第六話 : ボサボサ熱視線
今思えば、今日は朝から何かイヤな予感がしていたんだ。
様々な情報を元にして先のことを予測するのがオレの行動の源。だからもちろんこんな理由も根拠もない予感なんかをアテにするわけもなく、いつも通り学校へとやってきたわけなんだが……。
そういえば予感ってのはそれまでの行動の結果や経験の積み重ねの中から同じような環境、シチュエーションを照らし合わせた時に脳裏をよぎる一種の『予測』だ。人間の行動、経験の情報を膨大に集めて形にしたものが今日の占いにあたるわけなんだから、予感も案外バカにしたもんじゃない。
――が、それに気付いたところでもう遅いか。
もうすでに、オレはとても面倒くさいことに巻き込まれてしまっているのだから。
「こぉらあぁあ! 待てやシュウちゃあぁぁぁん!!」
凄まじい形相で襲い掛かってくる座敷童。そして後ろを振り返る余裕もなく必死に逃げ回るオレ。
……後ろを見てないんだった表情がわかるわけない? そんなの見なくてもわかる。あいつは間違いなく、オレをボコボコにするつもりだ。
「止まれやシュウちゃあぁぁぁん!! すぐにボッコボコにしてあげるからーーッ!」
……どうしてこんな時に限っては予測通りに動くかな、あの女は。いつもは全然予測と違う行動ばっかしやがるくせに。
って言うか、なんでオレは逃げてるんだ? なんでこんな真昼間に、なんであんなチビ女に命の危機を感じて逃げ回っているんだ?
そうだ、あの手紙だ。あの手紙が全ての元凶だ。
クソ、あの手紙が届いた時に完全に無視していればよかったんだ。いつもの通りすぐに火野神社に向かっていればこんなことにはならなかったんだ――
◇ ◇ ◇
その手紙はオレの机の中に入っていた。
ずいぶんと可愛らしいハート柄の模様の封筒、封にはなんかのアニメのキャラクターのシールが貼ってあった。
その風体だけでも表情が引きつりそうだってのに、封筒に丸文字で書いてある文字がさらにオレの表情をピキピキと引きつらせる。
『果たし状。テヘッ♪』
果たし状なんてもの、生涯で初めてもらった。って言うか現物を見る事自体が初めてだ。
こんなバリバリ少女趣味の封筒で、しかも丸文字で、しかも『テヘッ♪』なんて書いてある果たし状をもらった奴なんて古今東西このオレしかいないんじゃないだろうか?
それにしても、一体なんなんだコレは? 新手の嫌がらせか? 新種のイジメか? おもしれぇ、このオレをイジメようなんて考えるとはどこのどいつ、……って、一人しかいねぇな。
火野神社によく出入りするようになってからオレにからむ奴は誰一人いなくなった。話しかけてくる奴さえまったくいなくなってしまったが、そこは問題じゃない。問題は、そんなオレにイヤってほどからんでくる変態がこの村には一人いるってこと。そしてこの手紙の主が間違いなくそいつだってことだ。隣の席にいるはずのそいつの姿が、放課後になってからどこにも見えないことからも、ますますキナ臭せぇ。
「……破り捨てるか」
「――ま、待て! 待てって!」
ポツリと呟いたその瞬間、果たし状を破り捨てようとするオレの手を必死に止める奴が現れた。
あ、こいつ、前にオレにケンカ吹っかけてきたあの不良共の一人じゃねぇか。オレに足払われてきれいにスッ転んでたボサボサ眉毛のあいつだ。
「頼むから読むだけ読んでくれよ! そんでお嬢を助けに来てくれよ! 頼む!」
泣きながら必死にそう懇願するボサボサ。……オレの方こそ頼むから、そんなに手をしっかり握るのだけは止めてくれ、いやマジで。
「なんだよ、どういう意味だよそれ。って言うか『お嬢』って誰だ?」
「…………」
「言わねぇと破り捨てんぞ」
「ま、待てよ! 言う! 言うから! ……お嬢ってのは、まあ子さんのことだよ。その手紙はまあ子さんがお前に書いたもんなんだよ」
やっぱそうか。ったく、相変わらずあの座敷童も意味のわかんねぇことするな。
「読んでみりゃわかるけど、その手紙はオレらがお前に向けて書いた『果たし状』ってことになってんだ。オレらがお嬢を捕まえて人質にしてるから、助けたかったら俺らとタイマン張れ、ってなことになってんだよ」
心底イヤそうな顔で説明するボサボサ。あいつに言われてしぶしぶこの茶番に付き合ってるって感じだな。
そう言えば、この村では火野神社の巫女は特別扱いされてるってあの狸ジジイが言ってたな。どんなに無茶なことを言われても、巫女であるあいつから命令されたら付き合うしかないってことか。
そういう点で言うと、あいつにチョップかましたり邪険に扱いまくったりしてるオレって、この村の住人からしたら相当バチ当たり者なんだろうな。自分がこの村の外から来た人間なんだって、初めて実感したな。
まぁ、とにかく。
「じゃ、帰るわ」
「おお、じゃあな――じゃねぇよ! 何思いっきり無視してくれてんだよお前! お嬢を助けに来てくれって頼んでんじゃねぇか!」
「悪いけど神社に用事があんだよ。わざわざあいつの茶番劇にのっからなきゃなんねぇ理由もねぇし、行く必要ねぇだろ」
「必要はねぇかもしんねぇけど、その、なんだ、ホラ、……そうだ、義理ってモンがあんだろ!」
「……義理?」
「そうだよ! お前、普段からお嬢に世話んなってんだろ! こんな時くらい恩返ししろよな!」
「世話をかけられたことならたくさんあるけど」
「……なんとなく、って言うか、すげぇわかるけど……。と、とにかく来てくれよ! お前が来なかったら俺らお嬢にどんな目に合わされるかわかったもんじゃねぇんだよ、マジで頼む!」
ったく、都合のいいヤローだな。人を呼び出してボコろうとしてやがったくせに、自分の立場が悪くなると途端に手のひら返しやがって。……って言うか、早いとこその手を離せ、手を。
「頼む、頼む中津! お前が付き合ってくれるまで離さねぇからな!」
「手を握ったままそういうこと言うな。誤解されんだろうが」
「誤解なんかじゃねぇよ! 俺はマジで言ってんだよ!」
「いや、だからその言い方やめろ」
「中津〜〜ッ! 頼む、一度っきりでいいから〜!」
だから手を握って熱い視線で見つめたままそういうことを言うなってんだよ! こいつ、マジでその気があるんじゃねぇのか? なんか手が湿ってんだけど。
クラスメイト中のいかがわしげな視線と、目の前のボサボサのうっとおしい熱視線が突き刺さる。その二つの視線から逃れる一番てっとり早い方法と言えば――。
「……わかったよ。あいつを助けに行けばいいんだろ」
こうしてオレはあの座敷童の茶番に付き合うことになったんだけど。その選択こそが最大の間違いだったことに気付くのは、これから一時間後のことだった。