第三話 出会い③
「それじゃあ、珠に力を込めて、『起動』と念じてみるのニャ」
しばらく自分たちの置かれた状況を忘れて笑いあった後、そうミーナが切り出した。
アキラは言われたとおり紅い珠を握り締め起動するように念じた。すると珠は眩い光に包まれ、一瞬後には先端に大きな紅い珠がついた杖が現れた。手の中に落ちてきた杖をアキラは反射的に両手で掴んだ。
杖は金属で出来ているようだがひどく軽い。先ほどの鉄パイプの半分以下くらいしかないように感じられた。長さは一メートル強あり、見た感じアニメに出てきそうな魔法の杖だった。
「これは?」
「ガイナス式魔法対応型魔法杖K-102Aニャ。最新式なのニャ」
「ガイナス……? よくわからないよ」
「ええっと、簡単に言えば、さっき貴方が使ったのはガイナス式魔法で、その杖は魔法の発動や制御の補助なんかをしてくれるのニャ。一度イメージして発動した魔法を登録しておけば、次からは魔法の名称を言うか念じればすぐに発動できるようになるのニャ。一々どんな魔法かくわしくイメージしなくていいから便利なのニャ」
「えっと、さっき使った盾や今使ってる翼を登録しておけば、次から発動するときは名前を呼べばいいんだね?」
「その通りニャ。物分りが良くて助かるのニャ。盾と翼はもう杖を通して発動したことになってるから、後は名前をつければ登録完了ニャ。後で名前は変更可能だから適当に決めるニャ」
「じゃあ、盾は“バリアシールド”、翼のほうは“ライトウィング”で」
『シリアルNo.1“バリアシールド”、No.2“ライトウィング”、登録完了.』
「うわっ、喋った!?」
「学習型の人工知能が搭載されてるから、使えば使えほど使用者にあったパートナーになっていくのニャ」
「人工知能か、凄いね……よし、これから僕はどうしたらいい?」
「あの黒いのに近づくとまた触手で攻撃されるから、距離を取ったまま攻撃するニャ。魔法攻撃ならアレにも有効ニャ」
「遠距離攻撃だね、わかった」
確かに魔法使いといえば、アニメでも漫画でも遠くから魔法で攻撃していた。あんな感じで魔法を使えばいいかとアキラは思った。
先ほどからのミーナの説明をまとめると、アキラが使ったのは“ガイナス式魔法”というもので、強くイメージしたものを具現化できる魔法のようだ。ということは、イメージしやすいものを参考にすればより強力な魔法が使えると思ったのだ。
そこでアキラはこの間偶然見ていたアニメに出て来る魔法少女を参考にすることに決め、どんな魔法を使っていたか思い出していた。
「よし、いきます!」
アキラは魔法杖を前に突き出し、イメージした。
「“ホワイトバレット”!」
アキラが叫ぶと同時に杖の先端から白い光の銃弾が飛び出した。イメージ通りの白い弾丸はそのまま黒い塊に飛んで行き、攻撃に気付き防ごうとした触手に当たると爆発し、触手が吹き飛んだ。
「当たった!」
喜ぶアキラとは対照に、ミーナはアキラの魔法の才能に戦慄していた。ガイナス式魔法はイメージ力が物を言う。少しでも迷ったり疑ったりする心があればそれだけで魔法は失敗してしまう。
先ほどまでは状況に流されて魔法を使っていたが、今回は自分の力とミーナの言葉を信じ、その上で難しい遠距離射撃を一発で成功させた。ミーナは初めアキラの膨大な魔力量に驚いていたが、むしろアキラの強靭な精神力のほうが重要だった。ミーナはとんでもない者に魔法の力を与えてしまったのかもしれなかった。
そのことを考えると身体が震えてしまいそうで、ミーナはこの問題を先送りにしてまずは敵を倒すことにした。
「よくやったニャ! この調子でガンガンいくニャ」
「わかった!」
アキラは“ホワイトバレット”を連射した。放たれた弾丸は次々と触手を打ち落としていく。己の不利を悟ったのか黒い塊は本体に当たりそうな弾丸を触手で防ぎつつ、建物の屋上から屋上へと飛び移ってアキラたちから離れていく。
アキラは逃げる敵を追いながら攻撃を続ける。触手は何度も再生されていたが、再生されるたびに相手の動きが鈍くなっていく。
どうやら触手は無尽蔵に出せる訳ではない様だとわかり、アキラたちに勝利が見えてきた時、それは起こった。
避けきれなくて弾丸が本体に当たった魔物はその衝撃で道路に落ち、よろよろと起き上がって逃げる。最早触手を再生する力も無いようだった。
「もう少しニャ! 奴の魔力が目に見えてなくなっているのニャ」
「あっ、あれ見て!」
アキラが指差した先の道路の真ん中で、黒い塊が野良猫を捕まえて己の体内に取り込もうとしていた。
「まさか、アイツは吸収型の魔物だったのニャ!?」
「その吸収型だとどうなるの?」
「取り込んだ生物からエネルギーを吸い取って自分の力にしてしまうのニャ。そして吸収した生物を元に身体を作り変えてどんどん進化していくのニャ。アキラ、アイツの捕食を阻止するニャ!」
「分かった!」
アキラは“ホワイトバレット”を放った。しかしその直前に捕食が完了しており、魔力を吸収した黒い塊は己の姿を変貌させた。体長は五メートルほどで、全体的に虎のような姿をしているが、その凶暴さは虎の比ではなく、真っ黒な身体から伸びる白い長い牙や爪は鋭利で、その危険さを表現していた。
黒い虎の姿になった魔物は飛んできた弾丸をジャンプしてよけた。そのまま屋上に飛び乗り、助走をつけてアキラのほうへ跳んだ。道路に落ちた魔物を追うため高度を下げていたことが災いし、魔物の爪牙は十分アキラに届いた。
「うわっ、“バリアシールド”!」
咄嗟に盾を出して魔物の爪を防いだアキラだったが、空中では踏ん張りが利かず地上に叩き落とされた。
「うわあぁ!」
「まずいニャ!」
『“ライトウィング”出力最大.』
道路に衝突する直前魔法杖が自動で魔法を発動し、急ブレーキをかけてギリギリで停止した。
「あ、ありがとう。助かったよ」
アキラの言葉に紅い珠を光らせることで返事とした杖。今の一連の動作は人工知能搭載型の真価を発揮した瞬間だった。
「また来るニャ!」
ミーナの言葉通り、屋上から魔物が飛び降りて来る。アキラは再び光の盾を目の前に展開した。
「それじゃあ、さっきの二の舞ニャ!」
「大丈夫!」
先ほどは子供のアキラがあんな巨体に真正面からぶつかったのがいけなかった。そこでアキラは魔物に対し斜めに盾を構え、魔物の突進力を完全に後方へといなした。その結果魔物は住宅の塀に真正面から衝突した。
「うまくいった!」
「すごいニャ……」
喜ぶのもそこそこに、アキラは崩れた塀に埋もれ身動きの取れない魔物に魔法弾を撃ち込んだ。
叫び声を上げる魔物は、明らかに弱っている。しかしいまひとつ攻めきれていない。疑問に思ったミーナだが、その答えはすぐにわかった。
「ミーナさん、取り込まれた野良猫はどうなるの?」
「それが気になって攻撃できなかったのかニャ?」
小さく頷くアキラを見て、こんな状況でも野良猫を気にかける余裕があるアキラにミーナは心底驚くのだった。
「……大丈夫ニャ。取り込まれたといっても完全にではなく、その生物に憑依している様なものニャ。それに単純な魔力だけでできている弾丸の魔法は質量を持たないエネルギー体だから、野良猫を傷つけずに魔力の塊である魔物だけを攻撃するニャ。だから安心して攻撃するニャ」
「そうなんだ、わかった。ありがとうミーナさん」
魔物を倒すと野良猫も一緒に傷つけてしまうかと心配していたアキラはほっとし、全力で魔法を放つことができると思った。
いつ魔物が他の生き物を取り込もうとするか分からない状況で、なるべく時間を与えないよう一撃で倒すほうが良いとアキラは考えた。
アキラは杖の先端を前に突き出して構え、新たな魔法をイメージした。それはあの魔物を一撃で倒す、全力を注ぎ込んだ魔法。
「チャージ!」
掛け声と共に杖の先端に光の球が現れた。それはどんどん大きくなっていく。
その莫大な魔力に気付き、慌てて塀の残骸の中から飛び出す魔物は、あまりに勢いを付けすぎたため無駄な滞空時間が生まれてしまった。
そして魔物が道路に着地する前にアキラの魔法は完成した。すでに光球は直径がアキラの身長ほどになっていた。
心配事がなくなり心を決めたアキラは、躊躇い無くその魔力を開放した。
「“エーテリオン・キャノン”!」
放たれた光線は一直線に魔物へと飛んでき、着地直前だった魔物は成す術も無く光の奔流に襲われた。抗うことの出来ない力の中で魔物は何とか逃げ出そうと、媒介にしていた生物を捨てて脱出しようとした。
それを見逃さなかったアキラは光線の出力をさらに上げた。さらに太くなった光線の中完全に逃げ場を失った魔物はその身体を光線に晒し、完全に消し飛ばされた。
力の解放が終わったそこには、肩で息をするアキラとその傍で全てを見守っていたミーナと、何も知らない野良猫が残された。野良猫はキョトンとした顔で一つ鳴くと、さっさと走り去ってしまった。
ミーナは目の前で起こったことが上手く理解できていなかった。正式な魔法師ならいざ知らず、何の訓練も受けていない子供にあんなことが出来る訳がない。いや、ミーナの今までの経験上ではありえないことだったが、ミーナは自分の見たものを信じられないような子供ではなかった。信じられなくは無いが、信じたくなかったというのがミーナの本心だった。
「ハア、ハア……」
肩で息をして何とか呼吸を整えようとしていたアキラだったが、あまりの疲労に座り込んでしまった。
その時の音で我に返ったミーナはアキラに駆け寄った。
「大丈夫ニャ?」
「う、うん……ちょっと疲れただけだよ。それより、魔物はちゃんと倒せた?」
「ええ、完全に反応は消滅したニャ」
「そう、良かったぁ」
そう言って笑ったアキラだったが、明らかに疲労の色が顔に出ていた。
「取り合えず今夜はもう家に帰るニャ。ご家族に心配かけたらいけないニャ」
「うん。ミーナさんも家に来るよね?」
「……アキラには敵わないのニャ。もう暫くお世話になるのニャ」
「えへへ」
屈託なく笑うと一層美少女に見えるな、とミーナは現実逃避気味に思った。
しばらく休んで何とか立ち上がれるようになったアキラはミーナを肩に乗せ、光の翼の魔法で飛び上がり、ヘロヘロになりながらも家に辿り着いた。
そして自室のベッドに倒れこんだアキラは泥のように眠った。
こうしてアキラの長い夜は終わりを告げた。
だがこの夜の出来事はこれから起こる事件の序章に過ぎなかった。