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華は歌い続ける12

「お前、名前は?」

 建物の中を移動中、タツミが不意に問いかけてきた。俺は沈黙する。

「お前は俺の名前を知ってるんだ、教えろよ」

「……シラン」

「シラン? 花の名前か」

 筋肉に塗り固められた男タツミが、花の名を知っているという事に、俺は少し驚いた。タツミがそんな俺を見て、俺の言わんとしている事が分かったのか頭を軽く叩いてきた。

 そのまま俺は、軋む床の音に急かされるように部屋に連れられた。どうやらここがタツミの部屋らしい。入った部屋の正面にソファーや机が並んでいる。どこか他の部屋とは雰囲気の違う場所だった。だが、壁の表面が崩れ、窓が割れているのは他の部屋と変わらない。

 俺は乱暴にソファーに投げ捨てられた。

「服を脱げ」

「……、断ると言ったら?」

「お前は、自分の状況が分からないほど馬鹿じゃないだろう? それとも脱がして欲しいのか?」

 タツミがにいっと笑った。日に焼けた肌のせいか、剥き出された歯が白く際立つ。

 俺は渋々、服を脱いだ。

「下もだ、ほらさっさとしろ」

「……っ」

 しっかり衣服を身に纏うタツミの前、俺は一糸纏わぬ姿を曝した。屈辱感が俺の胸を締め付ける。逃げ出したい衝動に駆られるも、それを堪えた。

 何をされるのか、予想が出来ていた俺は、身構える。だが、不意に何かが俺を覆った。

「……なんだ」

 俺に被せられた物は、どうやら着物のようだ。紫色の生地に淡い色の蝶が舞っている。

 この着物の意味を思い出した。俺はどうやら、タツミに気に入られたようだ。

「お前にぴったりな色だろ、今着付けてやるから待ってろ」

「出来るのか?」

「こう見えて、器用なんだぞ」

 半信半疑だったが、タツミの手により器用に着物を着させられた。人は見かけによらないものだ。

 そのまま俺はソファーに座らされる。タツミも隣りに腰掛けた。

「さて、お前が此処に来た真意を、聞こうか」

「……どういう意味だ」

「お前の目的が、あの男を逃がすだけとは考えられねえんだよ」

 そう言って、タツミが顔を覗き込んでくる。真っ直ぐに目を見据えられ。心の奥まで暴かれるような不可解な感覚にたじろぐ。

「目を見りゃあ分かる。 もっと他に大事な事があるんだろ? ほら、言ってみろよ」

「……俺は……、歌を探している」

 タツミは不思議そうに首を傾げた。当然だろう。歌を探していると言われて、すぐ理解出来る筈がない。

「不思議な、歌なんだ。心にある感情を呑み込むような……。アンタなら何か知っているかと思ったんだが」

「……歌か、お前が言ってる歌かどうかは分からねえが、此処に歌を歌う奴が居たぞ」

 俺の心臓が高鳴る。凍った感情の底から、熱い期待が込み上げてくるのを感じた。

「会わせてくれないか?」

「残念だが、そいつはだいぶ前に此処を逃げ出しちまったんだ。気に入ってたし、可愛がってたんだがな」

 俺の感情は急激に冷めていった。だが、何か引っ掛かるものを感じる。

 タツミの元を離れた、タツミのお気に入りの人物。

「そいつの名前は?」

「それがそいつ、此処に来たときから名前を覚えてねえって言っててな、名前は分からねえ。俺が名付けてやってもすぐ忘れちまうんだ」

 どくんと心臓が跳ねた。だが、有り得ないだろう。ろくに会話も出来ない男が、歌えるのだろうか。人違いかも知れない。

「シラン」

「……な、なんだ?」

「俺もお前に聞きたいことがある」

 俺は軽く目を瞑り、混乱し始めた思考を一旦停止させ、感情をしまい込み。タツミに意識を向けた。

「お前、フィオーレを知ってるか?」

「ああ、知っている」

 俺はあの胡散臭い笑みを浮かべる、長髪の男を思い出した。どうにもああいうタイプの人間を好きにはなれない。俺が頷くと、タツミは真剣な表情になった。

「どこで会ったか分かるか?」

「正確な場所は分からないが、此処から遠くはない場所で会ったぞ」

 タツミは「そうか」といって黙り込んでしまった。タツミとフィオーレには何か関係があるのだろうか、俺はじっとタツミを見る。視線に気付いたタツミが頭をバリバリ掻きながら苦笑いする。

「俺がまだ組織……"ディオ"に所属してた頃。アイツは、この国を援助するという事で遠い国から来たんだ。だがな、助けるだとか言いながら、裏で武器や麻薬を撒き散らしてた張本人は、アイツだったんだ」

 タツミは話しをしながら、どこか遠くを見て悔しそうに拳を握り締めている。

「アイツは元々この国を狙ってやがった。この国を自分のものにするために……、クソッ、俺がもっと早く気付いていたら」

「つまりは、古くから二人は犬猿の仲なんだな」

「まあ、そうだな。それでアイツは今自分の思惑を知っている俺を排除しようとしているってわけだ、俺も易々やられるつもりはないがな」

 今はフィオーレにとって、この国を手に入れる絶好の機会、だが未だに勢力を保っているタツミは、フィオーレの野望を推し進めるのに邪魔な存在というわけだ。なんだかややこしい事に巻き込まれた気がして俺は少し頭が痛くなる。

「チッ、それにしてもアイツ等、もうそんな近くまで来てるのかよ。銀髪の野郎の事もあるのに」

「……銀髪……」

 ズキッと頭が軋む。欠けた記憶の断片に、歪んだ笑みを浮かべる人物が居る。だが、思い出せない。否、思い出したくないのかもしれない。

「獣じみた男でな、生きてるものなら何でも食らいつく、最近この辺りで暴れまわってんだ、俺の仲間もやられた」

 くらくらする。一気に情報が流れ込み、上手く処理できない。消化不良を起こした脳が悲鳴を上げる。

「おっと」

 気付けば俺はタツミに寄りかかっていた、俺を受け止める逞しい腕が見える。

「すまない、少し疲れた」

「そうだな、なら少し休め」

 タツミの、ごつごつした手が俺の頭を撫でる。何故だが心地良い。俺はその手に懐かしさすら感じていた。

 どのくらいそうして、頭を撫でられていたのだろう。気がつくとタツミは部屋に居なかった。

 柔らかなソファーから起き上がる、周りを見てもやはりタツミは居ない。これは、逃げる絶好の機会なのかも知れないと、俺は扉に近寄る。鍵は掛かっていない、俺はゆっくりと扉を開けた。

「おっと、どうかしたのか」

 扉を開くと、見張り役なのか、あの時の優しそうな雰囲気の男が居た。 男は他のタツミの部下に比べるとやはり細身で、どこか身に纏う雰囲気も違っていた。常に人懐っこい笑みを見せるその姿は、人に飼い慣らされた小型犬を連想させる。

 俺が目の前の男を観察しているとその男は、フィオーレとはまた違った、人工的な金色の髪を微かに揺らしながら、俺の顔をのぞき込んできた。俺は、怪しまれているのだろう。

「……気付いたらタツミが居なかったから、どうしたのかと思って」

「ああ、リンドウさ……じゃなかった。タツミさんは忙しいからな。今は行方不明になった仲間を探しに出てるよ」

 俺の咄嗟についた嘘に男は疑いもせず、少し黙って何かを考えるような仕草をする。そうかと思えば何かに気付いたように俺に笑いかけてきた。

「そっか寂しいんだな?」

「……違う、俺は脅されてここに閉じ込められているんだ、隙あらば逃げだそうとしているのに寂しいなんて……っ!」

 つい余計な事まで言ってしまった。これでは「脱走しますよ」と言っているようなものだ。もしや、この男は意図的に俺の本心を引きだそうとしているのかと、警戒しながら男の様子を窺うが、男は先程と変わらずにこっと笑っている。どうやら違うようだ。

「ただ、部屋で待ってるだけじゃあつまんないよな。うんうん、分かるよそれ」

「……」

「でも、むやみに外に連れ出せないからな。……あ、そうだ掃除くらいならさせられるかも」

 それにしても随分お喋りな男だ。一人で散々喋った後、ふらっと居なくなる。姿を消したかと思えば、箒を二本持ってまた戻ってきた。

「じゃあ、俺の後をついて来るんだぞ」

 そう言うと、男は廊下の掃除を始めた。俺は渡された箒を見て溜め息をつく。

「何故、掃除なんだ」

 この男のペースに巻き込まれるのは少し癪だが、仕方無く俺は男の後を追い掃除を始める事にした。

 何もせず部屋に居るよりは良いと、自分に言い聞かせながら。

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