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華は歌い続ける06

 雨は数日降り続いた。あの後も薬を塗り続けた結果、傷は塞がったようだ。浅い傷口は既に微かな痕となっているだけだ。しかし、深い傷は未だに痛々しくぱっくりと切れ赤い肉を見せている。

 ギルドラは死んだように眠っていた。時折ふと、ぼんやり目を覚ましては何もない床をじっと見つめている。その瞳に以前のような光りは無い。黒い瞳は深い闇のようだった。

 話しかけても返事はなく、自ら動く事もなくなり人形のように廃墟の壁に寄りかかっている。


 ふと俺は空腹を感じていないがもう随分と何も食べ物を口にしていない事を思い出す。

 俺が空腹を感じていなくとも怪我をして体力の落ちているギルドラには何か食べさせてやりたい。そう思い立ち俺は行動を起こすべく外の様子を窺う、雨は丁度止んでいるようだ。人影も見えない。

 振り返りギルドラの様子を見る。今はまだ眠ったままのようだ。何か食糧を探しに行くならば今しか無いだろう。

「ギル、これ借りるぞ」

 ギルドラの腰に掛けられたダガーを手にする。それはずしりと重く俺にはとても扱えない、手に余るものだ。もとよりこれを使うつもりはない。護身用というよりは、ただの御守りだ。そんな考えをする自分に苦笑いが洩れた。

 建物を出る。外は恐ろしく静かだ。狂った男が居なければ街は随分静かなものだ。

 外に出た俺は先ず食糧を得るため商人を探す。以前、ギルドラが話してくれたが食糧は商人が売りに来るらしい。

 だが俺は商人がどんな姿をして、どこに居るかなど知らない。暫くあてもなく歩いていると、人影を視界の端に見る。

 黒い布を体に纏い、顔までその布ですっぽり隠した男が瓦礫に腰掛けていた。

 ――商人だろうか。

 俺はその見るからに怪しい人物に近寄る。その表情は窺えない。

「おい、あんたは商人か?」

「だったら何だ?」

「俺に、食糧を売ってくれないか」

「ガキにやる食糧なんか持ってないね。それに何か買うときには、交換条件としてお前は何か一つ俺の頼み事を聞かなきゃならねえ、お前には何も出来ないだろ? わかったらとっとと行け」

 冷たく言い放たれ突き放される。しかしここで引き下がる訳にはいかない。商人をそう何度も見つけられるとは考えられない。俺は何度も目の前に居る商人に食糧を売ってくれるように頼み込む。

「うるさいガキだ、いくら言っても同じだお前のようなガキには売らない」

「俺だって引き下がれない」

「…………」

 長い溜め息の後、商人はスッと手を伸ばし指を差す。俺は商人が指差した先を見る。その先には一本の木があり名は知らないが黄色い実をつけていた。

「あれならタダだ、好きなだけ持ってお帰り」

「ありがとう、助かる」

 俺は商人に教えられた、その木に向かって歩み出す。一度も振り向かなかったからか、俺があの実を持ち帰りギルドラに食べてもらうという事に思いを馳せていたからだろうか男の呟きは俺には届かなかった。

「持って帰れるものならな」

 俺には届かなかった男の呟きは、灰色の空に吸い込まれていった。



 程なくして俺はその木が確認できる場所まで辿り着く。しかし俺が目にしたのは木だけではなかった。

 先程は木ばかり見ていた為気付かなかったが、殺気を放ちながら残り少ない食糧を守っている三人の男の姿が見えた。だが、男達はどうやら狂ってはいないようだ。しかしこれでは木に近寄れない。狂ってはいないが話しが通じる相手ではなさそうだ。殺気を放ちながら男達は辺りを見渡している。

 正面から行くのは無謀だろう。しかし此処まで来て諦めるわけにはいかない。俺は何か策はないかと考える。

 ふとその時背後から微かな呻き声が聞こえ体に緊張が走る。だが木を囲む男達は気付いてはいないようだ。俺が振り返った先には狂った男が二人ゆらゆらと亡霊のように歩いていた。

 狂った男に見付かれば、食糧どころの話しではなくなる。それどころか生きて帰れるかも危うくなってしまう。だが俺はその一瞬にこの状況を変える別の考えに辿り着いていた。

 俺はくるり振り返り狂った男の方へ身を隠し、ながら近付く。一定の距離を置き狂った男めがけ途中拾った石を、投げつけた。

 石は見事に狂った男に当たり、地面に落ちる。反応の鈍い狂った瞳は地面に落ちる石を見た後ゆっくりと視線を上げ俺を捉えた。

 男達が走り出すのと俺が走り出すのはほぼ同時だ、俺は全速力で走る。その背後を二人の狂った男がしっかり追ってきていた。一定の距離を保ったまま走り続ける。

 捕まれば失敗に終わる、これはあまりにも無謀な賭け。

 先程は気付かなかった木の周りに居た男達も、これには流石に気付いたようで真っ直ぐ木に向かって走る俺を見た。だが直ぐに視線は背後の狂った男に移される。戦力のない俺より、狂った男の方が脅威である。三人は身構えた。

 俺は身構える男達の間をすり抜け、木に飛びつき素早く登る。今まで木登り等した事もなかったが、やれば出来るものだ。しかしどうやって登ったのかと今問われても、俺は首を傾げるだろう。

 下では、俺が連れてきた狂った男と三人の男が戦いを始めていた。

 繰り返される断末魔、悲鳴、それらをどちらが発しているのかまでは俺には分からない。その間に少なくなった緑の葉の中に実っている食糧となる木の実を二つ手に入れ、木から降りる。

 俺を追うものは最早居ない。俺はギルドラが待つ廃墟ビルへと急いだ。

 歩きながら俺は手に入れた木の実を見て、誇らしく感じていた。一人で手に入れた食糧である、自分にとっては大きな進歩だ。ギルドラは、褒めてくれるだろうか。またあの温かな手で俺の頭を撫でてくれるだろうか。また、以前のように笑ってくれるだろうか。

 俺は淡い期待を胸に、薄暗い廃墟ビルの中に入っていく、そこには亡霊のように突っ立っているギルドラが居た。

 その虚ろな隻眼に俺は思わずゾッとする。

「ギル……」

「それで俺を殺すつもりだったのか」

 俺が持ち出したダガーを見つめたギルドラが低い声で俺を責める。

 否定したくとも声が出なかった。

 瞬間、右頬に痛みが走り俺の体は床に叩きつけられた。気付くと先程誇らしげに見詰めていた木の実が床に転がりギルドラの足で踏み潰された。 それが悲しいのか、殴られた事が悲しいのか俺には分からない。

 起きあがろうにもギルドラにのし掛かられ、俺は身動きが取れなくなった。

 俺がもがいてる中、ギルドラの手が俺の首を締め上げる。

「ぅっ、……く、ぅ……ァ」

 俺はギルドラの下、息苦しさに喘ぐ事しか出来ない。その手に必死に爪を立ててても手の力は緩まない。俺の意識が薄れ始めた頃、手が退けられた。

 突然酸素が入り込み俺は噎せかえる。

「う、ああああ!」

 俺を見たギルドラは、叫びながら後ずさり荒い呼吸を繰り返し、頭を軽く振った。

「す、すまなかったな。シラン」

 先程の事よりもギルドラの意識が瞳が正常に戻っている事に俺は驚き、素直にその事を嬉しいと感じていた。

 ギルドラはまだ狂ってなんかいない、その事実が俺に先程の痛みと恐怖を忘れさせていた。

「大丈夫だ、それより食糧を取ってきたんだ、食べてくれ。それからアンタに戦い方を教えて貰いたい、それに……」

「ならそのダガーを構えろ」

 俺は嬉しくなり思わず早口で話す、だが全て言い終わる前にギルドラにダガーを構えるように言われ。俺は躊躇うもギルドラの瞳を見た俺は、腰からダガーを取り、構えていた。

「それで俺を殺せ」

 一瞬ギルドラに言われた言葉の意味が理解出来なかった。疑問が頭を埋め尽くしダガーを握り締め構えたままきょとんとしてしまう。

「殺さなければ自分が殺されるだけだぞ」

 そう言ったギルドラは、怪我人とは思えない速さで俺に近付き、一発先程より強い力で俺を殴り倒す。続けざまに腹部に蹴りをいれられ、息が詰まる。

 ギルドラの目は本気だ、本気で俺を殺そうとしている。

 先程のように狂った瞳ではない、純粋な殺意をその瞳から感じていた。

 腹部を強く踏みつけられ痛みに意識が溶けていきそうになる。

 俺はギルドラを殺したくはない、だが俺も死ぬわけにはいかない。ギルドラの足が俺から離れた一瞬をつき、握り締めたダガーでギルドラの足に切りかかり俺は反撃に出た。だが、俺の行動くらい予測できていたのだろう、ギルドラが後ろに飛び退く。

「良い目だ、それならこの環境でも自分を見失わず生きられるさ」

 ギルドラは笑いながら呟いた。その瞳にもう殺意はない。だが俺はダガーを構えたままその場を動けずにいた。体が何故だか熱く、その熱がいつまでも下がらない。体が熱くなる理由も分からず熱を持て余しただただ立ち尽くしていた。そんな俺を見てギルドラが口を開く

「俺はな昔、アイツが死んだときに一度、薬に手を出したんだ。忘れたくて。……完全に断ち切ったと思ったんだがな。ダメだったみたいだ今にも狂っちまいそうだ」

 苦笑いしたギルドラが、両手を軽く広げ、出会った時のように大袈裟な素振りで首を振る。何故、今そんな話をするのだろうか。だが、自力で薬を断ち切ったと言うのだから、凄いものだ。

「俺が使ったフェリチタって言う麻薬はな、すぐに効果が出て狂っちまう奴と、じわじわ月日をかけて狂う奴と二つに別れているんだ」

 「俺は後者だ」と笑ったギルドラの言葉の真意を俺は気付く事が出来なかった。不意に、ギルドラが近寄って来て、俺はついまたダガー構えてしまう。

「……お前を傷付けるくらいなら……また大切なものを失っちまうくらいなら、こうした方が良いんだ。薬を体内に入れたんだ、遅かれ早かれ俺はいずれ狂っちまうさ」

 自分に言い聞かせるような言葉を吐き。ギルドラは殴るわけでも蹴るわけでもなくダガーを構えたままの俺を優しく抱き締めた。

 温かな温もりが体を包む。ギルドラの匂いが俺の不可解な熱を下げていき、冷静になった俺はそこで気付いた。



 構えたままのダガーがギルドラの胸を貫いていた事に。

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