆黒の騎士  作者: 名紗すいか
美少女誘拐事件編
16/39

じゅう ご


「……どういうことだ?」


 半狂乱のドゥウェリを取り押さえたヴィルバートが、ルチカを厳しく問う。


「美女の誘惑に乗って大切なものでも失なったんじゃないですか」


 そっけなく言うルチカをはたき、ヴィルバートが距離を詰めた。


「要約しろ」


「この小物色彩師は小物人間に成り果てました」


 ルチカの淡々とした言葉を突きつけられたドゥウェリが、絶望を表すようにがっくりと項垂れた。

 

「無くなるものなのか?」


「不朽のものなどこの世にはありませんよ……」


 訳知り顔にものを言うルチカは、格好をつけるな、とまたヴィルバートにはたかれた。


「その美女は何者だ」


「……」


 すぅっと目を逸らすと、再度強めにはたかれた。三連続だ。


「……わたしの、師匠ですね。こんなやり方をする人は他には知りません」


「師匠って、女なのか?……男だとばかり」


 ヴィルバートがかすかなつぶやきをもらして、すぐさま口元を手の甲で隠した。

 ルチカは多めにはたかれた頭を押さえながら答える。

 

「いくら何でも男の人と二人きりで旅なんてしませんよ。中性的な美人ですけど、生物学上は女の人です」


 師匠に関しては性別を超越した美しさと嗜好で、男女の区分が曖昧ではある。


「そんなことより早くしないと、取り返しのつかないことになります」


 東の空からは群青が迫っている。

 ルチカが意識を失っている間に、それなりに時間が経過した証拠だ。


 ヴィルバートがドゥウェリを引き起こし、案内しろと命じた。


「早くここにいる微少女を連れていけ」


「美しいじゃなくて微妙の微を使いませんでしたか?」


「聞き違いだろう。――――色……ドゥウェリ。騎士団に協力するなら減刑を訴えてやろう」


「この俺がどんな罪を犯したって言うんだ!」


 ドゥウェリがやや復活してがなり立てる。

 ルチカは呆れたが、ものは言った。ルチカを絶句させれるのはマキだけだ。


「……誘拐しましたよね?」


「誘拐したな。杖で殴られもした」


 ドゥウェリは自らの所業を改めて突きつけられて、額に玉のような汗を浮かせた。


「お、脅されてたんだ!」


「反論は後で聞くから、今はそいつのところへ連れて行け」


「いいのか?知らないぞ?」


 ドゥウェリがヴィルバートに押されて歩きながら、何度も確認するように言った。


 ルチカにではなく、彼に。




            ◇



 ドゥウェリが足を止めたのは意外にも、パルフラット伯爵邸の敷地内だった。

 本邸に比べたら質素な邸ではあるが、それでも庶民からしたらかなりの豪邸だ。

 ルチカのような、一介の旅人とは無縁の。


「パルフラット伯爵がカドニール事件の犯人なんですか?」


「正確には、パルフラット元伯爵な」


 ドゥウェリがぼそりとつぶやき、呼び鈴を鳴らした。

 彼は彼でこの邸に用があるらしく、慌てた様子で扉をがんがん叩いている。


(師匠がここに?)


 だとするならば、師匠はこの邸の主に目をつけ、潜り込んでいたことになる。

 

「――――はい、どちら様で……きゃぁ!」


 使用人を押し退けて、ドゥウェリが邸内に飛び込んだ。

 だが、ヴィルバートが包帯をぐいっと引き返して、ドゥウェリはどすんと尻餅をついた。

 そしてドゥウェリは、顔をしかめてヴィルバートを睨み上げて罵る。


「くそっ!幼女趣味の変態騎士さまが!」


「誰が幼女趣味だ」


(幼女……。ぶっ飛ばすぶっ飛ばすぶっ飛ばす)


 ルチカとヴィルバートの冷たい一瞥をものともせず、ドゥウェリは使用人の女性へとすがりついた。


「あの女はどこだ!?」


 足に絡みつく中年男に、女性は派手な悲鳴を上げ、すぐさまヴィルバートが包帯を手繰り寄せて彼女から遠ざけた。


 まるで躾の出来ていない犬の散歩のようだ。


「この邸の主は?」


「ど、どのようなご用件で……」


 ヴィルバートが問うと、彼女はぶるぶると震え、身を竦ませながら尋ねてくる。

 恐怖の対象がドゥウェリではなく、ヴィルバートなところが哀しい。


 ルチカはマリアを真似して、彼へと擦り寄った。


「……。邸の主に、所望する品を持参したと」


 使用人の女性は、状況を飲み込めないまま、何度も振り向きながら奥へと駆けていった。


「物扱いは演技だからな」


「わかってますよ。本来は猫扱いで、こっちの小物は駄犬扱い」


 ドゥウェリはルチカを睨みつけながら立ち上がり、後ろ手にされながらも服の汚れをはたき落として言った。


「幼……いや、美少女。美しき、少女。俺の力を返してくれるよう頼んでくれたら、俺の中の美の基準を下げてやってもいい」


「横柄な態度ですね」


「二、三日ならこの俺が付き合ってやろう」


 にやりとしたドゥウェリだったが、凍てつくヴィルバートの眼差しが首筋に突き刺さったのか、無駄吠えを自粛した。


 そうこうしている内に、使用人の女性が戻ってきて、三人をおどおどしながら中へと招き入れた。


 邸内は薄暗く、どこか寂れた印象だ。

 栄枯衰勢は世の常というが、パルフラット伯爵邸の華やかさを見た後だと余計に。


 歩きながら、ヴィルバートは怪しまれないようにと、ドゥウェリの拘束を解いた。


 精神が負傷しているドゥウェリ本人は、そのことに気づかす、両手を後ろにしたまま歩く。


(滑稽な……)


 三人が通されたのは、いたって普通の書斎だった。


 扉を開いた女性は主へと、恭しく一礼をする。

 室内にいる杖をついた男が、「下がれ」と嗄れた声で言うと、女性はもう一度軽く頭を下げてから部屋を辞した。


 ルチカはこの邸の主である男と、眉を潜めて対峙した。


(このおじさんが、カドニールの……)


 足が悪いのか、男は上半身を杖が支える姿勢で立っている。

 だが、老齢というわけではなさそうだ。眼光はしっかりと三人を捕らえていた。


(あの杖……)


 男の杖は間違いなく、ルチカとヴィルバートを殴打した例の杖だった。


 男はドゥウェリ、ヴィルバート、ルチカの順に目を据えて、ドゥウェリへと戻し言った。


「美少女を以外を、なぜ連れてきたのかね……?こんな小娘、息子にくれてやるがよい」


「ことごとく失礼な国ですね」


 ルチカが平常通りに口を挟むと、男はふと目を見張り、興味深げに近づいてきた。

 かつかつと床を鳴らす杖の音が迫ってくると、その威圧で不安が煽られる。


 男は杖の持ち手をルチカの顎下に添えると、ぐいっと顔を持ち上げさせた。


「この色と顔を、昔どこかで見たのだが、ね……」


 男は確信を持っているが、あえて焦らすようにぼかして言った。

 内心の動揺を気取られないよう、ルチカは務めて冷静に返した。


「よくある顔だからじゃないですか」


 男はルチカの髪に、弧を描くように目を細めた。


「よくある色ではないがね。これは売るより、返還が妥当……」


 その瞬間、ルチカは取り繕っていた表情を失い、咄嗟に杖を払いのけて後退した。

 手錠の鎖が限界まで伸びた辺りで、ヴィルバートがルチカを覆い隠すように、男との間に割り入る。


 男はヴィルバートをながめ、労わるような口調へと変えた。


「忌み色とは、噂には聞いておったが……。外に出て来ていいのかね?王が、憂いておらんか?」


 その言葉に、ヴィルバートの纏う雰囲気に、いくばくかの躊躇いが過った。


(王……?リュオール国王にまで、存在を知られてるの……?)


「国に恩を売っておくといい……。ちょうどそこに、リタ国王家が極秘裏に捜し求める、秘宝がある」


 男が杖の先で指し示したのは、紛れもなくルチカ。


 ヴィルバートがゆっくりとした動作で振り返り、紫石英の瞳に怯えるルチカの姿を映した。


 これまで沈黙を守っていたドゥウェリは、驚嘆をもらす。


「リタの王家が!?」


「あの国は、希色をしまい込まずに、己の権力を誇示するように展示する……。この娘は、リタ国王の持ち物。返還せねば……」


「何を呆けたことを言ってるんですか。わたしはただのしがない旅人ですよ。リタ国?行ったことありません。見間違いじゃないですか?」


「そう言うならば、よい。他の娘たちをリタに運ぶついでに連れていくまで」


「リタに……?」


「あの国ならば、高く売れるだけでなく、娘たちも大切に扱われるよう。――――ドゥウェリ。娘を下に運ぶのだ」


 ルチカは身震いをした。

 パルフラット伯爵同様、希色を集めることが目的だと思っていたが、まさか売るためだったとは。


 リタの王ならば、莫大な金額を吹っ掛けようと希色持ちを買うためならば、いくらでも喜んで出すだろう。

 そういう人間なのだ、あの国の王は。


(あのどうしようもない男は、まだ元気なのか……)


 ルチカは小さくため息をこぼした。


「この手錠はどのように……?」


 低姿勢のドゥウェリが、ルチカとヴィルバートを繋ぎ止める鎖に目を向けた。


「鍵師を呼べばよい」


 あっさりとした解決法に、ドゥウェリが拍子抜けして 間抜け面でうなづいた。

 

(息子の方は腕を切り落とそうとしてたからね……)


 男に再度要求され、ドゥウェリが動こうとしたとき、ヴィルバートがそれを制した。


「俺が運ぶ」


 見上げた彼はたじろぐルチカを感情なく見つめ、背中と膝裏に手を入れ、造作もなく抱き上げた。


(演技……だよね?)


「こっちに」


 男は杖で正方形を描くように、四ヶ所壁を叩いた。

 すると、ぎしぎしと壁の内部が鈍い音を軋ませ出す。

 壁に切り込みが浮き出て、扉型に盛り上がった。

 その隙間へと男が杖を捻り込み、持ち手を引っ掛けて開くと、真っ暗な空間が現れた。

 あるのは階段で、暗闇を下へと続いている。


 男が先んじて進み、ヴィルバート、ドゥウェリと縦に並んで無言で階下へと下っていく。


 ルチカはしっかり抱かれているので、不安定ではないものの、迫り来る恐怖を耐えるため、ヴィルバートへとしがみついた。


 彼からは何の反応もなく、杖の無情な音だけがルチカの耳を打った。


「ここだ」


 男は最下の段を踏み、暗がりに潜む扉を開くと、真っ先にヴィルバートを誘った。


 その室内は、無人でも明るく照らされていた。


(……違う、無人じゃない)


 剥き出しの石壁が四方を囲み、中央には棺が四つ揃えて置かれている。


 その一つに、よく知る顔があった。


「ミアさんッ――――!」


 ルチカはヴィルバートの腕から抜け出して、ミアの眠る棺へと駆け寄った。

 胸で手を組み、まぶたを閉じたミアの姿に息を飲む。

 棺を揺すってみるが、彼女の体が左右にぶつかるだけで、ルチカは力なく腕を下ろした。


 最後に入って来たドゥウェリが、棺を一瞥して男へと問い掛けた。


「色変えは?」


「もう済んでおる」


「……色変え?」


 ルチカに引き摺られ、傍らで事の成り行きをながめていたヴィルバートが訝しむように口を挟んだ。


 彼にはまだ、彼らの本当の目的を告げていない。

 あの男の、存在もだ。

 出来ることなら、このまま伏せておきたい。


 ルチカは彼らの注意を引くように、咄嗟に思い浮かんだ疑問を叫んだ。


「でも!どこの色が違っ――」


 そこで氷解し、ミアの顔へと即座に目を向けた。


(瞳か!)


 透明な棺には鍵が掛けられいて、ミアの瞳を確かめるのは困難だった。


「ミアさん……」


 ミアは美しい姫のように、花に囲まれ深い眠りについている。


「復原使の力でも、希色はどうにもならないって噂だったか。迷子の幼女は諦めてお家に帰るんだな」


 せせら笑うドゥウェリに、男が尋ねた。


「復原使とは何だね?」


「色彩師の偽物ですよ。教会が裏でこそこそ糸を引いて、色彩師の仕事の邪魔をする悪辣なやつらだ。なぁ?」


(まがい物はそっちなのに!)


 ルチカはきっ、とドゥウェリを睨みつけた。

 背景に徹している、ヴィルバートにも。


 彼はリュオール国王の話が出てから様子が変だ。

 ルチカを庇いもせず、男とドゥウェリにやり込められているのを黙ってながめている。

 漆黒の髪が表情を隠して、ルチカの視線を遮断してしまう。


 すぐそばにいるのに、遥か遠い存在になってしまったようだ。


「例の、偽色彩師ってのがふさわしい称号だ」


「……もう色彩師でもない小物が」


 ルチカが低音でつぶやくと、まだ癒えぬ傷口に塩を振られたドゥウェリは、呆気なく沈んだ。


「女神の加護を持つ希色とは、彼に似ている……セオルスに」


 ルチカは瞬時にヴィルバートを仰いだ。

 彼は、怒りを含めた感情の全てを、一つ残らず押さえ込んでいる。


 ルチカはそっと彼の手を包んだが、やんわりと振り払われてしまった。


 そのとき地下室内に、くつくつとした嘲笑が響き渡った。

 ルチカはその不快な笑いのする方へと目を向けると、ドゥウェリがもう立ち直ったのか、傲然とした態度で棺へと手をついた。


「いいや、あの鬼才に似ているのはこっちだろうが」


 ドゥウェリが顎で示したのはルチカではなく、ヴィルバートだった。


「何言ってるんですか?女神の力と一緒に視力まで奪われましたか。似てませんよ」


「おまえこそ目を瞑って生きてるんじゃないのか?目の形とか瓜二つじゃないか」


(目……?)


 一度だけ会ったことのあるあの男。よくわらかない言葉。酷薄な瞳。緋と碧の、冷めた眼差し。


 ルチカはヴィルバートを見つめた。

 背伸びをして前髪を指で払うと、彼の瞳がこちらへと向いた。

 緋と碧を透かし重ねたような、紫の瞳が。


 負の感情があふれて、それでも押し殺し、耐え凌いでいる瞳。

 ルチカに何も悟らせないよう、逸らすこともない。


 それはあまりに明白で、ルチカの胸の内では衝撃よりも庇護が勝った。


(……そんな顔してたら、ぶっ飛ばしますよ)


 ルチカはいつもの口調で、ドゥウェリに首を傾げてみせた。


「ほら、似てませんよ。目の形なんてどれも同じじゃないですか。わたしは猫と似てますよ。そんなことより、ここでまごまごしてていいんですか?もうすぐ騎士団が乗り込んできますよ」


「何を言う。騎士団ごときが……」


 男は言い掛けたまま深く考え込み、ルチカの判断も一理あると頷いた。


「ドゥウェリ、ここで見張っておれ」


 そう告げ、ドゥウェリは扉の外で見張りをし、男は階段を上がっていった。


「……馬鹿猫」


「……?」


「何のために時間を稼いでたと思ってるんだ。あんな悪党に同調した振りまでして」


 ヴィルバートが内容とは裏腹に、呆れまじりの穏やかな声音で言った。


 彼はマキたち騎士団を信じて、助けが来るまでの時間を延ばそうとしていたようだ。

 その邪魔を、してしまったらしい。

 

「王がどうとか恩どうとかは……?」


「この国の王は意外と寛大だから、恩なんか売らなくても忌み色の一人くらい大目に見てくれている。そうでなければ、騎士団にも入団出来ないだろう」


(言われてみればそうか)


 ヴィルバートがルチカの頭に、ぽんと手を置いた。

 すると手のひらから熱が伝わり、じわじわと顔が赤くなっていく。


 俯いたルチカを、彼は自分の胸へと寄せた。

 額が彼の肩に当たり、火照った顔を悟られないように深く埋める。


「手錠に、位置がわかるような機能が搭載されてませんかね」


「そんな魔法みたいなこといくらマキでも……無理だろう」


「今の間は少しはあり得るかもという間ですか?」


 ルチカはそっと、ヴィルバートの手錠に触れた。

 その手を緩く握られ、心臓が破裂しそうなほど暴れ出す。


 しかし、むしる物が何もない。

 感情の発露先に困ったルチカは、ヴィルバートの背に右手を回してシャツをむしった。


「……穴が空く」


「繕いますから、ご容赦を」


 ヴィルバートの左手がルチカの背中に添えられたとき、待ちに待ったあの声が階上で響き渡った。




「――――拉致監禁の現行犯だ!即刻捕縛しろ!」




事件を解決する話ではなく、ことごとく巻き込まれるお話です。

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