華は歌い続ける11
男に引きずられるように、俺は建物に連れ込まれる。
大きな出入り口の中に入ると、入ってすぐ茶色い木製の倒れた棚に出迎えられた。それを踏み越え進むと、廊下に辿り着く。辿り着いた廊下の左右には、大小バラバラの机と椅子が高く積まれている、それに何の意図があるか俺には分からないが、男の姿を見失わないようにそれを横切りながら歩く。ギシギシと、歩く度床は嫌な音を立てた。
「……っ!」
「あ? 何やってんだ」
突如床が抜け、俺の体が傾いた、すかさず男が俺を軽々しく抱き上げる。
ふわりと俺の体が浮いた。今更ではあるが、その男の体は羨ましい程、綺麗に筋肉で固められている。俺はどんなにダガーを振り回し、体を鍛えても、こんなに綺麗な筋肉を得ることは出来なかった。その男との体格の差に、男として少し複雑な気持ちになる。
「タツミさんに持って行く前に、傷つけちゃあ困るからな、大人しくしとけよ」
俺は荷物のように、男に軽々しく持ち上げられ、運ばれる。
手入れを放棄されていたのか、この建物の壁の表面は崩れ、床には大きな穴があり、目の前の廊下は行き止まりとなっていた。
「ちっ、ここも穴ができたか」
「ここも」という事は他にも、穴があり通れない場所があるようだ。男は舌打ちした後、くるり向きを変えて、別の廊下を歩き階段を登る。俺は、二階にある一番奥の部屋に連れて行かれた。ここにタツミが居るのだろうか。
部屋に入るなり、乱暴に床に放り投げられ、軽く体を打った。痛みを感じるも、俺は立ち上がる。だがその時には、久々の餌を食らおうとする獣のように、瞳をギラギラさせている先程の男同様、体格の良い男達に囲まれていた。
「タツミは居るのか?」
「あ? いきなりタツミさんに会わせるわけないだろ、先ずは俺達が毒味してやる」
「こりゃあ、上物だな! 見ろよ女みてぇに細っこい体してるぜ」
複数居るうちの一人が、俺が密かに気にしている事を口にした。騒ぎを起こせば作戦は失敗に終わる、しかしキリには悪いが、こんな男達に体を良いようにされるわけにはいかない、俺はダガーの柄に手をかけようとして、ダガーが無いことに気付いた。置いてきた事を俺はすっかり忘れていたのだ。
これは、マズい。
俺は後ずさる。
逃走を試みようと目論むが、後ろに居た先程の男に羽交い締めにされた。
「今更、逃げれねえよ? ここのルールは来るもの拒まず去るものには死を、だ」
そう言って男は、俺の耳に口を寄せた。ねっとりとした男の舌で耳をなぶられる。
「うっ……、くっ」
鳥肌が立つ。悪いが俺にはそんな趣味はない。耳を同性に舐められても感じる筈がない。しかし両腕の自由を奪われ、武器もない、下手に抵抗すれば、作戦が失敗に終わるという状況下の中、俺は男にされるがまま、何も出来ずにいた。
俺を囲む男達が、一体何に興奮したか分からないが、鼻息荒く寄ってきた。狂った男に追われるのとはまた違った、危機感を全身で感じる。
「ま、待ってくれ、……この部屋は少し明るすぎる。……俺は初めてなんだ、せめて部屋を暗くして欲しい」
男として生きるため、今はプライドを捨てて、男達に言えば、俺のその反応に気を良くした男達が窓を分厚いカーテンで遮った。部屋が薄暗くなる、相手の顔が判別出来ないくらいに。
焦る感情を殺し、俺は一瞬目を閉じた後思いっ切り、ブーツの踵で背後の男の足を踏みつけた。
「いっ!?」
少し手が緩んだ隙にその手の甲にキリから渡されたフォークを突き刺す。
まさか、使う場面が訪れるとは思わなかった。もしもの時、何もないよりは良いと、キリに鋭く先の尖ったフォークをここに来る前に渡されていた。万が一見つかったら「ぼく、食いしん坊なんです」と言って可愛く笑えば大丈夫という、アドバイス付きで。正直、それはどうかと思ったが。
俺は男の手から逃れ、フォークを抜き。男から離れる。男は頭に血が上ったのか、目の前の男を殴った。
「いてぇな! 何すんだ」
殴られた男も、また誰かを殴りこうして部屋の中は混乱状態に陥った。その隙を見て俺は部屋を出る。
時間は無い。だが、キリの弟アヤメの居場所も分からない。俺は手当たり次第に部屋のドアを開けアヤメを探す。
「おい、お前……勝手に部屋を出たらダメだろ」
不意に、男に声をかけられ腕を掴まれた。もう見付かってしまったかと、内心焦るも、男はどうやら先程の部屋に居た男ではないようだ、俺を囲われ者と勘違いしている。
他の男に比べると、細身に見えるその男は、どこか優しそうな雰囲気を出している。俺は誤魔化すため、話を合わせる事にした。
「すまない、部屋が分からなくなって」
「たく、バカだな。俺じゃなかったらお仕置き部屋に直行だったぜ? 感謝しろよな」
そう言って男は俺を、二階の、先程の部屋とは反対側の位置にある部屋に案内した。ドアの上にあるプレートが目に入る。掠れているがそのプレートには「音楽室」と書かれていた。見覚えのある文字を、俺は曖昧な記憶の中から探そうとする、だが俺が記憶を思い出す前に男が鍵を開けドアを開けた。開かれたドアの向こう、壁には不気味な肖像画が並んでいる。その下で中性的な顔立ちの華奢な少年達が肩を寄せ合い震えていた。異様な光景だ。
だが、俺の隣りに居る男を見ると少年達は息を吹き返したように、一斉に目を輝かせた。
「お兄さんだ! お兄さん」
「本当だ、お兄さんだ」
隣りに居る男はここに居る華奢な少年達から好かれているのか、先程まで震えていた少年達が立ち上がり近寄ってきた。男もニコニコしながら頭を撫でたり話を交わしたりしている。確かにこの男は他の奴等と比べ雰囲気が優しい、好かれるのも分かる気がした。
男が少年達に囲まれているその間に、俺はアヤメを探していた。淡いミルクティー色の髪に黒い瞳、左目の下に黒子がある少年がアヤメだ、キリに聞いた言葉と照らし合わせながら少年の顔を見る。すると、部屋の隅に座る少年と目があった。
「お前がアヤメか?」
「え、なんで僕の名前を知ってるの?」
「話は後だ、行くぞ」
俺はアヤメの腕を掴み、部屋を抜け出す。流石にその男も気付いたのか、後を追ってきた。
「おい、どこに行くんだ? また迷子になるぞ」
俺達は振り返らず、走る。階段を降りた頃には建物内も騒がしくなり始め、俺達は複数の足音から追い回されていた。
来たときと同じ道を走る。アヤメは必死についてきていた。不安そうな視線を背中に感じ、俺は言葉の代わりに手を強く握り締めた。走り続け見えてきた来たときに通った広い出入り口を抜ける。開かれたままの門が見える、あれを抜ければ俺達は自由だ。だが、背後から地鳴りのような声が響いた。
「門を閉めろ! 脱走者がそっちに向かったぞ」
門が閉まっていくのが見える。行く手が閉ざされた、だがこれで門番の足止めが出来たことになる。俺は門ではなく塀に向かってアヤメの手を引き、走る。塀は俺よりも高く、俺より小さいアヤメ一人ではとても越えられない。俺は、有無を言わさずアヤメを肩車した。
「え、わわっ」
「塀を越えたら、振り返らず走れ。キリがお前を待っている」
アヤメは少し躊躇うが、頷き、ふわりと塀を越えた。そして言った通り走っているのだろう。遠ざかる足音が聞こえた。
だがその直後、男の大きな手に頭を掴まれ、俺はそのまま塀に押し付けられた。
「逃がしても無駄だぜ、必ず見付けて始末する」
「アンタ等は随分暇なんだな」
「テメェ!」
「……ぐっ」
強い力で、塀に押し付けられ、圧迫される。だが、不意に頭から手が離れた。何事かと、顔をあげようとしたが頭にあった手の代わりに太い二本の腕が俺を抱き上げる。思考がついて行かず、何が起きたか判断するのに時間が掛かった。
「これが、騒ぎを起こしたやんちゃな猫か、どれどれ」
俺を抱き上げる男の、短く切りそろえられた硬そうな黒髪が、陽の光に照らされているのが目に入る。
男は力強い光を放つ瞳で俺の顔を覗き込んでいた。
俺もまたその男を見る。その男の頬にある、男の勲章のような傷がよく目立つ。だが、目立つのは傷だけではない、その男の体格は他の男よりも更に逞しく、袖の無い服から、その筋肉質な肉体を惜しみなく曝している。
その男は他の男と違い、この状況を楽しむ余裕があるようだ。男は先ほどから落ち着いた様子で俺をじっくり観察している。
「た、タツミさん! 危険っスよ、もしかしたらフィオーレの刺客かもしれねぇし」
どうやらこの男が、タツミのようだ。周りは焦るような声でタツミを止めようとするも、お構いなしといった様子のタツミに、俺は抱きかかえられた。
「決めた、コイツを俺のモノにする」
俺も含め。その場に居た全員が言葉を失い驚きを隠せずにいた。タツミは、真夏の眩しい太陽のように笑い、その肉厚な唇を開く。
「逃げれば、殺す。拒めば、さっき逃げた奴を探し出して殺す。……さあ、どうする?」
問い掛けるも、俺には選択する余地がない。その上、この状況では逃げられない。今は従うしかないようだ。
「……わかった」
「さっきの奴の分まで、しっかり俺を楽しませろよ?」
俺の答えに、タツミが満足そうにニカッと笑う。その逞しい腕に抱かれ、俺は再び建物に連れて行かれる。
いつの間にか空は晴れ、気まぐれな太陽が顔を覗かせている。俺はタツミの腕のなか、ヒヨの瞳のように青い空を仰いだ。




