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華は歌い続ける17


 俺達がホテル街に着いた頃、街は夜の帳が下り、いつもの事ながらシンッと静まり返っていた。

 建物の前で俺は固唾をのむ。表面上以前訪れた時と何一つ変わらない。

 だが何かが俺を酷く焦らせる。その焦る気持ちを抑えながら、建物内へと進む。

 一階のフロント。元から派手だった赤く塗られた壁に、蝋燭の頼りない火が揺れている。つい先程まで人が生きて此処で生活していた面影がまだしっかり残っていた。

 ふと、蝋燭の灯りに照らされた壁を見て俺は言葉を失った。

 指先の無い絶命した男が寄りかかる壁に「見つけた」と書かれている。 書いた人物は考えずともすぐに分かった。

「ヒヨ、お前は隠れていろ」

「シラン、気をつけてね」

 不安げなヒヨの声を背に、俺は階段を駆け上る。途中ヌルリとした何かを踏みつけたが、立ち止まる余裕は最早持ち合わせていない。駆け上がり辿り着いた二階の廊下。フロント同様、蝋燭が壁にかけられている。

 その灯りが折り重なるように倒れ亡骸となったホテルの住人を、照らす。錆びた鉄のような独特の異臭に僅か、足が竦んだ。

 死者を避け進み、赤い扉、キリの部屋の扉を慎重に開く。

 蝋燭の灯りが部屋を照らしている。俺が焦がれた柔らかそうな純白シーツのベッドは、今はもうあの時の面影もなく赤黒く染まっていた。そのベッドに誰かが眠っているのが見え、俺はダガーを抜き警戒しながらベッドに近寄る。

 横たわっていたのは蒼白い顔をしたアヤメだった。息はしていない。

 このベッドはアヤメが染めたものなのだろうか、思わず脳裏を過ぎった考えに息が詰まる。だが、永遠の眠りについたアヤメは胸の前で手が組まされている。誰かが組ませたのだろうか。

「……アヤメに……」

 アヤメに気を取られていて、声をかけられるまでそこに居ると言うことに気付かなかった。後ろから唸るような声が聞こえ瞬間振り返る。そこには目を赤く充血させたキリが、憎しみを宿した瞳で俺を見据えていた。

 キリの右腕は肘から先が不自然に折れ曲がり、キリが歩く度に力なく揺れる。どうやらもう右腕は動かないようだ。声をかけようとした矢先、

「アヤメに触るなぁあ!」

 声をあげ真っ直ぐに突っ込んできたキリに、全身で体当たりされ俺の体は、なすすべなく吹っ飛び床に叩き付けられた。一瞬痛みに視界が白く染まる。

「……っ、キリ……俺を誰と勘違いしているんだ」

「煩い悪魔め、……お前がアヤメを」

 なんとか起き上がった俺に再びキリが突っ込んでくる、悪いが何度も飛ばされるわけにはいかない。かと言って、受け止められる自信はない。それならば俺に出来るのは、一つだろう。

 突っ込んできたキリの顔面に思いっ切り拳を叩き込んだ。するとそのままキリは後ろに倒れていく。少しやりすぎたかと後悔しつつ近寄ると、腰を打ったのかキリはしきりに腰をさすっている。

「目、覚めたか?」

「……怪我人に少しは手加減しろよ、シラン」

「お前が混乱していたからな、仕方ないだろう」


 キリはまだ何か言いたそうにするも、小さく笑った。どうやら正気に戻ったようだ。

「それでなんでここにシランが居るんだよ。まだアイツが近くに居るかも知れないんだ、早く逃げろよ」

「逃げるならお前も一緒だ、俺はお前を助けに来たんだ」

 一瞬驚いたような表情をしキリは嬉しそうに笑う、だか小さく首を振り泣きそうな顔をして声を震わせる。

「俺は行けないよ、俺だけ生き残るなんて出来ない、アヤメも他の仲間もみんなアイツに殺された、……俺が仇を伐たなきゃ」

「そんな体では無理だろう、今は逃げて――」

 言葉を飲み込んだ。足音が近付いてくる、鼓動が早まる。間違い無く奴だろう。嫌な汗が頬を伝い落ちる。

 開けられたままの扉から、ゆっくりと男が入ってきた。

 揺らめく蝋燭の灯りを受けて浮かび上がる男の銀色の髪。獲物を狙う爬虫類のように研ぎ澄まされた鋭い目が俺を真っ直ぐに見据えてくる。男は口元を歪めて嗤い、手にしていた銀色に煌めく刃を舐めた。


 俺はダガーを握る手に力を込め、どう動くか思考を巡らせる。だが、俺が行動を起こす前にキリが動いた。

 乾いた血が所々固まっている絨毯を蹴り上げ、そのまま銀髪の男に突っ込んでいく。

「キリ!」

 男は突っ込んで来るキリを軽く避ける。まるで眼中に入っていないようだ。キリは勢いあまりそのまま転げていく。

 何事も無かったような顔をして男がゆっくり近寄ってくる。俺はダガーを構え踏み込んだ。

 刃と刃がぶつかる音が部屋に響く。

 男の力に押される。勝てるとは思っていなかったが、力の差は歴然としていた。強く踏み込めども、男の力を押し返せない。

 男が嗤った。次の瞬間、ダガーが宙を舞い床に突き刺さる。唖然とする俺を男は突き飛ばした。背が壁に打ち付けられ、痛みが全身を駆ける。

「……っ……」

 気付くと男の顔が目の前にあった。酷く歪んだ笑みを浮かべ男が囁く。

「ククッ……見つけたァ」

 思わずゾッとする。男のその目に俺は恐怖していた。だが、動揺を見せまいと俺は男を睨み見据える。

「……その目が気にくわねぇ、あの時も……」

「あの時……?」

 言葉の続きは、立ち上がり雄叫びをあげながら此方に突っ込んでくるキリにかき消される。

 男はゆっくりと振り返り、一度手にしているナイフを振るった。

「あ、がっ……」

 キリが呻いた。

 一瞬の出来事だ。キリの首に一筋の赤い線が刻まれ、そこから鮮血を吹き上げながらキリがゆっくりと倒れていった。

 俺は何も出来ずに、ただキリが倒れるのを見ている事しか出来ない。

 男は飽きたようにナイフを捨て、振り返る。男の瞳に俺は捕らえられていた。

「必ずお前を迎えに行く、それまで生きて待っていろ」

 そう言葉を残すと足音が遠ざかっていき、姿が見えなくなる。一人取り残された俺は、その場に崩れた。

 その時、床に無残な姿で倒れ、白目を向き絶命しているキリが見え、俺は這うように近寄った。

「キリ……」

 せめてと、目を瞑らせる。

 不意に親友だと言って笑ったキリの笑顔が脳裏に蘇り、視界が歪む。

「……嬉しかった。俺を親友だと言ってくれて」

 触れた手は、まだ暖かい。さっきまで生きていた証しだ。

「……嬉しかった」

 眠るアヤメの隣りにキリを運び、手を組ませる。俺は銀髪の男が去っていった廊下をもう一度見た。もう男が現れることはなかった。建物を出たのだろうか。

「……っ、何故気付かなかったんだ」

 気付いた俺は床に突き刺さっているダガーを引き抜き、部屋を飛び出す。

 男の目的が俺だったのだとしたら、もう男はこの建物を出る筈だ。

 だとしたら一階のフロントを通らなくては外に出れない。 一階のフロントには、ヒヨが居る。

 もう何も失いたくはない。俺は階段を転げ落ちるように駆け下りた。

 フロントは、来たときに見た指のない男が横たわっているだけで、特に異変は見られない。

「ヒヨ!」

 込み上げた不安に押しつぶされそうになりながらも、ヒヨの姿を探した。 不意に受付のカウンターから物音が聞こえ、ダガーに手をかけ、警戒しながら近寄る。

「……シラン」

 うずくまるヒヨが顔を上げた。俺を見た瞬間いつものあどけない笑みを浮かべたヒヨに安堵した。

「…………」

 安堵し過ぎたのだろうか、瞳が潤むのを感じ、見られないようにと俯く。

「シラン、……大丈夫大丈夫だよ」

 気付くとヒヨに抱き締められる。ヒヨに慰められる日が来るとは思わなかった。俺はヒヨの胸に顔を押し付ける。とくんとくんと心音が聞こえ、その温かみに恥を捨て声を殺し泣いた。


 あの男には、再び必ず会うことになるのだろう。理由は分からない、だが確信に近いものを感じている。


 ヒヨの腕のなか、意識がふわりと舞い、急速に景色が遠退いていくのを微かに感じる。こんな場所で気を失うわけにはいかないと言うのに、俺はヒヨに抱かれたまま意識を手放した。


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