第六話 空中戦①
翌日の放課後。
先日梅雨明けが発表されてからずっと晴れの日が続いている。今日は雲一つなく日差しが強いくらいだ。
アキラは今ミーナとともに家の近くの神社にきている。
「学校で聞いてきた通りならこの神社にある石碑が壊れているらしいんだけど、どこにあるのかな」
ミーナを腕に抱えながらアキラは境内を見回した。
「表にはないわね。多分神社の裏じゃないかしら」
「行ってみようか」
裏手に回ってみると、簡単に目的の物が見つかった。それは石碑と言うより大きな岩で、大人が十人くらい手を広げてやっと一周できるくらいの巨岩なのだが、目の前にある大岩はほぼ真ん中で二つに割れている。とてもじゃないが人間にできることではないように思えた。
「これってやっぱり……」
「封印石ね。この大きさだと封印の根幹を成していたものかもしれないわ。この辺りだけ魔力の淀みが強いし、封印も弱まってる」
「誰がこんなことを」
「それはまだわからないけれど、犯人が魔法を使ったのは確かね。こんなにきれいに真っ二つにするなんて普通の人間ができるはずがないし。けど、こんなに強力な封印石を破壊できるなんて、犯人は相当な魔法師みたいね」
ミーナはアキラから離れて大岩の周りを回っていろいろ調べている。アキラには何をどう調査しているのかわからなかったので、近くに何か犯人の手がかりがないか探すことにした。
しかし草むらの中や竹林の中を探してみたが、怪しい物は何も見つからなかった。
「何もないなぁ、仕方ない一度戻ろう」
そう言って踵を返すと、後ろからガサガサと物音がした。反射的に振り返ったが何もない。気のせいだったのかと思ったが、今度もまた後ろから音がした。振り返ると、今度は何かの影を目の端に捉えた。
(何かいる)
アキラは紐で首に提げていた紅い珠を手に握り、辺りに視線をやった。笹の葉が風ではない何かでガサガサと揺れている。しかし揺らしているものは高速で飛び回っていて姿を捉えることができない。
飛び回る影を目で追っていると突然影が消えた。キョロキョロと辺りを見回しても何もない。さっきまで揺れていた笹も今は静かになっている。
(逃げた? いやそうじゃない)
アキラは目を閉じて、この間感じた気配と同じ気配を探った。アキラの予想が正しければ飛び回っていたものはまだこの近くにいるはずだ。
懸命に気配を探る。風で揺れる笹の葉、遠くで一匹だけ鳴いている蝉の声。一昨日感じたときは無意識で、意識的にできる保証はなかったが、果たして気配を探り当てた。
「後ろ!?」
振り返り手を突き出した。その手の先にすぐさま光の盾が現れ、間一髪で飛んできた影を受け止める。
影はすぐに盾から離れ上昇した。アキラはその時初めて影の姿を捉えることができた。
「鳥の姿の魔物だ!」
魔物は上昇した後すぐに転身して再びアキラに飛びかかった。すぐに盾を向けてそれを防ぐ。
しかし相手の速さについて行けず、魔物の動きを追いきれない。アキラはミーナがいる方へと走り出した。止まっていてはいい的だからだ。
―――ミーナさん、魔物がいたよ!
―――今どこにいるの!? 一人で無茶したらだめよ!
―――今そっちに向かっうわあ!
―――っどうしたの!?
念話しながら魔物の攻撃を防いでいたが、一撃受け止めきれず衝撃で転んでしまった。魔物はこの機を逃さず地面に転がるアキラに突進する。アキラは咄嗟にさらに転がって攻撃を避けたが、魔物の素早い動きに惑わされ立ち上がることができない。
とうとう転がっている内に竹にぶつかってこれ以上転がって逃げることができなくなった。再び魔物が突撃。寝転がっている状態では盾を出しても踏ん張れずはじき飛ばされてしまうだろう。
だからアキラは防御を捨てた。
「“ライトウィング”!」
踵から生えた光の翼が大きく一つ羽ばたくとアキラの身体は空へと飛ばされた。一瞬後に今までアキラがいたところに魔物がつっこみ竹にぶつかった。しかし魔物は止まらず、その翼で竹が切り裂かれた。
とにかく速度だけを考えて飛んだため身体が速度について行けず骨が軋んだような音がしたが、アキラは身体のことは無視して全速力でミーナの元へと向かった。元から大して距離が離れていたわけでもなく、飛んでいけば一瞬だ。
「アキラ!!」
ミーナの元に降り立ち、すぐさま魔法杖を起動させ両手に持ち構えた。
「大丈夫、アキラ?」
「平気、地面を転がって全身ドロドロだけど。それより魔物が、多分すでに鳥を吸収してる。ものすごいスピードで飛んでくるんだ」
「それは厄介ね。けどここで戦うのはまずいわ。ここの神主が騒ぎに気づくかもしれないから、どこか人の来ないところまで魔物を誘き寄せればいいんだけど」
「どうしよう」
相談する二人を待ってくれるわけがなく、魔物が高速で飛んできた。アキラは光の盾でそれを防ぎ再び飛び上がった。
「竹林の向こうはすぐ山になってて家もないし、あの魔物は僕を狙ってるみたいだから、そっちに何とか誘導してみるよ」
「あ、待ちなさいアキラ! 一人では危険よ!」
言うやいなやアキラは竹林の方へ飛んでいった。魔物がアキラを追う。
加勢したくとも今のミーナにその手段はない。舌打ちしたくなる気持ちを抑え、ミーナも竹林へと駆けだした。
●
「“ホワイトバレット”」
後ろに向かって三発連続で放つも魔物はすべて避ける。しかしその間に少しだけ距離を稼ぐことができた。当たらないとわかっていてもこうやって牽制をして時間を稼がないとたちまち追いつかれるだろう。
それは相手が速いこともあるが、アキラが全力で飛べないことにも原因があった。
(もっとスピードを出さないと。けどこれ以上は身体が耐えられるか・・・・・・)
そう、先ほど全力で飛んだとき相当な負荷が身体にかかった。一瞬なら耐えられるかも知れないが、全力で飛び続ければ魔物に追いつかれる前に身体がバラバラになってしまいそうだ。
すでに自動車くらいのスピードで飛んでいて、身体に当たる風が痛い。痛みに耐えながらも必死に魔法の制御をしていて、風で目を開けるのも辛いのが現状だ。
(そうだ、魔法で何とかならないかな?)
イメージで発動できる魔法なら何か方法があるのではないかと思い、後ろの魔物に時々魔弾を放ちながら思考する。しかしいい案などすぐに思いつくわけがなく、代わりに違うことを思い出した。
「そうだ、杖に聞いてみよう。人工知能がついているんだし魔法のことならよく知ってるはず! ねえ、風を防げるような魔法ってなにかないかな?」
『“プロテクトジャケット”、着用者に物理・魔法防護の加護を与える.』
「ジャケット? そうか、要は変身だね、戦隊物とかでよくある」
確かにバイクでツーリングしたりする時もライダースーツを着たりして風から身を守る。物理防護というくらいだから衝撃とかも吸収してくれるのかも知れない。
最早これ以上考えている余裕はない。魔物はすぐそこまで迫ってきているのだ。
アキラは身体ごと振り返り、杖を縦横に振りながら白い魔弾を連射した。その数32発。空にばらまかれたそれらはまさに弾幕と呼ぶにふさわしい程の密度で魔物に襲いかかった。
それまで圧倒的な速さで攻撃を避けていた魔物もさすがに躱しきれず、右翼に一発掠り衝撃で地上へと落ちていく。
あれで倒せるわけではないが時間稼ぎには十分だろう。
アキラは魔物の落ちる先を見守らずすぐに目を閉じ、イメージを開始した。
“プロテクトジャケット”すなわち戦闘服。アキラはそんなもの着たことも見たこともない。かといってすべて想像で作るにはイメージだけでは不可能に近い。ガイナス式魔法の欠点ともいえるだろう。
そこで普段よく着る服、つまり中学校の制服をベースにすることにした。どうせ魔法で作るのだから実際の強度などは考慮しなくていいだろうし、なにより制服ならイメージしやすいと考えてのことだ。
イメージを固め、アキラは魔法の発動のキーとなる言葉を叫んだ。
「“プロテクトジャケット”、セット!」
アキラの身体を光が包み、変身は一瞬で完了した。
光が薄れその中から現れたのは、少年の精悍さと少女のような可憐さを併せ持った、白装束の魔法使い。
アキラが通う私立桜花大学附属中学校の制服は男女とも全体的に白を基調としたブレザータイプのもので、袖や襟などに黒いラインが走っている。胸元は女子がリボン、男子がネクタイでともに黒。男子は普通にズボンだが、女子はお嬢様学校に相応しく膝下のスカートになっている。
卒業生で有名なデザイナーがデザインした物で、見た目はもちろん機能性も優れていて動きにくいといったことは一切ない。なので変なアレンジは加えずブレザーにズボン、革靴をブーツに変え、握りやすさを考えてグローブを追加するにとどめた。
最後に魔法使いらしく、制服に合わせ表が白で裏地が黒のフード付きローブを身にまとっている。
「できた!」
今までの魔法と系統が違ったためうまくできるか半信半疑だったので、成功したことに喜んだ。
しかし喜びも束の間、魔物が体勢を整えてアキラの足下から突撃してきた。
アキラは思い切って全力で右に飛んで躱した。しかし先ほど全力で飛んだときのような衝撃はなく、風もあまり感じなかった。
急に速度を上げたアキラに驚いているのか魔物はアキラから距離を置いて滞空している。こちらの出方を探るように魔物特有の燃えるような赤い瞳でアキラを睨み付ける。
これでアキラも全力で戦うことができる。場所もすでに竹林を抜け山の上空だ。
戦いの舞台は整った。
数秒の沈黙が流れた後、両者は同時に動き出した。
念話は魔法使い同士なら誰とでも出来ます。多量の魔力を持っていれば例外的に一般人にも聞こえることがあります。魔法師と一般人の違いは、体内の魔力を体外に放出できるか否かです。かつてアキラがそうだったように一般人でも体内に大量の魔力を溜め込んでいる場合もありますが、それを自分の意志で使えない限りその人は魔法師とは言えません。
以上、補足説明でした。