第二話 : 予測外の存在
『予測』――それこそがオレのもっとも得意とするもの。誰にだってある力。だけど、オレのそれは少し他人よりも強かった。
例えばケンカ。相手がどんな攻撃をしてくるか、どこを攻撃すればどこがガラ空きになるか、そういったことを予測するのはそう難しいことじゃない。腕力が別段強いわけでもないオレがケンカで負けたことがないのは、ひとえにこの『予測』のおかげだった。
もちろんどうすればそんな事態に巻き込まれないかも予測できないこともない。だけど、まだ予測するための情報が少ない時はどうしようもないわけだ。オレの自己紹介でのあいさつにムカついたクラスメイトの一人がケンカ吹っかけてきた、今のこの状況みたいに。
「行くぞオラァ!」
さぁここで予測だ。まっすぐ走りながらしてくる攻撃と言えば?
選択肢は大抵三つ。殴る、蹴るの『打撃』。タックルなどの『組み付き』。後ろで控えている他の仲間にボコらせるための『捕獲』。その中の選択肢のいくつかを潰せば自ずと予測は絞られる。
さぁ、一つずつ潰していこうか。
「! うわッ!」
一瞬、突進する素振りを見せたところで相手の上体がほんの少し怯んだ。
この体勢から組み付きはないな。捕獲もややムリっぽい。なら打撃、バランスの崩れていない利き足での前蹴りってとこか。
――ほら、正解。
予測通りの攻撃なんて目をつぶったってかわせる。後に残るのは前蹴りをかわされてさらにバランスを崩しかけている相手の身体。……もっと考えてから行動しろよな。
軸足である左足首を横から思い切り蹴飛ばす。一瞬宙に浮いた相手の身体が左肩から地面に落ちていく。
「ぐぁッ!」
「ずいぶんきれいに転倒するなお前。アクション俳優になれんじゃねぇの。転ぶ専門のな」
「こ、このヤロ……!」
さて、一人に構ってるヒマないな。まだ周りには四、五人いるんだし。
まったく、ちょっと生意気な転校生をその日のうちに校舎裏に呼び出すなんて、いつの時代の不良だよ。そのうち気合の入った髪形の裏番とか出てくんじゃねぇの。
「おい転校生。あんまチョーシくれてんじゃねっぞ、あぁん?」
おいおい、マンガの読みすぎだ。しかも結構古めのもん読んでんな。
時代錯誤感をさらけだしながら残りの四、五人が寄ってくる。ったく、最初からそうやって全員で攻めてくれば簡単にボコれるだろうに、なんでこういう奴らって一人で相手を倒したがるんだろうな。メンツとか意地の問題だろうか。それはこいつらにとってどこまで譲れない部分なんだろうか。今度調べてみようかな。
「なに余裕かましてんだよ! この人数相手で勝てるワケねーだろーよ!」
おっといけね。ついつい熟考入っちまった。
周りを見渡すと、キレイに円を描くようにオレを取り囲む不良たちの姿。最初にかかってきた奴も加わって結構壮観な画だ。ふむ、なかなか効率的。どこからでも相手の背後をとれる大人数ならではのフォーメーションだ。
だけど、遅かったな。最初からそうやってればまだ間に合ったのに。
「こら〜! お前ら何やってんだ〜!」
校舎裏に担任の豪快な声が響き渡る。こんな時以外にあまり役に立たなさそうだな、あのがなり声は。
「うわやっべ、ゴリだ!」
「くそ、逃げるぞ!」
「覚えてろよ、転校生!」
お前らも人の名前くらい覚えろよな。さっき教室で自己紹介したろ。それに担任の名前も覚えてないのか? ……オレも覚えてねぇけど。
三々五々逃げ出す不良たち。ゴリと呼ばれた担任がオレのところにたどり着いた頃にはもう後ろ姿すら見えなくなっていた。
「おい、中津。大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。ただカラまれてただけです。別に誰かをイジめてたわけじゃないんで、そっちの意味でも大丈夫ですよ」
「なッ……!」
『中津が校舎裏でさっそく誰かをイジめてるみたいです』
不良たちに呼び出される前にそんな匿名の手紙を担任の机に書置きしておいた。まさかここまでナイスタイミングで現れるとは。……自己紹介でのインパクトが強かったせいかな。ま、予測の範囲内だけど。
「……中津、あの話って本当のことなのか?」
「あの話ってイジメのことですか? ……ウソですよ、もちろん」
「な、なんだウソか! ワッハッハ、やっぱりな〜! やけに真実味がある言い方だったから先生騙されちゃったぞ! ワッハッハ〜!」
何がそんなに満足なのか、豪快な笑い方のまま去っていく担任。もちろんウソですよ、先生。――たった今アンタに言ったことが。
オレは確かにイジめてた側だった。それも、一人で大勢を、だ。
自分の予測が次々と当たっていくことに快感を覚えていた。周りの皆が自分の手の中で踊ってる気分。神にでもなったつもりでバカみたいに予測しまくって、周りの皆をいいように操ってる気でいたんだ。
もちろん予測が百パーセント当たるワケじゃない。ただの確率の問題。そうなりやすいだろう状況を想定して対処するってだけの話。超能力者でもなければ魔法使いでもない、テストのヤマが当たって喜んでるクソガキと同じようなもんだ。もちろんそのヤマが外れた時にはそれ相応の面倒がやってくるわけだ。――今回の転校の原因のように。
「……さて、あいつらが次の行動起こす前に対処しとくか」
まずはこの土地の地理を知ることが先決だな。集団で地の利を生かされたりなんかしたらさすがに不利だし。
「でもさすがに一人で歩き回るのは効率が悪いな。誰か案内してくれる奴がいてくれると助かるんだけど」
「ふむふむ。そういうことならあっしの出番でやんすね〜」
……後ろから聞き覚えのあるキンキン声が聴こえた気がした。
いや、気のせいだ。気のせいのはずだ。あんな騒がしい奴が一切の気配も何も感じさせずにオレの背後にいるなんて信じられるわけがない。きっとアレだ、これが白昼夢ってやつだな。もう放課後だけど。
「それにしてもシュウちゃん強いね〜! 五、六人を相手にしてんのに全然物怖じしねぇんだもん、それどころか手玉に取ってたって感じさ! アハハ、お手玉お手玉〜♪」
「……いつからそこにいた?」
「はえ? ず〜っとず〜っと居たさ。シュウちゃんたちが来る前からここで日向ぼっこしてたし。そしたら突然ケンカ勃発! まあ子は手に汗握りながらいつ先生を呼びに行くか、どれくらいシュウちゃんがボコボコにされたら助太刀に行くか、今日の晩御飯のメニューは何じゃろホイとかいろいろ思案しながらことの成り行きをジッと見守っていたさ! 結局シュウちゃんの勝利で終わっちゃったから『クソ、恩を売って三倍にして返させてやろうと思ったのに』とかのまあ子の企みと言う名の小さな望みは叶わなかったわけで。あ〜、かわいそうなまあ子。シクシク」
「…………」
「そしたらシュウちゃん衝撃の呟き! 『誰かこの村を案内してくれる奴がいてくれると助かるんだけど。できればあのかわいいまあ子ちゃんだとよりいいんだけど』な〜んて本人が後ろにいるとも知らずにまさかのカミングアウトさ! いや〜、さすがのまあ子もそりゃテレちゃうさ、テレちゃうさ。いや〜ん♪」
「…………」
一つ勉強になったな。どうやら座敷童ってのは妄想癖を持っているようだ。しかも、結構タチが悪いやつ。
しかし悲しいことに、オレはこの妄想癖の脳天パー子の力を借りなくてはならないようだ。
この村で親しくなった奴なんてもちろんいないし、さっきの不良たち以外のクラスメイトはあの自己紹介のおかげでオレに近寄りもしねぇし、下宿先のおばさんは仕事で忙しそうだし、この妖怪女の他に案内を頼める奴がいないというヤバイ状況だ。
……自己紹介の時にこうなることを予測しておくべきだったな、クソ。
「おい、座敷童」
「誰がリアディゾンだー!」
「言ってねぇし、お前の存在のどこを見渡しても一部分としてカブってねぇよ」
「アハハ〜、シュウちゃんも結構言うね〜。んで、なに?」
「……明日にでも、この村案内してくれるか?」
「シュウちゃん……!」
素直に案内を頼まれたのが意外だったのか、それとも単純に嬉しかったのか。火野まあ子は満面の笑みを浮かべながら、言った。
「『お願いします、まあ子ちゃん』が抜けてないかい?」
……ことごとくオレの予測を裏切るヤツだった。