第四話 : 火野神社の巫女
それから一週間、火野神社に通いつめる日々が続いた。
あの火柱がまだ『摩象』と呼ばれていた時代のことや、この土地に眠る土地神と呼ばれる神を崇めるために建てられたというこの神社の成り立ちが記された文献。火柱や水柱、竜巻や岩が宙に浮くなどの様々な魔法の種類、それの発生地点と時期を記した地形図。魔法の種類によってどんな影響が周りに与えられるか等の記録。
オレの知りたかった情報はこの土蔵の中にこれでもかと言うくらいに眠っていた。
「……全然わかんねぇことだらけだけど、それでも少しづつわかってきたな」
この村の地理を示した地形図の上に点在する『魔法』の発生地点。それを見る限り、そこにはなにかしらの法則があるように思えた。
天気予報や占いしかり、法則があるものには要因が存在し、その要因をつかむことが出来ればある程度の予測もできるし、完全にその法則を把握すればそれはもはや予測どころの話ではなく、支配したと言っても過言ではない。
魔法を支配する者。それは『魔法使い』と呼ばれても遜色のない存在なのではないか?
過去、この神社の宮司だった者はそれに一番近い存在だったそうだ。
それぞれの魔法によって起こる影響を考えて宮司は村の整地を命じたり、農作物の収穫時期を指定したり、村人同士の縁談や子作りの時期まで宮司に相談するものが後を経たなかったとか。今で言うところの風水師や占い師のようなものだった、と。
それくらい、この村にとって魔法は村の繁栄や存続になくてはならない存在だった。この村の魔法を見ると縁起がいいという風習はそういうところからきているのだろう。同時に、今は宮司と呼ばれる存在はいないと言うことでもあるわけだけど。
「とは言え、支配するものが過去にいたんだ。オレなら何かしらの予測もできるかもしれない」
「ふむふむ予測とな。魔法を予測するなんて、なんだかシュウちゃん気象予報士さんみたいだね〜」
――瞬間、心臓が宙に浮いた。
バクバクと暴れまくる心臓の鼓動を悟られないよう、込み上げる怒りを出来うる限り殺した表情でいつの間にか真後ろに出現した座敷童を睨みつける。
オレのその表情がそんなにお気に召しやがったのか、なぜか巫女姿の火野まあ子はキャハハと耳につくキンキン声で爆笑していた。
「キャハハハ! シュウちゃんビックリした? ベックリした? それともバックリした〜? いや〜、真剣に調べものしてるシュウちゃんの顔があまりにもセクシーだったから、気付いたらついつい超接近していたさ。いやん」
「…………」
「おお、シュウちゃん超真顔。わかってるよシュウちゃん、こう言いたいんだね。――今日もキレイだねまあ子」
「出て行け」
「え〜、シュウちゃんひどい! 一人で遊んでないでまあ子も仲間に入れてほしいっす〜!」
「遊んでるわけじゃなくて調べ物してんだよ。お前にかまってるヒマなんてねぇんだ。いいからどっかに消えろ」
オレのその一言に火野まあ子はピタリと止まった。
ん? このくらいの言葉でキズついたのか? この座敷童にも少しは心にデリケートな部分があったのか?
「……シュウちゃん、もしかしてそれって……放置プレイってやつ!? うおお、さすがシュウちゃん、都会から来ただけのことはあんねー! よっしゃ、まかしちょけシュウちゃん! 精一杯放置されてやるさー!」
『放置! 放置!』と謎のかけ声をあげながら、巫女姿の火野まあ子は土蔵から走り去っていった。
……今さらながら確信したな。あいつにデリケートな部分なんてものはない。一切ない。微塵たりともない。もしあったらそうだな、舌を引きちぎって死んでもいいぞ。
まあ、アレはアレで楽しそうだからいいとして、家族はアレでいいんだろうか。我が娘、我が神社の巫女があんなのでいいのか? 自分の娘があんなだったらオレは世間に顔向けできないけど。
「ま、オレには関係ないことか」
「ふむ、そう無関係でもないがの」
――瞬間、心臓が一気にK点を飛び越えた。
この日二度目の背後からの奇襲は意外と精神にきたらしい。今度ばかりは驚愕の表情を殺しきることができなかった。オレの顔面は相当ゆがんでいたことだろう。オレのそんな表情など気にも留めず、火野まあ子の祖父であり火野神社の神主、火野鷹仁は言葉を続ける。
……ったく、孫も含めてふざけた名前だ。
「この蔵に通いつめて今日で一週間か。なんとまぁ、ずいぶんと魔法に魅せられたようじゃな」
「……アンタら家系の神出鬼没さにもずいぶん驚かされてますけどね」
「ふ、口が悪いの。まあ子が夢中になるわけじゃ」
「なんすかそれ。アイツ、口が悪い男が好きなんすか? 見かけどおりのヘンタイすね」
「ふぁふぁふぁ、いやいやそういうわけではない。アレはな、今まで誰かに邪険にされたことがないのじゃよ。この村の誰もがアレには一目置いて接しておるでの。お主のように無愛想な扱いをされることがさぞ新鮮なんじゃろなぁ」
「あいつが、一目置かれてる?」
「アレはこの神社の巫女だでの、この村においては相当特別扱いされておる。お主も同じ学校に通ってるのなら心当たりはないか?」
「……ああ、そういうことか」
この火野神社に通うようになってからあの不良たちが一切カラんでこないのを不審に思っていたが、そういうことだったのか。オレがあの座敷童と何か関わりがあると思われていた、と。
……不愉快なことこの上ねぇけど、今はそれよりもまず――、
「アイツが特別扱いされる理由――もちろん、今オレが調べてることと関係あることなんすよね?」
オレの言葉に、爺さんは厳かに頷いた。