第十一話
すっかり夜も更け、あたりは真っ暗な空と星に囲まれた頃。
城の後ろにある花畑では、花がそよそよと揺れている。
それらと同じように、艶やかな髪が風に乗せられている。
その後ろ姿はなんともいえぬ美しさである。
花と女人、見ているとついうっとりしてしまう。もう永遠に眺めていたい。
「督姫!!」
この場にはなんとも不釣り合いな野太く低い声が女人の名を呼んだ。
すると、女人は振り返った。
その振り向く姿は誠に、美しいものだった。
後世には、見返り美人といわれるものが描かれるがそのモデルとなったのは督姫なのではないか。
大事なことなので、二回いうことにした。
「輝政様」
ふわりと微笑みながら、男の名を呼ぶ。
輝政も顔を見た途端、微笑んだ。いや、微笑んだというよりは顔が緩んでいるだけだ。
「寒い中、待たせてすまない。体は冷えてはおらぬか」
輝政にぐんと近づき、自分から抱きついた。このような大胆な行動に輝政は驚いた。
いつもは、照れてしまい身をひくような性格であるのに。そして、輝政のほうをしたから見上げた。
「そう思うのなら、督を温めてくださいませ」
こんなことをこんな女で上目遣いに言われたら、もう天に召されるのではないだろうか。
輝政はそうだった。一瞬、意識が天に召された気がした。
だが、督姫に名を呼ばれたことで意識が戻ってきた。
もうすでに当初の目的など忘れ、督姫のことしか頭になくなっていた。
「輝政様、会議や合戦のことで頭がいっぱい。お疲れなのですね。今日はお休みされますか」
輝政のぼけーっとしているところを見て、督姫はそういう。
実際は、督姫で頭がいっぱいなのだが。
「そうだ、督姫!」
突然、輝政が大きな声を出すものだから驚いた。だが、督姫を言葉を聞いて当初の目的を思い出した。
「石田殿など、西軍の武将にあれやこれやされておらぬか!?」
そうだ、家康に言われたことが気になっていたのだ。
その言葉を聞いたのち、督姫のことが気になり気が気ではなかった。
「あれやこれや?督はここにきてから、父上と輝政様しか話しておりませぬ」
輝政は大きく息を吐いた。安心した。
「本当か、督姫」
「誠でございます。督は輝政様に嘘はつきませぬ」
胸がきゅんとなる。本当に督姫はかわいい。
「督姫・・・。あっ、何かあれば某をよんでくだされ!すぐ参りまする!」
「まぁ、輝政様。なんと頼もしいお言葉。督はうれしゅうございます。」
督姫は輝政にうっとりとしている。本当にそう思っているのだろう。
輝政も督姫の名を呼びすこし近づいた。それにこたえるように督姫も近づく。
もう甘い空気が漂っている。二人だけの世界とでも言いたいように周りは一切見えていないようだ。
だが、そんな空気に水を差すものがいた。
「ごほんっ」
不釣り合いな咳払いが聞こえる。
二人はそちらのほうを見る。
「父上!?」「親父殿!?」
そこにいたのは徳川家康だった。
「輝政、はやく報告に来ぬか」
「は、はい」
怒鳴りつけられるかと思ったが、そんなに怒らなかったことにほっとし、少し認めてくれたのかという気持ちができた。
「督姫、では」
「はい、また」
微笑む督姫に輝政も笑顔を返し、家康のもとに向かう。
すると、家康が輝政だけに聞こえる声でぼそりと言った。
「輝政、覚えておけよ」
この言葉に殺意を感じ、輝政はしばらく震えが止まらなかった。




