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華は歌い続ける15

 あれから銀髪の男に会うことも、タツミの追っ手が来ることもなく、俺達は歌を探して街から街へと歩き続けていた。

 元は建物だったであろう瓦礫の山が行く手を阻む。この国が混乱状態に陥っている最中におきた地震、その凄まじい自然の力によって多くの建物が倒壊した。俺の住んでいた家は奇跡的に倒壊は免れた。だが、家はあっても食糧は無かった。食糧不足に電力不足と、生活は厳しいものだった。だが、それだけなら何年かかるか分からないが、いずれ元の生活に戻っただろう。

 俺は瓦礫の山を踏み越え、ふと振り返る。この寂れた街の中に植物等は何一つ見付けられない。どこかにはまだある筈だが、この辺りでは当たり前にある筈の自然が欠けている。これは震災ではない人災だ。

 俺は寂れた街を見ながら男の悔しそうな瞳を思い出していた。

 放たれた砲撃は、草木を焼き払い、大地を枯れさせたのだろう。もうそこに、新たな命が芽吹く事は無いのかも知れない。

「ヒヨ、ガラス等もあるから気をつけろ」

「うん、大丈夫だよっと」

 最近ヒヨは調子が良いようだ。足取りも軽く、たまに鼻歌を歌いながら楽しそうにスキップをしている。全く理解が出来ない。何が楽しいのだろうか。

「シラン、行こう」

「あ、ああ」

 目の前でヒヨがくるりと回った。ひらりと紅い着物の裾が揺れ、男にしてはやはり白すぎる肌が見える。俺は思わず目を逸らした。逸らした視線の先、ヒヨの髪飾りに目が行く。

「ヒヨ、その髪飾りはタツミから貰ったのか?」

 俺の何気ない問いにヒヨは首を振る。少しだけ寂しそうに笑ってヒヨは空を見上げた。つられて俺も空を見る。相変わらず分厚い雲が覆う灰色の空しか見えない。だがヒヨには何か違うものが見えるようだ。

「ヒヨのお母さんが、くれたんだと思う……よく、覚えてないけど。ほら見て、シラン。ヒヨのお母さんはあの雲の向こう側に居るんだって、手振ったら見える?」

「ああ、きっとな」

 ヒヨの中にも失われなかった記憶があるのだろうか、または俺の知らない間に思い出したのだろうか。それなら良かった。いや、良いことばかりではないのかも知れない。時には忘れた方が良いこともある。

 何も知らず幼子のようにはしゃぐヒヨの記憶が完全に戻った時、その時ヒヨは今のように笑っていられるのだろうか。思い出した記憶と現実の狭間で、ヒヨはこうして笑えるのだろうか。

 体の内側に鈍い痛みを感じた。それが広がっていく。視界が歪む。らしくもない事を考えていたからだろうか、どんどん景色が遠退いていく。

「シランも手振る? シラン?」

 ヒヨの声が、聞こえた気がした。



 誰かが笑っている、それは酷く歪んだ笑みだ。

 此方を見ている。その紅い瞳に俺は捕らえられていた。まるで蜘蛛の巣に絡まった獲物のようにもがけばもがく程に糸に絡まっていく。巣の主がゆっくり俺に近寄り、頬を撫で、耳に唇を寄せる。

 ――見つけた。

 それは甘く毒のように俺の体を完全に支配する。

だがそれとは違う場面が流れ込む。忘れられたボール。作りかけの砂の城。茜色を纏った悲しげな男が何かを話しかけてくる。

 俺は何を男に言ったのだろうか?

  男が手を差し出してくる。俺はその手を--。

 俺は思わず飛び起き、大きく息を吸い込む。体が酷く熱く怠い。嫌な汗が額から滑り落ちる。目覚めは、最悪だ。あの男は誰なのだろう。頭が軋むように痛む。

「駄目、寝てないと」

 ヒヨの声がして俺の思考は巡り始めた。乱れた感情が色を失い、消えていく。

 此処は先程までの街ではなく、建物の中。ヒヨが運んだとしたら、そう遠くには来ていないだろう。ゆっくりと辺りを見渡す。灰色の天井は崩れていて、天井から空が見えた。随分な場所を選んだものだ。今はなんとかヒヨと俺が入って居られるスペースはあるが、ほぼ倒壊している建物の中に俺達は居るようだ。

「シラン、大丈夫?」

 心配そうにヒヨが顔を覗き込む。細い指先が俺の前髪をかき分け、頬にヒヨの手があてがわれる。

「……ひっ……ぁ」

「熱い! シラン熱い、顔も真っ赤!」

 ヒヨの手が冷たくて思わず声を上げてしまった。多分顔が赤いのは熱のせいだけではないのだろう。

「休んだ方が良いよ、シラン、ここ寝る?」

 いつ崩れるか分からないこんな場所ではゆっくり眠れない。だが外は既に暗くなり始めもうすぐ街は夜の闇に包まれる。俺も動けない今此処で休むしかないだろう、等と考え頷くが、ヒヨが言った言葉はどうやら少し意味が違うようだ。ヒヨは自分の膝を指差しながら。「ここ、ここで寝る」と繰り返している。

「いや……、流石にそれは」

「ここ! 寝るの、シラン寝てないでしょいつも」

 怒られた。確かに普段から熟睡はしていない。だが全く休んで居ないわけでは無かったのだが等と言い訳をしてみても、実際こうして倒れてみなければ自分の体調の変化に気付けなかったのだから、全ての言葉はヒヨに通用しないだろう。

 これ以上心配をかけさせる訳にもいかず、俺は観念してヒヨの膝に頭を乗せた。案外柔らかい。

「今日はゆっくり寝て、シラン」

「分かったよ、ちゃんと寝るから」

 ヒヨが俺の頭をゆっくり撫でる。その手が優しく眠気を誘い、熱のせいもあってか俺はそのまま眠ってしまった。

 俺は久し振りに心地良い眠りに落ちていく。


 誰かが俺の頬を突っつく。ヒヨなのだろうか。痛い。俺はそれに背を向けた。だがその直後後頭部をまたしつこく突っつかれる。

「いい加減にしろ、ヒヨ」

 起きてみたがそこにヒヨの姿はない。俺はいつの間にか床に眠っていたようだ。ヒヨの代わりに俺に返事をしたのは、手のひらサイズの小鳥だった。

「……ヒヨなのか?」

 白い羽の中茶色い羽が混じる丸まるとした瞳の小鳥は、可愛らしく首を傾げた。

「……そうか」

 所々言葉が通じてなかったのはヒヨが人間では無かったからなのかも知れない、だとしたら納得が出来る。寝起きのぼんやりとした思考のまま、俺は一人納得していた。

「起きてた?」

 暫くして、小鳥が出入り口に向かい羽ばたき、小鳥はちょこんと食糧と水を抱えて戻って来たヒヨの肩に乗った。

「……やはり、人が鳥なわけないか」

「どうしたの?」

「いや、何でもない。それよりその鳥はなんだ、食糧か?」

「朝、瓦礫の下に居たから拾ってきた」

 小鳥はすっかりヒヨに懐いている。それにしても人以外の生き物を見るのは随分と久しい、消えたと思われる生き物達はどこかでまだ息を潜めて生き延びているのだろうか。小鳥はヒヨの肩で羽を休めた後、外に向かって飛び立った。それを見送ったヒヨが思い出したように水を差し出してくる。その容器を受け取りふと気付いた、この食糧は一体どうやって手に入れたのだろうかと。直ぐに俺はヒヨの髪飾りが無いことに気付かされた。

「ヒヨ、髪飾りが……」

「交換してもらった」

「良いのか? 大切な思い出の物なんだろう?」

「大切……、大切、シランの方が大切」

 にっこりと微笑むヒヨを俺は見れずにいた。

 水を飲む。熱くなる体にそれは、酷く冷たく感じる。それは今まで飲んだどの水より、一番美味しいような気がした。


「調子はどう? 良くなった」

「ああ、随分良くなったように思う。もう少し休めば治るだろう」

 ヒヨは「ヒヨの膝枕のおかげ」と自慢げに胸をぽんっと叩いた。穏やかな時が流れるなか、俺が微かな足音に気付いた時には既にヒヨの背後に狂った男が立っていた。

「ヒヨ、伏せろ!」

 ヒヨが慌ててしゃがむのとヒヨの頭上を俺のダガーがすり抜けていくのはほぼ同時だった。投げたダガーは男の肩に突き刺さり男は後ずさる。気付かなかった、熱のせいとは言え油断していた。

 狂った男はそれでも再び、俺達に向かって来る。こんな狭い場所では此方が不利だ。

 俺はヒヨを後ろに庇い男の懐に飛び込んだ。男の肩に刺さったダガーを引き抜く。流れる赤い血。男はよろけるも執念から踏みとどまり、獣じみた声をあげ俺が次の攻撃に出る前につかみかかってきた。

「うっ……、くっ、放せ」

 その勢いのまま俺は床に押し倒されていた。打った背中がジンっと痛む。行動が遅れ、俺の両腕は男に押さえつけられてしまう。思考が熱でぼやけ、上手く働かない。俺がもがいている間に男は口を大きく開けた、俺の喉でも噛み千切ろうというのだろうか。

「シラン、シラン!」

 ヒヨの声がする。きっと慌てているのだろう。

 ヒヨを置いて死ぬわけにはいかない、だがこの状況を打破できる策を俺は何も考えられずにいた。その時、微かに何か鳴き声が聞こえる。

 先程の小鳥がどこからともなく現れ男の頭を突っつく。鬱陶しそうに男が唸り、俺の上から退いた男はその小鳥を追い掛け外に出て行く。

「ヒヨ、今のうちに逃げるぞ」

 ヒヨが頷く。俺はヒヨの手を取り、建物を出た。走る俺達の背後で甲高い鳴き声が聞こえ、振り向く。

 握り潰されたのだろう。羽が舞い散り、小鳥が男の手から地面に落ちた。男はそれを見た後、ゆっくり此方を見据え走り出した。

 このままでは逃げ切れない。それなら、俺は、

「ヒヨ、隠れていろ」

 戦うしか無いのだろう。ヒヨの手を放し俺はダガーを構えた。狂った男は闘牛のように此方に突っ込んでくる。

 だが突如として、男の動きが止まった。

 剣が男の胸に深々と突き刺さっている。見覚えある長剣だ。俺はその長剣を扱う人物を知っている。ゆっくりと狂った男は血を吐き地面に崩れ落ちた。

「こんなクズ、貴方なら簡単に倒せるでしょうに」

 倒れた男の先に、優雅に髪を靡かせる、フィオーレが立っていた。長剣を軽く振るい、鞘に戻し此方に近寄って来る。

「おや? そんなに顔を赤らめて……私がその熱をラクにしてあげましょうか」

 そう言って、フィオーレは小瓶を取り出した。何かどろりとした透明な液体が入っている。俺は身構えた。

「警戒しなくていいですよ、これは商人より譲り受けた即効性の風邪薬です」

「アンタは信用出来ない」

 走って逃げるだけの力が残されていなかったのかフィオーレの威圧感のせいなのか、奴が目の前に来るまで俺はその場を動けず、ただ身構える事しか出来なかった。

「安心しなさい、貴方は狂わせてしまうには勿体無い存在です」

 小瓶の蓋を開けて、あろう事かフィオーレはそれを自分の口に入れた。

 驚き、逃げようとする俺の腰を捕まえ引き寄せ、抵抗して首を振る俺の顎を捉えたフィオーレに無理矢理上を向けさせられ、唇を開かされる。口内に広がる苦味。吐き出すにも口は塞がれそれも叶わず、俺はその得体の知れない液体を飲み込んでしまった。最後にぬるりとした舌が口内を悪戯にかき回し、逃げる俺を絡めて離れた。フィオーレの満足げな表情に無性に腹が立つ。

「もしかして初めてですか?」

「いや、違う」

 フィオーレの表情が不機嫌なものに変わった。ここはフォローすべきなのだろうか。こんな男に気を使うのも可笑しな話だが。

「だが、こんな馬鹿げた事をしたのはアンタが初めてだ」

「フフッ、どうです? 体がラクになったでしょう」


 言われてみれば、体の熱が下がったように思う。どうやらあの薬は本物の風邪薬なのだろう。もし違ったとしても今更だな。もう飲んでしまったものはどうにもならない。

「それよりシラン、気が付きませんか」

 フィオーレが両腕を優雅に広げ、何かを主張してくる。だが俺にはいまいち伝わらない。鈍い俺にフィオーレが痺れを切らした。

「服ですよ服、見てくださいこれを」

 言われて改めて服を見てみた。白い軍服のような服に長剣の金色に光る柄が見える。所謂お洒落というものなのだろう、俺にはそういったセンスは全く無いためいまいち分からない。だが、ここは褒めるべきなのだろうと、言葉を探す。

「……白いな」

「色ですか、まあ、いいです……。組織の衣装が決まったんですよ、これで纏まりが生まれ、より組織らしくなったでしょう? 勿論、全員分ある訳ではないのですが」

「……そうなのか」

「フフッ、察しの良い貴方なら分かると思いますが、貴方にも着てもらいますよ」

 フィオーレが唇の端を吊り上げて妖しく笑う。ヒヨは既に話についていけてない様子で、ぼんやり空を見上げていた。

「何度も言うが、俺は組織には入らない」

「ええ、分かっています貴方を組織という鳥籠に閉じ込めるのは至難の業。ですから、一日私に力を貸して頂きたいんです、それで借りを返した事にして差し上げます」

 そう言うとフィオーレは軽くウィンクをした。

 溜め息がこぼれる。だが、借りを作ったままでいるのは気分が良くない。返せるなら返してしまうべきだろう。

「分かった、それで……何をしたら良いんだ」

「ついてくれば分かります」

 俺は仕方無くフィオーレについて行くことにした。ヒヨが後ろをちょこちょことついてきている。仕切りに後ろを気にしながら。

「普通に声をかけたら良いだろう」

「おや、察しが良い」

「あの鳥はお前が用意したものだろう? それとあの男も全てお前が仕組んだ物だな」

「ええ、小鳥はささやかな贈り物ですよ」

 フィオーレの言葉に俺は心底呆れる。この男は油断出来ないと改めて思い知らされる。

「貴方が熱を出していた事は知っていました、それでもあんな低レベルな男に殺されるなら、それまでの人間だったという事ですよ、シラン」

 ちらりと見たフィオーレはうっとりと俺を見ていた。目が合い体を何か冷たいものが走る。

「貴方は本当に期待通りの行動を示してくれますね、ますます欲しくなりました」

 俺は何度目になるか分からない溜め息を小さく吐いた。

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