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最終話 : 晴れのち曇り、ときどき魔法

 

 やかましい程のセミの鳴き声が、教室の中まで響き渡る。

 やけに存在感を出しまくっている入道雲は、これまた存在感出しまくりの太陽の光を反射して、存在感と季節感をダブルで演出していた。

 前に居た土地でならそんな光景を見ることもなかった。高いビルや建築物に視界を阻まれて、さらに空を見上げることに妙な抵抗があって、そこにあるはずの景色に気付くことは出来なかったから。

 この土地には高いビルや建築物なんかもちろんない。あるのは山と川と畑、そしてそこに住まう少し変な住人たち。

 なにせ、奴らは目の前で火柱が立っても岩が宙を猛スピードで飛んでいっても手を合わせていいものを見たとか言って喜んでるんだ。……な、変だろ?

 そんな住人たちの中ではオレの妙な抵抗なんかむしろまともな方なんじゃないかと思えてきてしまう。だから今は、空を見上げることに抵抗などはない。


 ――空を見上げる。たったそれだけの行為が、いろんなことを気付かせてくれる。


 今までのオレの視界は本当に狭かったんだと、壁を作っていたのは自分自身なんだと、誰が語りかけてくるわけではないが、ふと気付かされる。

 今までオレが取ってきた『逃げる』と言う行動は、本当にもったいない行為だった。妙な意識にジャマされずちゃんと向き合っていれば、オレの中の壁はもっと早く崩れていたはずなのに。


「シュウちゃんシュウちゃんシュウちゃん! 今日はこれから時間あるかい!?」

「ねえな。先約がある」

「うお、即答すか! いやん、いけず〜。ホントは何にも予定なんかないくせにこのスケコマシ!」


 放課後の教室。いつも通りの火野まあ子。そしてオレの元に集まる何人かのクラスメイト。その中にはあのボサボサもいる。最近知ったことだが、ボサボサの本名は『熊ノ介』と言うらしい。……名は体を表すと言うが、眉毛にも表されるもんだとは、初めて知ったな。


「中津くん、今日もうちの部に来て指導してよ〜! 中津くんの指す手、どの本の定石にも載ってない手だから参考になるのよね」

「シュウくん、今度の昼ご飯おごるからこの問題解いてくんない? 来週までに解いてこなかったら僕、ゴリ先生と一ヶ月マンツーマンで補習させられるんだよ〜!」

「いや、俺らんとこ来てくれよ! 最近下級生でとんでもねー強い奴がいてよ、手に負えないんだよ! 上級生のメンツを保つためにも、頼む!」


 ボサボサを含め、何人かのクラスメイトがオレの放課後の予定を奪い取ろうと寄ってくる。……ったく、今日は先約があるって言ってんのに。


「ダメダメダメダメ〜! あっしはもうシュウちゃんと三日も一緒に帰ってないんだから今日のシュウちゃんはあっしのもんさ! みんな帰れ! 散れ! くたばれ!」

「え〜〜!」


 火野神社の巫女の権威、発動。

 このヘンテコな村は、とあるヘンテコな理由で、巫女である火野まあ子には逆らえないことになっている。オレからすれば口にするのもバカバカしい理由なんだが、この村の住人にとってはそれが村ぐるみでの暗黙の了解となっているのだからおかしなものだ。

 この村に巫女を置かなかった理由はおそらく前にオレが思った理由で当たっていると思うが、この村の住人はそのことを考えもしなかったのだろうか? やはり視野の狭さってのは、ある意味、罪だよな。


「みんな、こいつの言うことは聞かなくていいから。だけどゴメンな、今日は先約が入ってんだ。明日以降でよければ、オレにできる限りは付き合うから」

「言ったな! じゃあ明日は付き合えよ中津!」

「やっぱり中津くん、頼りになるね」

「じゃあまたね、シュウくん」


 集まったクラスメイトたちをなんとか帰し、一息つく。

 転校初日に作ってしまった壁をブチ壊そうと、クラスメイトたちと向き合うことを心がけていろいろ接してきたが、思いのほか反応が良すぎるのは計算外だった。初めはオレをまだ外から来た人間だと意識してたのかやや敬遠気味だったが、一緒に行動しているうちにあっと言う間に馴染んでしまったようだ。この土地の村民性ってやつなのだろう。基本的に、人懐こいのだ。


『この村は、何だって受け入れてくれるから』


 ひと月前の火野まあ子の言葉を思い返す。

 アレ以来、あの時の穏やかな火野まあ子は現れなかった。『風雲』から降りて別れる時にはすでに、火野まあ子はいつものハイテンションなヘンタイ女へと戻っていた。

 隣にいるチビ女へと視線を向ける。

 まだ何人かオレの勧誘をあきらめきれない数人に向かって、チビ女は「うぅ〜!」と唸り声をあげて威嚇していた。犬かよお前は。

 威嚇を続けるチビ女の頭にゲンコツを落としながら言う。


「ほら、帰るぞ座敷童」

「へ? アレ? 用事はいいんすか?」

「オレが用事があんのはお前の爺さんだからな。目的地が一緒なら同じことだろ」

「うっしゃ! ナイスだじっちゃん! 今夜はまあ子のおかずを一品あげるさ!」


 ガッツポーズを取る座敷童。その姿には、やはりあの時の穏やかさは微塵も感じさせなかった。




 ◇ ◇ ◇




「なあ、今さらだけど、訊くぞ」

「うん? なあにシュウちゃん? スリーサイズなら企業秘密だよ! でも今なら超特価で二十円で教えてあげるさ!」

「それはどうでもいいんだけど」

「あひゃひゃひゃ、素直じゃねえなあコンチクショウ! んで、なあに?」


 火野神社へと向かう道中、あの日以来ずっと心に留まっていた疑問をぶつけてみることにした。


「あの時の穏やかなお前と今のムチャクチャなお前、どっちが本当のお前なんだ?」

「うん? 意味がわかんないなあ」

「ウソつけ。わからねえわけねえだろ」

「ウソじゃないよ。だってあっしは特に意識してどっちかを使い分けてるってワケじゃないもん」

「傍から見てたオレにしてみれば別人に思えるくらいかけ離れてたんだけど。……もしかしてお前、二重人格か?」

「違うよっ! アレもまあ子だし、今のあっしだってまあ子だよ! どっちかが本当のまあ子じゃなくて、どっちもきちんとまあ子なんすよ!」

「……納得いかねえ」

「あひゃひゃ、わかってるよシュウちゃん、こう言いたいんだね。――なんてミステリアスな子なんだ、まあ子!」


 座敷童の妄言をサラリと受け流して、火野神社への階段を駆け上がる。後ろから何かヒステリックな声が聴こえるが、気にしたら負けだ。

 階段を半分くらいまで駆け上がってから後ろを振り返る。火野まあ子は三段飛ばしで階段を駆け上がり、オレのすぐ隣にきていた。あの強靭な足はこの階段で培われたのかと納得しかけたその時、ふと火野まあ子の雰囲気が変わっているのに気付いた。


「……お前か」

「うん? 何が?」


 並び立てている言葉はヘンタイ女と同じもの。しかし、口調と雰囲気はやはり違う。

 あの岩場で現れた、オレの知らない火野まあ子。

 あの日以来一度も姿を見せなかったあの火野まあ子が、今こうしてオレの隣にいた。


「もう一度訊く。今のお前といつものお前、どっちが本当の火野まあ子なんだ?」

「じゃあもう一度答えるね。どっちも正真正銘の火野まあ子だよ」


 その言葉と共に、火野まあ子は三段飛ばしで階段を駆け上がった。そして振り返る。


「あたしからもシュウちゃんに質問。魔法には良い意味と悪い意味の二つ受け取り方があるけど、どっちが本当かなんて、区別があると思う?」

「……ねえな、そんなもん」

「そう、日照りが続いて干ばつが起こったって、誰も空にあるお日様がニセモノだなんて言わないのと同じこと。恵みがあったって災いがあったって、魔法は魔法。土地神様の愛以外の何者でもない。同じように、あたしはあたし。火野まあ子以外の何者でもないんだよ」

「それにしたって、普段のヘンタイぶりと今のお前じゃ全然キャラが違いすぎんぞ」

「だから言ったでしょ。特に意識してるわけじゃないんだってばさ。――ほっ」


 最後の一歩で一気に階段を昇り終えた火野まあ子。最後の一歩は、五段飛ばしだった。

 そして見下ろす視線が『どちら』のものなのか、オレには判別できなかった。


「あたしだからできることもあるし、あっしだからできることもあるのさ! 何しろあっしは火野まあ子っ! 火野神社の初めての巫女さんやからね!」


 なぜか最後だけ関西弁で言い切って、火野まあ子はいつもの元気一杯の表情で笑った。




  ◇ ◇ ◇




「――なるほどの。まあ子がそんなことを言うとったか」


 座布団の上で背中を丸めて座りながら、火野鷹仁は厳かに呟いた。

 このひと月、オレなりに考えたことがあった。魔法のこと、この村のこと、自分自身のこと。まだ結論は完璧には出せてはいないが、オレの考えをこの爺さんにだけは言っておく必要があった。


「それは人間全てにあてはまることじゃの。卑しい自分、慈愛に充ちた自分、賢い自分、愚かな自分、どれもひっくるめて全てが自分じゃて。そのどれが欠けても現在の自己はあり得ないものじゃろも。どれか一つがあってこそ救われることもあるし、うまくいかないこともある。アレは、すでにそのことを知っておるのじゃな。強い子さね」

「……よく本当のことを伝える気になりましたね。あいつが捨て子だったって教える必要はなかったのに」

「そうかの? 自分の出生を知ることは自分を見つめることの初歩じゃての。自分を見つめることをしないのなら、そちらの方が難儀さね。見失うのも道の一つじゃが、見定めるのは常に自分じゃて」

「……今ならわかります。オレもこの間まで、見失ってましたから」

「ほう。この間まで、とな。では、今は見定めておるのかの」

「はい。以前よりは」 


 背筋を伸ばす。これから発する言葉に少しでも心がこもるように。

 自信を持て。オレはもう逃げていない。きちんと向き合っていける。


『この村の生まれじゃないあたしが、この村に足りなかった部分を補うことができるなんて、偶然にしても出来すぎだよね。だから思ったんだ。土地神様は、きっとあたしのためにその場所を空けておいてくれたんだって、あたしの居場所を作ってくれてたんだって』


 あの時の火野まあ子の言葉を思い出す。

 土地神とやらがもし、このオレにも居場所を空けてくれているなら、オレの居場所を作ってくれているのなら、オレができることはこれしかない。


「オレは、この神社の宮司になろうと思ってます」

「ほう」

「魔法について、もっと調べたいんです。もっと知りたいんです。もっと理解したいんです。そしてそれを皆のために役立てたい。それがオレの、この村への恩返しです」


 それこそがオレの出した結論。オレの見定めた答えだ。

 罪を背負ってただひたすら逃げてきたオレを歓迎してくれた、あの火柱。あの優しくて温かい赤を見た時から、こうなることは決まっていたのかもしれないな。


「……ただ、宮司ってどんな仕事すんのか全然わかんねえし、今までそういうこととは無縁で生きてきたんで、宮司というポジションでなくても魔法研究家とかでも全然いいんすけど……」

「ふぁふぁふぁ、かまわんかまわん! ワシもこの神社に生まれて八十余年経つが、いまだにようわからんことの方が多いからのう!」

「……そんな人がよく神主できますね」

「この村は普通とは違うからの」

「自覚はあるんすね」

「ふぁふぁふぁ! 相変わらずハッキリ言うのうボウズ!」


 実に嬉しそうに、火野の爺さんは豪快な笑い声をあげた。

 しかしすぐに真顔になって、


「まあ子はすぐには嫁にやらんからな」


 そんなことを言った。もちろん、丁重にお断りしたが。




  ◇ ◇ ◇ 




 もしも生きていることに疲れたなら。もしも何かから逃げたくなったら。

 おすすめしたい場所がある。変な名前の土地だから、すぐに覚えられるはずだ。

 天の恵みと書いて天之恵あまのえと読む、その土地。

 そこにはヘンテコな住人と、ヘンテコな自然現象と、ヘンテコな巫女がいる。

 正直、引きまくるだろう。

 この村への第一印象が悪いのは、君がまだマトモな人だと言う証拠だと思ってくれればいい。

 もしかしたらヘンテコな巫女服姿のチビ女が、君を村中連れまわすかもしれない。

 そのうちに家に泊まりに来いとか言って、ヘンテコな神社に連れてこられるかもしれない。

 そしたらその時、話してやるよ。この村の、ヘンテコな秘密を。




 『とんでもない田舎』と聞いて、どんな想像をする?

 遊ぶところがない? つまらない? 退屈で死にそう? まぁそんなところだろう。

 でもここは違う。はっきりと断言できる。

 この村は、そのままの意味でのとんでもない場所なんだ。

 ――なにしろこの村には、『魔法』が存在するんだから。





  (終)


 

 

 本作を最初から最後までお読みくださった皆様、そして最終話だけチョイ読みしてくださった皆様、どちらもありがとうございます! 作者の鮎坂カズヤです!


 ファンタジーもので話を作ってみようと思って、ファンタジー物語の王道である『魔法』を基盤に短編を考えてたんですが、思いがけず話が広がってしまい、こういう感じになってしまいました。


 物事は順調に進むことも全然うまくいかないこともありますよね。『魔法』って聞くと何もかも全てをうまく収めてしまうものに聞こえますが、何の等価もなしに無条件でそうなってしまうのは不自然だと思うんです。


 そういう理由もあって、今回の話では魔法=自然現象という設定にしました。


 自然現象には良い面も悪い面の二つの顔があります。それって、私たちの生活においても同じこと言えますよね。


 良いことも悪いことも全部ひっくるめて『生きること』。それを言いたかったんですけど、単にファンタジーとして面白ければそれでもいいかと途中からテーマがどうでもよくなったのは、作者のイタズラ心です♪


 もう一つ同時進行で長編話を書いているんですけど、遅筆の人は長編同時進行はやめた方がいいですね。一人で勝手に焦って意味のわからない文章が出来上がる時があります。今作でそういう部分がないかどうか、少しヒヤヒヤしてます。


 それでは最後に! 『晴れのち曇り、ときどき魔法。』をお読みくださった皆様、このあとがきまでご覧になってくれた皆様へ感謝の気持ちを込めて!


 ありがとうございました!

 鮎坂カズヤでした!

 

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