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第五話 : 寵愛を受けし者

 


「まあ子がこの神社の巫女なのは知っておるな? もともとこの火野神社には巫女などはおらんかった。かつての宮司がいた時代でも補佐役の女官はおっても巫女と呼ばれる者は存在せんかった」

「巫女がいない神社? ……何から何まで規格外っすね、この村は」

「まぁ、それも仕方がなかったんじゃよ。なにしろ、この神社に奉っておる神はいささか寵愛が強すぎての、普通の人間では精神がもたなんだ」

「精神がもたない?」

「巫女とは神に奉仕する者。その身を神に捧げし者。それ故に神の寵愛を賜ることができるのじゃが、土地神様の愛はこの天之恵をまるごと包んでそれでも余りある程じゃてのう、まともな人間ではその身が持たぬのじゃよ。簡単に壊れてしまうで、それ故に当神社にはこれまで巫女という存在は一切おらなんだ」


 ふんふん、その余りある愛が漏れ出たものがあの『魔法』だってことか? つまり、あの火柱はこの土地の神の愛とやらの残りカスだと。……しょうもねぇ下世話な話だな。

 つまり、火柱や水柱なんかのワケのわからない現象を神様のせいにでもしないと村人の騒動を治めきれないと考えた宮司の作り話ってとこかな。神様の愛だ恵みだと謳っている以上、その寵愛を受ける対象である巫女が存在してしまうと辻褄も合わないし政治や統治を行ううえでも何かと都合が悪かったんだろうな。

 各地にまつわる昔話ではよくある裏話……と言いたいとこだけど、この土地に関してだけはそういう『よくある話』でくくってしまうのは、少しばかり予断かもな。


「それで、その巫女を持たない神社がなんで今さら巫女を抱えてるんすか? しかも、よりにもよってなんであんなヘンタイなんかを?」

「ふぁふぁふぁ! ハッキリ言うのうボウズ! 相当の筋金入りじゃのお主、ふぁふぁふぁ!」

「なんすか、性格ひん曲がってるって言いたいんすか」

「いいや。方向性はともかく、お主はまっすぐじゃよ。まっすぐなクセにひん曲がっとる」

「……そんなハッキリ言われると、さすがにこたえるんすけど」

「ウソをつけ。これっぽっちもこたえとりゃせんくせにそう言うところがひん曲がってる証拠じゃ。まったく、まあ子といい勝負じゃな」


 ふん。結構わかってんじゃん、この爺さん……って、あいつといい勝負ってどういうことだ?


「お主はアレをヘンタイと言ったな。じゃが、実のところはちと違う。アレは自らをそういう性格だと偽っておるところがあるでな、その辺りがどうにもお主と印象が重なる節があるの」

「……あいつが本当はまともだと?」


 その言葉に、爺さんはこくりと頷いた。

 おいおい、冗談だろ? この爺さん完全にボケてるな。そうじゃなかったら相当の爺バカだな。あの女をどう言うふうに見たらまともな人間に見えるって言うんだ? ありえねぇ。


「さっきも言うた通り、この神社には巫女は置くことができん。しかし、アレはこうして巫女になっておる。巫女は土地神様の寵愛を受けし者。だからこそ、この村ではアレは特別扱いされておるが、この神社の巫女である以上はまともな精神でいられるハズがないと、この村の誰もがそう思っておる。アレ自身も含めてな」

「なるほど。それであいつは自分がすでに気がふれた変人だと思い込んでいるって言いたいんすか? キンキン声でしゃべくりまくったり、やけにハイテンションではしゃぎ回ったりしてるのは、この神社の巫女に相応しい存在であるための暗示、思い込みの類だと。そう言いたいんすか?」

「さすが似たもの同士じゃの。その通りじゃ」


 やっぱありえねぇ。この爺さん、ボケてるわ。

 まずあの女がそういう風に周りに合わせて生きるタチだとは到底思えない。その理由も意味わかんねぇし、その必要もねぇし、そうする義務を負うこともねぇし。

 そしてもう一つ、オレとあいつが似た者同士であるはずがねぇ。オレは自分を偽ってる気はねぇし、あいつは天然のドヘンタイだし、どこも似てなんかない。――似てるはずがねぇんだ!


「……ふ。そんな形相をせんでもよかろ。図星を付かれて否定したくなる気持ちはわかるがの」

「いや全然。図星どころかてんで的ハズレっすから。あまりにも見当違いすぎて飽きれてるだけです」

「ふぁふぁふぁ。まぁ、それでもよかろ。――む、もう陽が落ちる頃じゃの。せっかくじゃから夕飯でも馳走になれ。歓迎するぞ」

「……いえ、もう少し調べ物してから帰ります」

「遠慮するな。お主がおるとアレが喜ぶでの。孫の喜ぶ顔を見るのはジジイの数少ない楽しみじゃよ。蔵あさりの礼だと思って一つ頼まれてくれんかの。……まぁ、ひねくれ者のお主は恩など少しも感じておらんのかもしれんがの」


 しわくちゃの顔でニタリと不敵に微笑む爺さん。

 ……恩返しとか言われたら断りにくいし、それでもムリに断ったりなんかしたら無理やりひねくれ者を演じてるって言うさっきの爺さんの言葉を実証しちまうことになっちまう。

 このジジイ、さすがあの座敷童の爺さんだけあるな。とんだ狸ジジイだ。


「……わかりました。別に断る理由もないですしね」

「ふぁふぁふぁ。いやいや、かなりのひねくれ者かと思ったが、多少の恩を感じるまともな青年じゃったとはな。ワシの目もまだまだ節穴だらけじゃな。ふぁふぁふぁ」


 残念そうな顔なんか微塵も浮かべることなく、爺さんはスタスタと蔵の出口へ向かっていく。その背中からこの爺さんの思惑など予測できるはずもなく、オレはただただジッと己の敗北を噛み締めるしかなかった。……くそ、見てろよ狸ジジイ。そのうちリベンジしてやっからな。

 おもしろくない心中を押さえながら出口へ向かう。外はすでに夜の帳が落ち始めていた。爺さんの思惑にハマって悔しがっていたこの時のオレは、爺さんに肝心の話を訊くことをすっかり忘れていたんだ。


 ――なぜ、あいつが火野神社の巫女になる必要があったのか?


 オレがその答えを知るのはこの一週間後。あの座敷童が起こした、とんでもない事件に巻き込まれてからのことだった。


 

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