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 風なんて殆ど吹かない、壁の中の都市ウィンダリット。

 それでも風は吹く、あちらからこちらへ、こちらからあちらへ。


「アキツは、ふわふわの髪が好きなんだねえ」

 そう言ったのは、従兄弟のコリン・ウィリアムズだった。彼は最近、恋人ができたらしく機嫌が良い。羨ましかったら恋の一つもしたら良い、という調子だ。

「ふわふわ?」

 だが、アキツはその意味を掴みかねて聞き返す。

「だって、いつも黒い縮れた髪の子を見ると振り返ってるよ?」

 ああ、と納得する。

「ああいう髪が風を含んで揺れるのはとても目を引くよね」

 懐かしいものを思い出しながら答える。

 ブラウンの肌に土色の瞳、縮れた黒い髪を一つに束ねていた少女。髪は結った先でふわふわと丸まり、柔らかなボールを頭に乗せているようだった。微風にすらその髪は揺れ、明るい表情に健康的な伸び盛りの身体つき、アキツの中に太陽のような印象を残す少女。

「五年前になるかな、視察に行った時に会った子がああいう髪をしていてね、とてもいいな、と思ったんだ」

 弟らしき幼児の手を引きながら、その眼差しは自分を見つめていた。農家取りまとめの家の跡取り娘だと聞いていた。跡取り娘として農家のあらゆることを学び手伝い取り組んでいて将来有望だと。

 だが、彼女が手を引く男児は?

 やはり力仕事の多い職業柄、男女の子供が居れば男児が継ぐことが圧倒的に多い。そこであらゆる順番を飛ばして尋ねてしまったのだ。

「彼女がシンガ家の跡を取るのですか?」

 すぐに自分の迂闊さを呪うことになる。

「いえ、今年で五歳になる弟がおりまして、そちらに継がせようと思います」

 それがシンガ家の現当主の応えだった。彼女は驚いたように息を飲み、顔を青ざめさせた。初めて聞いたのに違いない。当主はちらりと自分の娘を見たが、すぐに彼女と手を繋ぐ弟に自慢げに視線を移した。娘よりも息子を重んじる視線だった。そして、当主のその隣に立つ夫人は困惑の表情で夫と娘と息子を見比べていたが、結局何も言うことは無かった。

「それは失礼を、私の手元の書類が古かったようだ。どうか更新のためにもご協力をお願いしたい」

 その時にアキツができたのは、事務的に応えることだけだった。だが、あの時の問いかけが予期せぬ決定を導いたのではという苦い思いはいつまでも消えず、それから王宮を出るといつも縮れた黒い髪の少女を探している自分がいた。自分の真っ直ぐな髪とは違い、風を含むような優しい髪の。


「あの子が、今も笑ってるといいな、と思うんだよね」

 ふぅん、とコリンは変なものを見る目でアキツを見た。

「また会いたい、とか思ったりはしないのか」

「会えたら嬉しいけど、でもねぇ」

 アキツは茶色の鬘を確かめるように触る。

「僕、これでもこの都市の後継なんだよね」

 代々黒い髪と瞳を持つ、この都市を治める王家の長男、それがアキツだった。治めるといっても、実務はほぼ役所が行い、壁に囲われ外との関わりが断たれているこの都市ではお飾りの印象を持たれている王家。その実は役割があるのだが、それは限られた者しか知らないことだ。

「あまり教えたくないな、と思ってね」

「そういうものかねぇ」

「コリンは?」

「あーだって、それをネタに口説いたから。元々、外に興味があったみたいで」

「……それは、奇特だねぇ」

 コリンは嬉しそうに頷く。

「しかもかわいいんだ、捕まえない手はないだろう?」

 王家の役割、その一、壁の外との取次。王家は外へ続く扉の鍵を持つ。コリン・ウィリアムズは、五軒しかない外との商売を許された家の跡継ぎだ、それを知っている。

 だが、王家の他の役割については、知らないのだろう。アキツは微笑みに隠して目を細めた。コリンの母、ナツナ・メリダは知っているはずだが、口を噤んだままなのか。そして、それは今のところ正しいと思う。


 雨すら通さぬ半球の中にある都市ウインダリット。

 その中には穀物庫と呼ばれる地区すらあり、ほぼ自給自足が可能である。しかし、それを治める者の役割を、アキツ・メルディンは恐れていた。良き治世者であるだけでは足りない役割を。

とりあえずネタバレプロローグ。うまく回収していきたいと思います!

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