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第八話 : 道しるべの『魔法』

 

「こぉらあぁあ! 待てやシュウちゃあぁぁぁん!!」


 背後からの怒声で我に帰る。結構長い間こうなったいきさつを思い出していたようだ。こんな状況で思いに耽るなんて我ながらのんきと言うか怖いもの知らずと言うか。

 いつものキンキン声とは違うドスの効いた声で叫びながらオレを捕まえようと激走してくる火野まあ子。一歩でも躊躇していたらすぐに間合いを詰められてしまう。あの全然関係のない不良どもでさえ一撃でのされたんだ。怒らせた張本人であるオレなんかどんな目に遭わされるか、想像もつかねぇ。

 不良たちのたまり場だった広場を抜け出し、とにかく林に沿って逃げまくる。村道なんてほとんどが田んぼや畑の間にある直線だらけ。捕まえてくださいって言ってるようなものだ。

 ここは曲がりくねっている道を選ぶのが得策。何かと障害物のある道だとさらに良し。直線なら圧倒的に有利なあいつのスピードも、こうも木の枝や藪、坂道と言った障害物があると不利に働く。さらにはジグザグに逃げまくるオレの遁走に、さすがの座敷童も簡単には追いつけずにまいっているようだ。


「あ〜〜、もう! シュウちゃんは特別に優しく殺してあげるからとっとと止まりんしゃ〜い!」

「そんな魅惑的なセリフ、このシチュエーションで全然意味ねぇ!」

「ほらほらシュウちゃんシュウちゃん! あっし今マッパだよ! 木の枝が引っかかって服がビリビリ状態さ! セクシーまあ子ちゃんが真後ろにいるよ〜! 振り向かないと損っすよ〜!」

「そんな未発育な身体になんか興味ねぇ!」

「あー! カッチーンきたー! せめて発展途上って言えー!」

「同じ意味だろ!」

「まだ未来に希望があるでしょーが!」

「今は絶望的ってことじゃねぇか!」

「うわー、カッチーンきたー!」


 うわ、スピードが増しやがった。迂闊なことは言わない方が身のためだな。

 ジグザグに逃げながら、頭の中に村の地図を描く。学校近くの林を迂回したこの道筋の先に何があるか、どの場所にたどり着けるか、トレースする。


「……よし、いける。方角さえ間違えなければあと数分で着くはず」


 オレの目指す目的地。逃亡先として選んだそこは、火野神社。オレを追ってきている火野まあ子の実家だ。

 この村の住人は火野神社の巫女であるあの座敷童の味方をしかねない。つまり、村の中はどこをとってもオレにとっては危険地帯。しかし、唯一の治外法権と言っていい場所こそがあの神社だ。

 ――火野鷹仁。あの爺さんなら、きっと火野まあ子の奇行を止められるはず。

 あいつが自分の祖父をもぶっ飛ばしてしまう可能性もなくはないが、まぁその時はその時。オレがボコボコにされるよりはまだマシだろう。

 そんなろくでもないことを考えながら、ふと気付く。先ほどまで付かず離れずだった火野まあ子との距離が少しづつ開いてきていた。


「チャンス、だな」


 まさかあの女を引き離せるとは思ってなかった。こんな見通しが利かない場所で距離が開いたなら、身を隠すチャンスだ。うまくいけば神社に逃げ込む前にあの女を撒けるかもしれない。

 山道をはずれ、木陰にまぎれる。荒れた息を整えつつ、やってくる追跡者を待つ。こんな時にあの響くキンキン声は役に立つな。


「うら〜! ……あれ? シュウちゃん? お〜い、シュウちゃ〜ん?」


 ち、止まりやがった。そのまま走って突っ切っていけばいいのに。さすがヘンタイ、嗅覚が鋭い。

 オレが隠れている木と山道にいる火野まあ子との距離、およそ二十メートル。そこまで近くはないが、少しでも動けば音が聴こえる距離だ。ここはしばらくガマンしてでもあいつが動き出すのを待つしかない。

 む〜、と唸りながら辺りをキョロキョロ見回す火野まあ子。唇をとんがらせて明らかに不満顔。相当イライラしてるな。


「あ〜、もう! シュウちゃんどこさ〜! 返事しろ〜!」


 するかバカ、――そう思った瞬間だった。

 火野まあ子の近くにある石が、……いや、石なんてモンじゃない。岩と呼んでもいいくらいの大きめの石が、ふわりと宙に浮いた。


「――ッ!」


 思わず漏れそうになる声を手で塞ぐ。

 あれは、魔法か? 岩が宙に浮く魔法、『浮石ふせき』と呼ばれるものだ。火柱以外の魔法なんて初めて見た。……いや、そんなことはどうでもいい。考えるべきは一つ。――なぜこのタイミングで魔法が発動したのか、だ。


『お嬢は、全部の魔法を操れんだよ』


 ボサボサの言葉が脳裏に浮かぶ。

 まさか……、あの魔法はあいつが発動させたのか? そうとしか思えねぇ。だって、文献に記されていた、あの魔法の恩恵は――、


 ブワッ! ――――ズドンッ!


 『浮石』が猛スピードで動き出す。

 小さな枝や蔦など、その速さと硬さの前には存在の意味を為さずに無残に散る。まるで弾丸のようなその魔法は、オレの背後にある木に宿る太い枝を軽々と貫いた。

 派手な音を立てながら崩れ落ちる枝。それは火野まあ子の注意を引くには、充分すぎるほどだった。


「そこさねーッ!」


 獲物を見つけた猛獣の如く襲い掛かってくる火野まあ子。その目をまっすぐにこちらを向いている。


「クソッ!」


 その言葉が鬼ごっこの再開の合図。

 踏み固められた山道とは違う荒れた山肌を駆け上る。土に足がめり込み、まるで足かせのように靴にこびりついていく。火野まあ子も同じことを思っていたのか、背後からキンキン声で悪態が響いてくる。


「あ〜、もう! なんでこんな道に逃げるかなコレ〜!」

「だったら追ってこなけりゃいいだろがよ!」

「いんや! これは試練さ! シュウちゃんに追いつけるかどうか、土地神様があっしの愛を試してるわけさ〜!」

「昨今の犯罪者がよく口にするような戯言ぬかしてんじゃねぇ!」


 『試練! 試練!』と掛け声をあげながら迫ってくる火野まあ子。ここにきてテンションが上がってしまったようだ。くそ、ヘンタイはこれだからタチが悪い。

 そんなハイテンションのヘンタイ女をよそに、オレは足場の悪さに四苦八苦しながら先ほどの魔法を思い出していた。

 岩や石が宙に浮いて移動する魔法『浮石』。その恩恵とは――、


 『行くべき道を指し示す道しるべ』


 まさにあの状況にうってつけの魔法。しかも、明らかに火野まあ子にオレの居場所を示すように『浮石』は発動した。

 まさか、本当に、アイツは……。

 

「うら〜! シュウちゃん、覚悟はできたかコレ〜!」


 オレの思惑をよそに、オレと火野まあ子は荒れた山肌を登っていく。

 夕日の赤色が木漏れ日となって、山肌は燃えるようにうねる。

 太陽はもうすぐ海の彼方に沈もうとしていた。


 

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