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第一話 : 火柱と座敷童といじめっ子

 

 ――ヤバイヤバイヤバイヤバイ。ココは間違いなくヤバイ。


 ごく一般的であると自負できるオレの中の常識がそんな警鐘を鳴らしたのは、この土地にたどり着いてからわずか三十秒後のことだった。


 電車やバスを乗り継ぎまくってようやくたどり着いたその地――、天之恵あまのえ

 『天の恵み』なんてなかなか粋な名前の土地だな、と思ったその瞬間だった。



 ズドドドドドドドドォーン!!



「…………は?」


 ――火柱。どこからどう見ても火柱。

 五十メートルくらいの高さにまで到達するほどの煌々と燃え盛る火柱が、バス停から少し離れた畑から吹き出していた。


「……な、なんだよあれ。何がどうなってんだ?」


 ただでさえ信じられない光景を目の当たりにしてるってのに、オレの真後ろで飛び交う会話が、オレの中の常識をさらに追い詰めていく。


「あんれま、キクさんとこの畑から火ぃ吹いとるよ」

「ありがたやありがたや。今日のマホウは一段と元気さね」


 ………………『マホウ』?

 常識がヤバイヤバイと警鐘を鳴らし始めたのは、そんな時だった。




  ◇ ◇ ◇




「転校生の中津シュウくんだ! みんな仲良くな〜!」


 教室に入った途端に集中する視線。それだけでも憂鬱な気分でいっぱいだってのに、嫌味なまでに豪快な担任の声がさらに耳障りだ。

 クラスメイトたちからはまるで値踏みするかのような好奇の視線がいやってほど飛んでくるし、「やっぱり都会の奴は雰囲気違うな」とか「なんかカッコつけてんな〜」とか、お前らわざと聴こえるように言ってんのかってくらいの声で話しあってるのも気に障る。

 その中でもやけにデカいボソボソ声の一つが、耳を通り越して脳内にダイレクトで突き刺さった。


「あいつ、絶対イジメられてこっちに逃げてきたんだぜ」


 声のした方を睨みつける。いかにも田舎者って感じのぼさぼさ眉毛の男子がそこにいた。

 惜しいな、ぼさぼさ。確かにオレは逃げてきた。だけど、理由はそれとまったく逆だ。


「どうも初めまして。中津シュウです。オレがこっちに引っ越してきたのはイジメが原因です。ちょっとした遊びのつもりだったんだけど、なんか相手が自殺寸前までいっちゃって、周りから変な目で見られるようになって居づらくなったんでこっちに逃げてきました。もしかしたらこの中の誰かを同じ目に合わせちまうかもしんないけど、まぁ仲良くしてやってください」


 シンと静まり返る教室。唖然とする担任。オレの言葉にビビったのか、黙り込むガキ共。

 なんだ、静かになれんじゃんお前ら。ああ、爽快。


「んで、オレの席はどこですか?」

「……あ、ああ。中津の席は火野の隣の席だ」

「はい。……んで、火野ってやつの席はどこですか?」

「こっち〜だよ〜!」


 頭にキンキン響くような甲高い声をあげながら、見た目小学生くらいの背丈のおかっぱ頭の女がブンブンと手を振っているのが見えた気がした。

 おいおい、確かここは高校生のクラスのはずだよな? なんで小学生がいるんだ? それともアレが座敷童ってやつか? この村には座敷童が当たり前のように闊歩してるなんて言うんじゃないだろうな。


「あっしが火野でごんす〜♪ よんろしくね〜、シュウちゃん!」


 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。こいつは絶対にヤバイ。

 この村に来た初日に感じたのと同じ危機感。あの時のデカい火柱とは真逆のチビっこい女にそれを感じるなんてちょっとしたパラドックス。ちなみにこれ、オレの一番嫌いな言葉だ。


「あの元気満タン娘が火野まあ子。あいつの隣の席が中津、お前の席だ」


 担任までもが信じられないこと言ってやがる。

 あいつの隣に座れだ? あの座敷童に取り憑かれろと? 自分のことを「あっし」なんて呼ぶ脳天パー子のあのキンキン声を誰よりも近くで聞いてろと、そう言いたいのか?


「まぁ、運命だと思って諦めてくれ。ガッハッハ」


 考えてることが顔に出ていたのだろうか? それともこの担任もオレと同じ印象をあいつに抱いているのだろうか? それならなぜわざわざあんな特等席を空けておくよ? 地蔵かなんかに座らせとけ。一つや二つあるだろ、こんだけ田舎なんだから。


「ほらほらシュウちゃん、こっちこっち〜!」


 ヒソヒソ声が響くと言うなら、あいつのキンキン声はとどろくって言うんだろうな。単純に、うるさい。

 周りの皆の視線を感じる。最初は好奇。あいさつの後は怪訝。そして今は哀れみの視線ってとこか。要するに、ていのいいイケニエ。

 進まない気と足を無理やり進ませて席に着く。ふと視線を横に向けるとそこには満面の笑みを浮かべてこちらを見つめる座敷童。……そんなに見つめられてもため息しか出てこねぇぞ。


「ねぇねぇ、シュウちゃん、シュウちゃん」

「シュウちゃんって呼ぶな」

「シュウちゃんは都会から来たんだよね〜。どっから来たの〜? 東京? 東京?」

「聞こえなかったか? シュウちゃんって呼ぶな」

「あっしはね〜、生まれも育ちもこの天之恵なんだよ〜! シュウちゃんまだこっち来たばっかだよね? こうしてお隣さんになったのも何かの縁さ、今度いろいろ案内するよ〜!」

「……オレさ、いくつか嫌いな言葉があるんだけど」

「嫌いな言葉? なになになに〜?」

「無遠慮、図々しい、矛盾、バカ、思い上がり、馴れ馴れしい」


 さて、この座敷童にも少しは嫌みが通じるかな?


「ふぇ〜、そうなんだ。えへへ、ちなみにあっしはね〜、バナナが好きだよ♪」


 ……通じねぇ。動じねぇ。嫌いな言葉の話してんのに好きな食べモンに話が飛ぶその思考がまったく理解できねぇ。ここまで『予測』が出来ない相手は、初めてだ。

 呆気に取られるオレのことなどおかまいなしに、座敷童のような同級生――火野まあ子は耳につくキンキン声を誰にはばかることなく轟かせ続けた。





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