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※警告
このお話は、私が投稿している他のお話とは全くテイストが違います。
もしも私の他のお話を気に入ってくださって、同じ作者だから読んでみよう、と思われたなら、やめておいた方がよろしいかと。
同じホラージャンルの『夢見の館』とも違って、グロ描写を目指しています。グロ描写の習作のようなものなので、ホラー映画が苦手な方はここでお引き取りを。
世界は変わった。
その変化した世界で、部屋の中で携帯電話を握り締めて、僕は、まるで天使が総出でラッパを吹き鳴らしてくれているような気持ちになっていた――何もかもが、僕のことを祝福してくれている、そんな気持ちに。
テレビで、ネットで、次から次へと溢れ出してくる世界各地の情報を見聞きしながら、ずっと、僕の胸は高鳴っていた。
そうして、決意したんだ。
彼女に告白しようって。
長く僕の胸を焦がせていた彼女へのこの想いを打ち明けるのは、今しかない、と。
そう、これは天啓なんだ。
彼女に僕の気持ちを告げられるように、彼女に僕の想いをぶつけられるように、神様がくれたチャンス。
――お前と彼女は、永遠に結ばれる。
世界の全てが、僕に向けてそう言ってくれているんだ。
僕は、もうずっと前から彼女の為に用意しておいた諸々の物をバックパックに突っ込む。肝心なものがあと一つだけ足りていないんだけど、取り敢えず、いても立ってもいられなくてアパートを飛び出した。一度扉を閉めてから、大事なものを忘れていることを思い出す。
「……っと、いけない、いけない」
もう一度、土足のままで部屋の中へ戻り、リビングに立てかけておいた金属バットを手に取った。グリップのところにはテーピングをして、滑りにくくしている。
慣らしに部屋の中で一振りすると、手元が狂ってテレビに当たってしまった。大きな音が響いて、プラスティックが砕け散る。
ああ、これ、高かったのに。
ま、いいか。どうせもう役立たずだし。
僕はテレビの残骸をつま先で蹴飛ばして、今度こそ外へと足を踏み出した。
真夏の陽射しが照りつけて、久し振りの日光にクラクラする。まるで吸血鬼にでもなった気分だ。
生温かい――いや、殆ど熱風といってもいい風が、顔に吹き付けてきた。空気は嫌な臭いがしていて、あまり吸いたくない感じ。
僕は口で息をして、歩き出した。
彼女のアパートまでは、駅でたった二つ分だ。
三年間、毎朝、毎晩、一日に何度も通ったその道はアップダウンもない平坦な道で、夜中にふと彼女の傍に行きたくなった時も、自転車でサッと走ることができた。
そんな、何でもない道の筈だったけれど。
カサリと物音がすれば固まって耳を澄ませ、チラリと視界の隅を何かがよぎれば物陰に身を潜める。
『奴ら』に見つからないように進むその距離は、まるで地球の反対側に行こうとしているかのように、遠かった。
だけど、立ち止まるわけにも引き返すわけにもいかない。
今、僕の頭の中には、いつも以上に彼女のことしか浮かんでいなかった。
三十分ほど前、初めて携帯電話越しに耳にした彼女の声は、ものすごく震えていたんだ。怯えて、混乱していた。
突然の僕の電話に一瞬戸惑ったようだったけれど、すぐにすがるように「逢いたい」って言ってくれたんだ。
その時の僕の気持ちが解かる人なんて、いないだろう。
誕生日とクリスマスと正月がいっぺんに来たような――いいや、それでも足りない。
だって、あの彼女が僕に「逢いたい」って言ってくれたんだから。
――「早く来て」って。
その声には心の底からの気持ちが込められていて、僕がそうだったように、本当は彼女も僕のことをずっと前から愛してくれていたんだということが伝わってきた。
彼女と僕の目が合ったことは一度もなかったけれど、それは彼女が僕の背中ばかりを見つめていたからなんだ。
彼女は恥ずかしがり屋だから、きっと面と向かって僕に気持ちを伝えることができなかったんだね。
なんていじらしいんだろう。
僕の胸には彼女への愛おしさが込み上げてくる。
――僕の背中を、彼女の大きな目が見つめている。
その姿を思うと、全身に力がみなぎった。
ああ、もう、嬉し過ぎる。
僕は彼女を愛している。愛している。愛している。
こんな状況じゃなかったら、喉が張り裂けんばかりに叫びたい。
きっと彼女だって僕と同じ想いでいるに違いないんだ。
ああ、一刻も早く彼女に逢いたくてたまらない。
車とかバイクとかを使えたら良かったんだけど、そうしたら、きっと『奴ら』を引き寄せてしまう。はやる気持ちを抑えて、ヘビのように慎重に行かなければ。
何としても、彼女の元に辿り着くんだ。
「あ」
決意を新たにした、ちょうどその時。
目の隅に、チラリと何かが入り込む。
僕は即座に足を止め、サッと近くの塀にへばり付いた。
一度深呼吸をして、そうっとそこから覗き込む。
左の方に現れたのは、だらりと両手を下げて足を引きずるようにしてさ迷い歩く、一人の男だ。
注意深く周囲を見回して、他に誰の姿もないことを確認する。
いない。
一体だけだ。
僕の唇は、無意識のうちにほころんだ。
彼女と僕の恋を実らせるための最後のパーツをどうやって手に入れようかと、考えていたんだけど。
やっぱり、天は僕に味方している。
僕は、もう一度奴の動きを窺った。慎重に確認したけれど目に見える限りは他に動くものはなく、そいつ自身の動きもとろくて、まさに格好の獲物というやつだった。
そう、あいつら一体一体は、別にたいしたことはないんだ。
動きものろいしね。
『これ』が始まった頃は生きのイイのばっかりだったけど、もうずいぶん経つから、たいていの奴は腕ももげかけていたりして、別に武道の心得も何もない僕みたいな非力な人間でも充分に勝てる。噛み付かれないようにだけ気を付ければ、大丈夫。
ただ、たまになりたての奴もいるらしく、そういうのは要注意らしい。普通の人間よりも力が強いし、ガツガツしているんだ。
僕は目を細めて、離れた場所をモソモソと歩き回っているそいつを眺めた。こっちの方に、だんだん近付いてくる。
多分、あれは、もう腐りかけ。
僕でもやれる。
どうすれば仕留められるのかも、ネットで情報を仕入れた。
――頭を一撃、だ。
思い切って、吹き飛ばす勢いで。
奴らは痛みを感じないらしくて、ちょっとやそっとの損傷じゃ、向かってくるのをやめないらしい。
頭を完全に落としてしまわないといけないんだ。
何でも、腐りかけは脊椎の軟骨もダメになってきてるから、力いっぱい殴り飛ばせばコロリと頭が落ちるんだとか。
その場面を撮った動画も見た。
その動画では色んな道具を使って試してみていて、結構イケてるのが金属バットだった。
まあ、当たり前と言えば当たり前かな。振りやすいようにできているんだから。
テレビはとっくに砂嵐だけになっていたけれど、ネットはまだ生きている。日々、動画や掲示板なんかを使って情報を出し合って、奴らの倒し方の他にも、色々なことが判ってきつつある。
まず、この異変がいつから始まったのか。
一番最初にそれっぽいのがネット上に現れたのは、一ヶ月くらい前。
でも、誰も本気にしなかった。
ネット上には、幽霊やらUMAやらは溢れかえっているしね。
ネタだろと言って、煽ったり、叩いたり、嘲ったり。
だけど、一週間もしたら、シャレにならなくなった。
だって、パソコンのモニタの文字や胡散臭い画像だけじゃなくて、テレビの中のお偉いさんも、引きつった顔でそいつらのことを口にするようになったから。
彼らはできる限り外出を控えるようにと言って、食料や日用品は、店ではなく、軍がガッチリ守った場所で受け取るようになった――区域ごとに声をかけられ、銃を構えた自衛隊員に先導されながら、向かった先で。
それでも、まだ、不思議と現実味は皆無で。
そのうち、元の生活に戻るだろうと思っていた。ほんの少しの『異状』を、楽しんですらいたんだ。
実際に窓の外で奴らを見かけるようになったのは、一、二週間くらい前からかな。
――二週間ほど前までは、五人キッチリ乗ったパトカーが一日中うろうろして、絶対に勝手に家の外には出ないように、と大音量でがなり立てていた。
時々、銃声が聞こえて。
それがだんだん減っていって、ここ一週間ほどはふっつりと途絶えていた。
代わりに、アイツらの姿は増えていったのだけど。
今の日本に、まともな人間は何人くらい残っているのかな。
アパートやマンションの上の方に住んでる人は、割と無事みたいだ。でも、一戸建てとか、出入り口が多いような家に住んでいる人は……
これがどこから始まったのか、というのは、はっきりしない。
ネットで検索する限り、ほぼ同じ頃に、世界のあちこちでちらほらと見え隠れし始めたんだ。
『感染』するから、多分、何かのウイルスだとか細菌だとか、そういうものが原因なんだろうとは言われている。テレビの中の偉い人は、傷口とかに奴らの体液がついたりしなければ大丈夫だとは言っていた。
まあ、実際、閉じ籠っていたら無事だったし、空気感染しないのは、確かかな。
じゃあ、その菌なりウイルスなりがどこから来たんだ? っていうのは、また謎。
宇宙から降ってきたんだとか、軍やどこかの研究所からテロリストが盗み出してばらまいたんだとか、まあ、そういう色んな説が出てはいるけれどね。
――おっと、だいぶ近付いてきてる。
僕は耳を澄ませた。
多分、あいつは片足だけ靴を履いているんだろう。
ズル、ペタ、ズル、ペタ、と、何かを引きずる音と、少し硬い物が地面を踏む音が、交互に聞こえてくる。
ズル、ペタ、ズル、ペタ。
もう、すごく、近い。
音と――そして、臭い。
冷蔵庫にしまっておいたはいいけど、うっかり忘れて二年は経っちゃったシチューみたいな臭い。いや、アレの方がまだマシかな。息をするのがつらいよ。僕の鼻の穴まで腐りそうだ。
ズル、ペタ。
僕は少し後ずさった。バックパックを足元に置いて、金属バットを両手で握り締める。
ズル、ペタ。
塀の陰から、少し前かがみになったそいつの頭が覗く。
ズル、ペタ。
目玉がない――少なくとも、僕に見えている方の横顔には。横顔だけれども、鼻は全然残っていなくて、のっぺりとしていた。
ズル、ペタ。
唇から頬にかけても半分溶けてて、歯列が見えている。歯のいくつかは抜け落ちていて、その隙間から舌がべろりと垂れていた。
ズル――ピタ。
そいつの足が止まる。
まるで僕の汗の臭いにでも気付いたかのように、首を少しかしげている。
僕は、迷わなかった。
一歩踏み出し、バットを大きく振り被って、フルスウィング。
野球は苦手だったけど、こんな、バスケットボールほどもあるような代物を外すほど、どうしようもなく下手なわけじゃない。
ゴツッと手ごたえ。
一瞬手がしびれて、直後、フッと抵抗が無くなって、かなり思い切り振ったから、勢い余って回転しそうになった。
たたらを踏んだ僕の視界で、左の方に、髪の毛も疎らな頭がすっ飛んで行く。頭がい骨を砕くことなく、首の骨の所でもげたらしい。動画どうりだ。
二秒ほどおいてから奴の身体がゆっくりと膝をつき、そして、地面に伏した。
頭が無くなったその四肢は、ピクリとも動かない。
よくよく見ると、腕や脚は肉があんまり残っていない。多分、他のやつに齧られたんだろうな。
「やれやれ」
僕は思わず深く息をついた。手のひらにじっとりと汗がにじんで、心臓がドキドキしている。
本当に、簡単だった。
動画で見た時は、自分にできるかどうか、心配だったけど。
目を開けている分、西瓜割りよりも、簡単だったくらいだ。
僕は立ったまま目の前に横たわる身体をジッと見下ろす。そうして、その傍らに膝をついた。




