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華は歌い続ける03

 生きる理由。

俺は今その理由を探していた。だが俺にはもう何もない、親族も、帰る家も、行くあてすら無い。

 何も無いのだ俺には。

 だがこのまま生きる理由も意味も見つけられないままではこの世界で生き延びる事など到底不可能である。

 俺は本当に何もないと思っていた、だが直ぐにそうではないということに気付かされる。俺は今でも目を瞑ればあの歌を思い出せる。脳裏で再生される優しい歌声。あれは一体誰が何のために歌ったのだろうか。

あの神秘的な歌を、もう一度聴きたい。

 俺はハッとして目を覚ます。いつの間にか考えながら寝てしまったようだ。ちょっと恥ずかしくなって眠気を断ち切るように目をこする。男は既に起きていて武器ちからの手入れをしていた。

 男が手入れをしている武器は、全長三十センチ程度の短剣、ダガーナイフのようだ。俺は以前まだ平和だった時に少しだけ、武器に興味を持っていた。今でも多少なりとも興味があるが今となってはそれどころではなくすっかり遠のいていたが、調べた知識が役に立った瞬間だ。自分が覚えていた事にも驚くが、本物を見て俺は感激していた。だが、その気持ちを抑えつけ俺は男に近寄る。子供っぽいと思われたくはない。

「……決まった」

「ん、何がだ?」

「生きる理由を決めた」

 男は手を止め、俺を見やる。その鋭い瞳は俺に言葉の続きを促している。

「俺の命を救った歌を探す」

「歌を?」

「ああ、俺が母の死を前に絶望しなかったのも、早まった行為をしなかったのもあの歌のおかげだ。だから俺は歌を探す」

 男に俺の決意を話すと、心がスッと軽くなるのを感じていた。

 俺はただ生かされているわけではない、自分の意志で生きているんだとしっかり感じられた瞬間だった。

 不意に男が俺に向かって何かを投げる、落としそうになりながら俺はそれを受け取った。

「お前の理由が出来たお祝いだ、ただの携帯食だが食っとけ」

「……ありがとう」

 俺は包みを剥がし茶色く、決して食欲をそそらせないその食べ物に噛みついた。

 携帯食だから期待はしていなかった、だがこれは不味い。例えようのないソレは俺の口の中をネバネバにした、さらにそれだけではなく歯の裏にくっ付いて取れなくなる。飲み込むとなんとも言えない味だけが口に残った。

 ――これは本当に食べ物か?

「栄養はあるらしいし、腹持ちは良いからな、我慢して食っとけよ」

 俺は余程疑わしい目でソレを見ていたのだろうか、男が食べるように促してくるが「らしい」という事は確かではないという事のようだ。躊躇うも俺は仕方無くそれを食べきった。


 俺が食べ終わる頃には男の武器の手入れも終わったようで、男は伸びを一つしてダガーをしまい、くるりと俺の方を向いた。

「そういや、まだ名乗ってなかったな……俺はギルドラ、って言ってもコードネームみたいなもんだが」

「…………」

「おいおい、名乗ってやったんだからお前も名乗れ」

 アンタが勝手に話し出したんだろうと言いたくなるのを俺は堪える。

 だがどうしても思い出せない。

「忘れた」

「忘れた!? おいおい嘘だろ」

「…………」

「……でもまあ、仕方ねぇよな」

 ギルドラは納得するように大きく頷きながら言う。母を失ったショックからか自分の名や母の声、昔交わした言葉等、俺の記憶は所々が欠けているようだ。覚えている事もあるが、何を忘れ何を覚えているのかは自分ではあまりわからない。

「なら俺が名付けてやるよ」

 ギルドラはニッと笑いながら言い暫く悩んだ後、得意げな顔をして俺の顔をのぞき込んでくる。

「お前の名はシランだ」

「いくら俺が名前を忘れたとは言え……適当すぎないか?」

「適当じゃねぇよ、ほら見てみろ」

 ギルドラは壁に近寄り半分割れた窓の外を見やる、俺も真似をして外を見る。

 かつて街であったであろう場所は、ただの廃墟と瓦礫の山となり果てていた。

 俺が居た街も、人が少なくなり寂れていたものの倒壊している建物は少なかった。ここは随分と荒れ方が激しい。

「何故、瓦礫ばかりなんだ。建物も崩れている」

「まあ、お前ん所は外れにあったからな。ここは、前に政府が用意したお粗末な軍事力部隊の奴らが派手に暴れたからな。彼奴等、狂った男ごと街をぶっ飛ばしやがった」

「……恐ろしいな」

「手段を選んでられなかったんだろうよ。だが失敗に終わり、彼奴等はこの国を見捨てやがった」

 男の目には深い悲しみの色が窺える。

 だが、その人気を感じさせない街にもまだ微かに緑が残っていた、その緑の中に一輪紫の花が咲いている。

「ほら、あれが紫蘭の花だ」

「あれが……」

「強いよな、こんな環境でも咲いてるんだぜ」

「……凄いな」

俺は紫蘭の花から目が離せなくなる。

「それになあの花の花言葉もお前にぴったりなんだぞ」

「花言葉?」

「ああ、紫蘭の花言葉は……あなたを忘れない、だ、歌を探すお前にゃ丁度良い花言葉だろ」

「……」

「まあ、俺も人から聞いた話だからなぁ。本当かどうかは知らねぇがな」

おどけたようにギルドラが笑う。全く大雑把な奴だ。

 俺の言いたい事を察したようにギルドラは俺の頭を乱暴に撫で回して誤魔化した。その日から俺は「シラン」と名乗る事にした。


◇◇◇◇


ギルドラに拾われて幾日か過ぎる。正直もう時間の感覚はない。昼間でも分厚い雲のせいで明かりが遮られ街は常に薄暗い。そのため、俺はすっかり時間の感覚が分からなくなっていた。

 ギルドラとの生活にも随分慣れてきていた。あの男は不思議だ。腹が立つ事もあるがどこか憎めない。その上、自分のペースに相手を巻き込むのが得意なようだ。俺はいつしか、すっかりギルドラのペースに呑まれていた。

 ある日、ギルドラは「出掛ける」と一言残し出て行った、全く勝手な奴である。だがギルドラが出掛ける事はよくある事だ。気付くとアイツは居なく、暫くするとあの不味い携帯食を持って帰ってくる。以前、俺は携帯食をどこから持ってくるのかと問い掛けた事がある。

「商人から対価を払って貰ってくるんだ」

「対価? アンタ、金を持っているのか?」

「金なんて持ってても意味ないさ、対価っていうのは……例えばだな」

 そう言って、ギルドラはダガーを取り出し、俺に見せる。

「食糧が欲しけりゃ、代わりにこのダガーを差し出す、それに見合った分だけ食糧を貰う。分かったか?」

 何となくは理解した。つまり物を交換するという意味なのだろう。付け足すように、ギルドラは対価は物だけではなく、「行動」でも良いと教えてくれた。だが、商人はいつでも居るわけではないらしく、探すのに手間がかかるそうだ。

 今日も商人を探しているのだろうか、等と考えている間に奴は戻ってきた。

「同じ場所に居続けるのは危険だしな、そろそろ移動するぞ」

 帰って来るなりいきなり言われ、俺は手を掴まれ、強制的に引きずられていく。決して居心地が良かったとは言い難い、だが離れるとなると多少は寂しくも感じるものだ。だが何時までもここには居られないという事も理解していたので黙ってギルドラについて行く事にした。

 ギルドラは俺の手を引きながら慎重に外の様子を窺い廃墟ビルを出る。

 繋がれた手は暖かい。ふと俺は前を歩くギルドラを見ていた。その背中は男らしく広く、逞しさが窺える。艶やのある黒髪は後ろで結ってあり、動く度にまるで尻尾のように左右に揺れているのが分かる。

 こんなにじっくりギルドラを見るのは初めてかもしれない。

 出来ることならずっと手を繋いでいて欲しい。何故かそう思ってしまう。決して口には出さない想いを俺は胸の奥に閉まった。いずれはこの手から離れなくてはならないと分かってはいても、今だけはと甘えてしまいそうだ。

 俺はギルドラに、優しく逞しい母さんの姿を無意識に重ねていたのかも知れない。

 どうやら、ギルドラはもう既に行くあてを決めていたようだ。廃墟ビルを出て、崩れかけた街を横切りながら目的地に向かって歩みを確実に進めている。俺はその手に引かれ歩いていた。所々が欠け、文字は読めないがどこか見覚えのある店の看板や、根元から折れてしまった電柱や標識が道を塞ぎ俺達の行く手を阻む。それを踏み越えながら、俺はギルドラの手に引かれ歩いていた。

「もう少しだったんだがな」

 突然ギルドラが立ち止まる、俺は思わずその背にぶつかり立ち止まった。

「隠れてろ」

 いつもとは違うギルドラの低い声、緊張が走り俺はその言葉に従うべく辺りを見渡し、身を隠せる場所を探し、瓦礫で身を隠しながら様子を盗み見る。どうやら俺達の行く手を阻んだのは、目が虚ろな男、狂った男だった。

 狂った男は手にした鋭い刃を滅茶苦茶に振り回しながら、何やら喚いている。口からはだらだらと唾液を垂らし、目は焦点が合っていない。男の全てが無駄な動きに見えた。男は己が手にした力の威力を確かめたくてたまらないといった様子で、考えなしに暴れている。

 対するギルドラは冷静に相手の動きを見ている。その鋭い隻眼で相手を見据え、腰からダガーを素早く抜き、構える。

 ギルドラが地面を蹴る。一瞬にして間合いを詰めたギルドラが手にしている、愛用のダガーで決着は驚く程一瞬でついてしまった。ギルドラの素早い動きに狂った男はついてはいけずにただ無茶苦茶に刃を振るう。刃をすり抜けながらギルドラは男の動きを見極め、一瞬の隙を見つけると素早く男の首を切り裂いた、瞬間深紅が吹き上げる。

 その後もギルドラは息一つ乱さず、手慣れた様子で淡々と男を地に伏せさせる。あまりにあっさりした戦いに俺はただ驚く事しか出来ずに居た。

 乾いた灰色のアスファルトが薄汚れた赤に濡れる。狂った男は地面に倒れびくんっと打ち上げられた魚のように何度か痙攣した後、動かなくなった。どうやら絶命したようだ。


 普段とはまた違った鋭さを見せるギルドラの瞳に、動く度艶やかな髪が風に踊るその姿に、俺は目を奪われていた。男に使う言葉ではないが、素直に戦うギルドラは美しいと思えた。

 だからか少し反応に遅れてしまう。いつの間にかギルドラが目の前まで来ていたようだ。顔を覗き込まれ、思わず後ずさる。

「なにボケッとしてんだ? 俺に惚れちまったか?」

 ニヤニヤしながらギルドラにからかわれる。どうしたらそうなるのか分からない、やはりこの男は腹が立つ。

 その後、俺達はまた再び歩き始めた。同じ景色が続き自分達が進んでいるのかどうか疑いたくなり始めた頃。やっと新しい住処になる廃墟ビルに着く。幸いあの男以外に狂った男に遭遇する事はなかった。

 外は今までとあまり変わらない廃墟ビル、だが中は以前まで居た場所より幾分か狭く、埃っぽい。中にあった物は持ち出されたのか、あるのは割れた窓ガラスの破片と、積もった埃、崩れかけた壁の表面だけだった。

「ここも暫くしたら出るからな」

「……分かっている」 ギルドラは壁に背を凭れさせ、寝る姿勢に入る。俺もその隣に腰を下ろした。

「もう寝るのか?」

「休めるときに休んどかないとな」

「……なあ」

「なんだ?」

 話しかけてギルドラの方を見ると、ギルドラもこっちを見ていた。

 目が合ったから何だというのだろうか俺は思わず目を背けてしまった。心臓がバクバクと高鳴っている。その理由が俺にはいまいち分からなかった。

もう一度ちらりとギルドラを見る。

「なんで俺を助けたんだ?」

「なんだ、そんな事か。お前が……昔飼ってた犬に似てたからな、つい」

 真顔で言われ俺は目一杯ギルドラを睨み付ける。だがギルドラはへらへらと笑いながらどこか遠くを見るように俺から目を逸らすだけだった。

その姿は寂しげで、いつものギルドラとは違って見えた。

さっきの言葉が嘘だという事はすぐに分かる。だが

その言葉の裏に隠されたギルドラの想いは、俺には分からない。もどかしさのやり場に困り俺は目をふせた。

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