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華は歌い続ける16

「此処です」

 フィオーレに連れられ、俺達がたどり着いたのは今までとあまり代わり映えしない街だった。

 倒壊した建物と、亀裂の入ったアスファルト。瓦礫の山。建物の塗装は雨風に晒されたせいか色褪せている。俺が見慣れてしまった、変わり果てた街の姿だ。

 だが倒壊を免れた建物が俺が見てきたどの街より数多く存在していた。何かのビルだったのだろうか、見た目こそ亀裂が入っていたり窓ガラスが割れていたりとしているが、身を隠す建物としてはなかなかに使えそうな建物が幾つかそびえ立っている。

 俺の前を歩くフィオーレがスッと手を伸ばし一つの建物を指し示す。

「あの建物を我々の基地として使いたいのですが、中に生き延びた人間達が居着いていて邪魔なので、今日はそれらを追い出し建物を我々のものにします」

「……それを手伝えと言うのか」

「ええ、勿論……人手が必要になる作業ですからね」

 ふと建物の近くにある瓦礫の陰に、フィオーレと同じような白い服を着た男達が数十名程いるのが見える。どうやらフィオーレの仲間のようだ。そこにキリは居なかった、非戦闘員だからだろうか。

 フィオーレはその男達に近寄ると何やら指示を出しているようだ、此処から会話は聞こえないが、俺と話すときと少し雰囲気が違う。会話を終えたフィオーレが、此方に近寄ってくると俺に白いコートのようなものを差し出してきた。

「これを着なさい、組織の人間の証しです」

 不服だがそれを受け取る。どうやら白い衣服が仲間と敵を分ける目印のようだ。つるりとした素材のコートを羽織り、ふと気が付く。

「アンタが着ているような軍服の者とコートの者二つに分かれているのか?」

「ええ、軍服が第一部隊、コートが第二部隊……ですが今日のシランのお仕事は第一部隊を手伝う事ですよ。……さて、そろそろですね」

 建物内に居る人間達が異変に気付たのだろう、物音をたて始め辺りが微かに騒がしくなる。

 誰かが静かに息を呑んだ。

 刹那の静寂のなか、凛としたフィオーレの声が響く。

「第一部隊は私に続き建物内へ、第二部隊は建物の外へ逃げてきた者の始末を、跪き許しを請うものには猶予を与えなさい」

 形の良い唇を歪めてフィオーレが笑う。その姿に俺は純粋な狂気を感じていた。フィオーレが言う猶予とは、武器と一緒に積まれている液体の入った小瓶の事だろうか。

 アレが風邪薬ではない事くらい俺にも分かる。

「さあ、行きますよシラン」

 俺は瓦礫の陰に隠れるヒヨに声をかけ、フィオーレの後に続き建物内へと入った。


 建物内は薄暗い、埃っぽくもあるが人が居る事もあり、建物の劣化が最小限で済んでいるように見える。

 少し進むと建物内に潜んでいた男達が一斉に襲いかかってくる。だが、フィオーレは動じることもなく長剣を振るい蠅を軽くはらうように男達を斬り倒し進んで行く。その優雅な姿が後に続く者達へ勇気を与えたようだ。

 その様子を見ていた建物内に潜む他の男達も、興奮したように次々と現れ襲い掛かってきた。だが先程のフィオーレの戦いを見て勢いづいた第一部隊の者達がそれを迎え撃つ。

「さて、ここは彼等に任せて先に行きますよ」

「あ、ああ」

 フィオーレは戦う自分の部下を一瞥し二階へと進む。階段を登るとすぐ近くに灰色のドアがあり、フィオーレは迷うことなくそれを開けた。

「うおおっ!」

 途端、男が雄叫びをあげながら襲いかかってくる。だがこれも大して動じることもなく斬り倒し、亡骸になった男を踏みつけフィオーレは中に進むとぐるりと辺りを見渡した。

 自分の強さを過信しているのか、余裕なのかフィオーレは随分とマイペースだ。だからだろうか、対照的に俺はダガーを構えいつもより余計に辺りに意識を配ってしまう。

「やはり予想通り使えそうな建物ですね、少々美的センスには欠けますが」

 そんな俺をよそにフィオーレは室内をじっくり眺め、眉を歪めた。

 床にこべりつく赤黒いシミや灰色の壁をぐるりと見た後、倒れた棚を踏みつけながら天井にある蜘蛛の巣を見て、フィオーレがやれやれといった様子で深い溜め息をついた。

「掃除が大変そうですね。こんな不衛生な場所ネズミでもない限り住めませんよ」

 じっくり部屋を確認した後、踵を返し再び通路へと出ていくフィオーレの後に続く。この男の部下はさぞ苦労する事だろう。


 建物内に居た大半の人間は外へと逃げ出したのか、通路に出た俺達に襲い掛かる者は誰も居なかった。だが油断はまだ出来ない。

 そのまま各部屋を見ながら進み、階段を登る。建物内に二人の足音だけが響いていた。

「どうやら此処がこの建物の最上階のようですね」

 階段を登りきったフィオーレがそう呟く。シンッと静まり返っているのが妙に不気味だ。

 奥へと進むフィオーレについて歩きながら俺は辺りを警戒する。背後から襲われないとも限らないのだから、全神経を尖らせておくべきだろう。

 普段より研ぎ澄まされたおかげで、俺の神経が暗くはっきりと見えない暗闇の先で息を潜める人の気配を感じとった。警戒を一気に高める。直後、僅かに聞こえた機械的な音に焦りが込み上げた。あれは――。

「フィオーレっ!」

 瞬間考えるより先に体が動く。フィオーレを庇った俺の左肩を何かが掠めた。あれは恐らく弾丸だ。

「銃とは厄介ですね……っ?」

 冷静なフィオーレの声がどこか遠くに聞こえる。それよりも此方から相手の姿ははっきり確認出来ない、それは相手も同じだろう。だが、その状況下の中でも相手が銃を持っているなら此方が不利だ。相手が引き金を引く前に何とかしなくてはならない。

 俺は気付けばダガーを掴み思いっ切り投げていた。

 当てずっぽうに投げたダガーは垂直に風を切り闇に吸い込まれていく。どこに当たるか分からなかったが、ダガーの切っ先が何かに刺さったのか、飛んできた刃に驚いたのか。小さな呻きと共にカランと床に物が落ちる音が響く。

「上出来です」

 フィオーレが唇を歪めて笑い、一気に走り込む。上がる悲鳴、それは男のものだ。

 暫くしてフィオーレが戻ってきた。

「冷静そうに見えて随分と危険な賭が好きなようだ」

 にこっと笑いながらフィオーレがダガーを俺に差し出す。それを受け取ろうとするがダガーはひょいっと手をすり抜けた。

「もし、相手が興奮して銃を乱射してきたらどうするつもりだったんです?」

 頬を思いっ切り抓られた。フィオーレの笑みが少し怖い。

「無茶をするのはお止めなさい、いいですね?」

 俺は素直に頷く事しか出来ない。今思えば初めて見た本物の銃に焦っていたのかも知れない。

 今更になって、弾丸が掠めた肩が熱く痛む事に気付いた。

「肩、痛むんですか? 戻ったら傷薬を塗ってあげます」

「いい、……こんなの舐めておけば治る程度の切り傷だ」

 これ以上この男に借りは作りたくなく、俺は首を振った。するとフィオーレは何故かニヤリと笑った。あれは何かを企んでる笑みだ。俺は身構える。

「舐めておけば治る……ですか」

 そう呟いたフィオーレが近寄り俺の腕を掴むと、コートが破け露わになっている肩の傷口に舌を這わせた。

「な、何してるんだ」

「舐めて治しているんですよ」

 フィオーレの舌がねっとりと傷口をなぞり、時折傷口を抉るように刺激される。その度、体に鈍い痛みが走り悲鳴が洩れそうになるのを俺は堪えた。

 どれ程そうして、体を弄ばれていただろうか。満足したフィオーレに解放された時にはもう俺の体は、傷口に与えられ続けた刺激により生まれた熱が体に広がり、言いようのない屈辱感に苛まれていた。

「ふふっ、本当に君は可愛いですね」

「煩い」

「最初から素直に好意を受け入れないから悪いんですよ」

 フィオーレの手が妖しく俺の太腿をなで上げた。俺は確信する。この男は嫌いだ。屈辱に視界を歪ませながらも俺は、その手に縋った。



 建物を出ると既に外の戦闘も終わっていた。地面に突っ伏す亡骸と、「猶予」を与えられ服従した者達とに分かれている。

 白いコートを翻し第二部隊のリーダーと思われる男が近寄ってきた。フィオーレに何やら報告をしているようだ。やはり内容までは聞き取れない。それを聞き遂げたフィオーレがクスリと笑った。あの勝ち誇った笑みが妙に腹立たしい。

「さて、救護班は怪我人の治療に、残った者は建物内の一斉清掃にあたりなさい」

 フィオーレの声により、辺りが再び慌ただしくなり、俺は救護班の元へとむかう。最初からこうしておけば良かったとつくづく後悔する。

 救護班に手当てを頼むと慣れた手付きで薬を塗り込み、布で軽く傷薬を塞いでくれた。

 治療を終え、俺は清掃とやらに参加すべく建物に近寄る。その時、ちょうどフィオーレが中から姿を表した。

「もういいのか?」

「後は他の者に任せますよ、あんなの堪えられません」

 フィオーレは眉を歪め首を振った。フィオーレらしい言いぐさだ。清掃などこの男には似合わない。俺は呆れながらも納得し白いコートを差し出した。

「本当に君はよく働いてくれました。このまま私の組織に入ってはくれませんか?」

「何度も言うが、俺は組織には入らない」

「残念ですね、ですが……まあ、君が居ると余計な事に巻き込まれかねませんしね」

 やれやれというような仕草でフィオーレが首を振り、口元を歪めた。

「……それはどういう」

「キリ君は君の友達でしたよね」

 何故突然キリの話をするのだろうか、理解できずジッとフィオーレの顔を見てしまう。

「彼は全く戦闘には不向きで、使い物になりません。私達はボランティア集団ではありませんからね、誰彼構わず組織には入れないんですよ」

「なら何故キリを組織に入れたんだ」

「彼がねぐらにしているホテル街が魅力的だったんですよ。基地にするにはもってこいの物件だ。しかしそれも昨日で終わりました。多分あそこはもう使えないでしょう、ここより清掃が大変だ」

 この男は何が言いたいのだろうか。探るように見ていると、フィオーレが目を細めて笑った、ここからが本題とでも言うように。

「銀髪の男を知っていますよね」

 また銀髪の男か。少しうんざりしながらも俺は小さく頷く。

「私にとっても彼は厄介な存在。なるべく遭遇しないように行動を分析していたら一つ分かった事があるんですよ」

「…………」

「彼はキミを追っている。キミが居た場所に彼は必ず現れる」

 フィオーレの言いたいことが分かり、体が思わず震える。

「私達が最初に彼を見つけた時、彼はとある廃墟に居ました。それはキミが滞在していた廃墟。それからタツミの基地の近くでも確認されている。そして昨夜、ホテル街に彼が現れたそうです。この意味分かりますよね?」

「……っ……、行かないと」

「今更行っても遅いですよ。彼はキミを探している。これは罠です」

「罠だとしてもだ」

 フィオーレは小さく溜め息をつき、興味を失ったように目を逸らすと去っていった。去り際一度振り向き、

「キミは本当に利用価値のある存在でしたよ。もう少し私の為に力を貸して欲しかったのですがね」

 そう言って笑った。フィオーレの部下の男といつの間にやら打ち解け遊んでいるヒヨを呼ぶ。

「シラン? どうしたの顔怖い」

「……行くぞ」

「シラン?」

 やはり逃げきれないようだ。あの日から、俺はずっと奴に捕らわれている。それなら、終わらせるしかないのだろう。

 俺は必死に付いて来るヒヨの手を握った。ヒヨが何か言いたそうに俺を見るが、俺はその言葉を拒みそのまま駆け出した。


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