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χ章 Amnesia phobia

 サイハテの都、ンデラクラガの花売娘はどんな花も取り揃えている――その不毛の国でどんな花も育てているのだという。


 *


 私はどうしてここにいるのか、あるいはなぜここに来たのか。全く検討もつかなければ思い出すこともできないが、とにかく、私はここにいた。砂に埋もれていく煉瓦のみが私が来たであろう道を示し、しかし私は今更帰るというのか?どこへ?

 帰る場所なんて最初からないのに?

 お前はどこから来たのか、解るのか?どこへ帰るのだ?そもそもお前はだれだ?

 ……考えるのはもうやめよう、考えれば疲れるだけで、なにもどうにもならない。帰る場所がなければ進めばいいだけの話だ。見たことのない風景を、それを求めてさ迷ってきたのだ――そういう事にしよう。

 だから、足を動かそう。ここでくたばらない為にも、何かの為にも。足元の煉瓦は幸い、歩きやすいように整備されているのかそのまま放置されたのか、どっちにしろ不便はない。


 暫く歩くと道端に半ば朽ちた掲示板がぽつんと立っていた。回りに、少なくとも私の目に見える範囲では砂と煉瓦と、そしてこの掲示板以外見えない。

 『agalkaledn』。その文字と何かのマークだけが半ば朽ち、砂に還りつつある掲示板に書かれていた。

 アガルカレデン?そんな地名、聞いたことない。読めない?存在しない?文字がかけている?――逆さま言葉?


 『ndelaklaga』――ンデラクラガ?


 サイハテの都、ンデラクラガ?まさか。最果てがこんな近くにあるわけがない。それにこのマークは?人なのか、動物なのか、あるいは無機物か、謎のモノが描かれた、「不気味だ」。その一言に尽きるマーク。なんなのか解らないからなのか、それともその意味がなのか、とにかく不吉なものに見える。

 考えていても何なのか解らないのは明白だ。その先に肉食動物がいるなら大人しく喉にナイフを当てる他ない。それを刺して横に引くことが出来れば上出来な位だろう。 何にせよ、進むしかない。ここに居たって仕方がないし、何かを思い出せるわけでもない。

 進め、進めよ。こんな所で突っ立ってたって何もないことはお前にだってわかるだろう。足を出して、片方の足も踏み出して、それを続ければいいだけじゃないか。それともこの先に何かがあって、それが恐ろしいのか?だから躊躇うのか?暑くないはずなのに汗が背中に流れる。風が吹いてる訳でもないのに背中が嫌に寒い。

 動け、動けよ足。力の入らない足を無理矢理引き摺るように前へ動かす。毒虫に刺され毒がまわったかのように足は重く、鈍い。しかし10歩も行くと慣れたのか諦めたのか、すんなりと足が動くようになる。なんだったんだよ、さっきのは。怒鳴り付けたくもなった。


 煉瓦はまだ続いていた。サイハテの都という割には都らしい建物が一つも見当たらない。建物だけじゃない。数時間くらい前に見た掲示板と同じことが書いてある看板と足元の煉瓦以外、砂しか見てない。草も、鳥の影すらみた記憶がない。少しずつ私の都という概念が足を踏み出すごとに、ざり、という音を立て崩れ落ちている。

 地平線の上に、四角い出っ張りが見えた。家だろうか。ほんの少し歩みが早まる。それからは次々と建物の頭が見えるようになっていった。


 建物の近くに来て、私が建物だと信じて止まなかったそれが全く別のモノであると知った。それはある意味では建物と呼べたのかもしれないが、少なくとも私はこんな建物に入りたくないし、私も晴れて仲間入りしてしまうだろう。

 それは枯れた荊の壁だった。壁には絞殺されたような人体とそれがあまりに年が経ちすぎて折れて、砕けて、バラバラになったのか、足だけが不自然に飛び出していたり、生首だけが地面に落ちていたり、鳥だったと思われるものが尻尾を残して荊に突っ込んでいたり、あるいは百獣の王だったと思われる獣の胴が首吊り死体のようにぶら下がってたり――

「う――――……!」

 吐き気が何もない胃袋から咽まで込み上げたそれは嫌な酸っぱさを食道に残す。また背中が、冷たい風が吹いてる訳でもないのに嫌な寒さを伝えてくる。なぜこんなところへ来てしまったのか酷く後悔した。

「う……」

 口を手で覆い、壁を見ないように、足を引き摺りながら歩く。後ろを見ると壁を避けながら綺麗に地面が窪んでいる。後は見えなくなるまで走ればいい。酸っぱい咽や重い足、悲鳴をあげる肺の苦情は一切無視し、走る。蔦が延びてきたらとゾッとして、ひたすら走る。あとで苦情を聞いてやるから今は走れ、と頭の中で何度も言う。だからとっとと逃げろ。


 走っては後ろをみて、また走る。それを繰り返して今度は遺跡に出た。水があるかのように青々とした葉が覆い、ここだけがどこが別次元のように感じる。美しい、と感じる反面何か嫌な予感がした。


 遺跡の中は神秘的な光景が広がっていた。暗く、灯りなどない筈なのにコケが光り、それをちろちろと流れる水が反射してさほど暗いとは感じない。むしろこの暗さはコケや水の為に用意されたもののような感覚に陥る。

 水は遺跡の中にだけあった。その様に水路が設計されてあったのか、出入口の手前で流れてきた水は曲がり、左右の暗がりに消える。外とは違い、少し肌寒い。

 ぴしゃ、ぴしゃ、と水を鳴らして進む。天井からも水が落ちてるのか、ぽつ、とたまに音がなり、首に落ちたりする。しかし不思議と不快ではない。更に進む。用水路からあふれたであろう水は一向に止まる気配はなく、通路をどこまでも濡らしていて、進めば進む程あふれた水は少ないが、寒さは増していく。

 コケが少なくなりはじめ、水洋燈ランプに入るだけの水を入れそれを点ける。青白い光が辺りを包む。後ろを見るとほんの少し点のように出入り口の光が見えた。

 右折し、植物のレリーフが飾られた道を左へ抜る。レリーフは植物が人を襲ってるようにも見え、あるいは人が植物を敬いイケニエを捧げてる図のようでもあった。かなり不気味な図なのは確かである。文字が添えられていたが、凹凸の判断が出来ないうえに、天井から流れてきたであろう水の侵食でほとんど読めない。

 左折すると、天井がなく、茶色がかったいつもの空が見えた。水洋燈を消して進む。画期的な文明の利器ではあるが、決して利便性や順応性の高いものではない。むしろ共に最低ランクくらいだろう。

 こけに代わり草木が崩落した天井の残骸から青々と生えている。それも私の腰の高さまで成長し、足元にはどうやら水が流れているらしい。足を踏み出すと、ぴしゃ、と音がした。

 さら、と撫でるように草が足に腕にさわる。これもまた不快感を一切感じない。どころか一種の心地好ささえ感じる。ぴしゃ、ぴしゃ、と水を踏む音がどんどん早くなっていく。


 草の海は突然終わり、また暗くなった。この草が光の射さない場所では育たないことが目に見えてわかる。それほどすっぱり無くなっていた。また水洋燈を点けようとし、幾ら本体を振っても中にある水車さえ動かない。よく見ると金属の部分が変色している。

「……」

 遺跡は洞窟に繋がっているのか天井に氷柱があった。そして氷柱の先から水が落ちてくる。ぽつ、という音が反響した。奥は全く見えず、暗い。

 仕方なく水洋燈無しで進む。壁伝いに、恐る恐る足を踏み出して歩く。幸い水は溜まってる程度の量で流で、足を持っていかれる様な量ではなかった。ひんやりとした感覚が靴越しに足へ届く。

 ぽつ、と数秒おきに水の落ちる音が響く。それを掻き消すかのように私の足元から、ぴしゃん、という音が一定のテンポで刻まれていく。

 何十分、壁伝いで進んだのか。


 とん、


 ぴしゃっ、


 と、背後で音がした。

私の足音とは明らかに異なるものだ。振り向いた。しかし誰もいない。いや、居たとしても真っ暗でなにも見えないから恐らく解らないだろう。

 気配は、ある。とん、ぴしゃっ、とまた音がした。


「――――…………    」


 誰かが、いる。息を殺してやり過ごそうとしているだけで何かがいることは明らかだった。それほどまでの存在感が皮膚にひしひしと刺さる。

 だれかいるのか、という私の声が洞窟に響く。いるのか、いるのか、と責めるようでもある。暫く咎めが響き、唾を飲んだ。


 目の前に突如、猛禽類の目が現れた。


 内蔵全てが一瞬とんだ。金色と黒の目が突然現れる。それもすぐ目の前に。


「……あなたはだあれ」


 猛禽類の目の方向から聞こえたのはそんな少女の声であった。猛禽類の目の少女に気を付けろ。だれかが脳裏で叫んでいる。紛れもなく私の声だ。何故分かる?野生の勘?それとも猛禽類の目の少女を知っていたのか?誰が?過去の私が?

「あなたは、だあれ」

 同じ言葉を繰り返す。

「私は――」

 『あなたはだあれ』。私は誰だ?そもそも私なのか?僕?俺?何が正しい?

「……私は……」

 声が震える。私は誰だ。その単純な問題さえも答えられない自分がとても悲しい。この感覚が悲しいという言葉でいいのかすら解らない。

「私は……何だ?」

 濁流のようにその質問が頭を埋め尽くす。誰だ、お前は誰だ、と。

「わからないの?」

「わからないんだ」

 猛禽類の目の少女がその目を見開いて尋ねる。

「自分の名前も、どうしてンデラクラガの荒野に居たのかも、全部だ」

 彼女はかなり困惑しているように見えた。そんなこと聞かれても困る、というよりは見つける手段を見つけられない、そんな困惑だ。しかし私にはその困り戸惑うという感覚さえ正しいのか解らない。

「わたしは……、わたしは雨を降らせることも草を生やすことも出来る。……けどあなたの記憶はどうにも……」

 どうにかなるとは最初から思ってなどいない。だから更に落ち込むこともない。


――サイハテの都、ンデラクラガの花売娘はどんな花も取り揃えている。その不毛の国でどんな花も育てているのだという。


 その言い伝えが頭を過る。


 サイハテです。

 さいはてホスピトゥーじゃないサイハテです。

 ハルナでもないサイハテです。

 でもさいはてホスピタルは大好きなのでパソコンがあるみんなはツクール2000RTPと一緒にダウンロードしてやりましょう。四月馬鹿達の宴もやりましょう。

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