華は歌い続ける10
ホテルの内装は随分派手だ、派手な柄や色合いで纏められていて、少々落ち着かない。だが所々、内装が崩れているも、俺が今まで見て来たどの建物より、建物としての機能を果たしているように見える。
「随分と綺麗だな、此処は、あまり崩れてもいないようだし」
「ん、ああ。最初は酷かったけど、みんなで片付けたりして。暮らせるように直したんだ。でも三階から上は崩れてて入れない」
男の話しを聞きながら歩いているが、部屋の前を通ると突き刺さるような視線を感じた。このホテルの住人の目だろうか。きっと、俺が敵かどうか見定めているのだろう。俺は男に案内されるまま、赤い扉の部屋に入る。男が蝋燭に火を灯した。ぼんやりと見える部屋の内装も、やはりここまで来る間に通った、フロントや廊下同様派手だった。一体何のホテルなのだろうかと、疑問に思ってしまう。だが目についたのは内装だけではない。中央に大きめのベッドが置いてある。目的のふかふかベッドだ。純白のシーツは見るからに肌触りが良さそうである。俺はすぐにそのベッドに身を沈ませたかったが、ヒヨ達が居る手前、それは出来ない。気持ちを抑えつけ、俺はベッドに腰掛けた。
だが、そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、ヒヨは勢い良くベッドに飛び込んできた。反動で俺の体が僅かに浮く。
ヒヨを睨みつけるも、悪びれる様子も無く、ヒヨは楽しげに足をパタパタさせている。
呆れた俺は、ヒヨから視線を逸らし、俺達より先に入り、蝋燭に灯りをともしている先程の男に視線をやると、目が合った。
「あ、そういやまだ名乗ってなかったな! 俺はキリ、弟はアヤメって言うんだ。アンタ達は?」
「俺はシラン、こいつはヒヨだ」
「宜しくな、シラン。それで、二人って特別な関係なのか?」
唐突な問い掛けに、俺は本日何度目になるか分からない溜め息をついた。
「そんなんじゃない、ただ……一緒に居るだけだ」
「そっか、でもなんか……二人とも互いに信頼してて、スゲェ良い関係に見えるんだけどな」
実際、ヒヨと自分の関係は曖昧だ。だが、俺はこの近すぎず、遠すぎない一定の距離を保った関係が好きだ。会話を打ち切るようにキリから視線を逸らした俺は、チラリとヒヨを見る、ヒヨは既に幸せそうに寝息を立てていた。
「それで、作戦について聞かせてくれるか?」
「ああ、タツミは強いからな、正面から行っても勝てない。だから、侵入してアヤメを救出する」
「……侵入?」
その言葉に嫌な予感がしたが、ここまで来てしまった以上今更逃げ出せない。
「シランがタツミの囲われ者として中に入るんだ」
どうやら嫌な予感は的中したようだ。多分、今俺の顔は青ざめているだろう。タツミの囲われ者になるという事は、すなわちこの身を、タツミに差し出すという事だ。素直にこの作戦を受け入れられない。
「……自分では出来ないのか?」
「俺は顔を知られてるから、中に入ってもきっとアヤメに会わせてくれねぇよ」
「……」
「頼むよ! このままだとアヤメがあのケダモノ達に食われちまう」
俺だって食われたくはない。だが、暫く悩むも他に策は思い付かず俺は渋々小さく頷く。すると先程まで暗い表情をしていたキリが、ぱあっと表情を変えた。調子の良い奴である。
「本当にありがとうな! あ、後その武器は置いていった方が良い」
「何故だ?」
「見つかったら、色々面倒だし、隠す場所なんてないだろう?」
俺はその意味を理解して、それ以上何も言えなくなった。言われるがままにダガーが入った鞘を取り外し、キリに預ける。キリは、申し訳無さそうに、俺のダガーを受け取った。
「本当に……悪いな、こんな事に巻き込んで」
「今更だな。だが、やると決めたのは俺だ。……俺が居ない間、ヒヨを頼む」
キリに弟の特徴等を聞き、明日作戦を決行すると決めた後、キリは寝ぼけているヒヨに何か話をして「おやすみ」と言い笑顔で部屋を出て行った。
ドアが閉まると俺は、再びベッドに眠るヒヨと二人っきりになった。幸せそうな寝顔、柔らかそうな栗色の毛、着物から見える男にしては細く、色白な素肌はぞっとする程艶めかしい。
俺はそっと、起こさないようにヒヨの隣に横になった。
不意にキリが言った「特別な関係」という言葉を思い出し、自分に問いかける。ヒヨが傍に居たいと言うなら、自由にすれば良い。離れると言うならそれもまた自由だ。ヒヨとはそれだけの関係だ、それで充分だ。自問自答を繰り返し、俺はいつの間にか眠りに落ちていった。
目を覚ます。窓から日差しは差し込まないが、ぼんやり部屋が明るくなっている、どうやら朝のようだ。目は覚めた筈だが、空色の瞳が俺にはぼやけて見える。そこでやっと、ぼやける程近くにヒヨが居ることに気付いた。起きようとするが手はしっかりヒヨに握り締められていて起き上がれない。
「ヒヨ、もう起きる」
だがヒヨは手を離さない。どうしたものかと、悩むも不意にヒヨが身を乗り出し、俺の頬に軽く唇を寄せてきた。
「……あさ、起きたらするんだって。したらシランよろこぶって」
どうやら、ヒヨはこれがしたかったようだ。だがこんな余計な知恵を一体どこで覚えてきたのだろうか。不意に笑い声が聞こえ、俺は視線を声のする方へ向けた。いつの間にかキリが部屋に入って来ていたようだ。
「お前か」
「なにが? 俺はな~んにも言ってないぜ」
ニヤニヤ笑うキリを強く睨み付け、俺はいつまでもくっついているヒヨを引き離し起き上がる。
「今日、行くんだろう? 案内してくれ」
「分かってるよ、でもその前にちゃんとヒヨちゃんに行ってくるって言えよ」
全くお節介な奴だ。ベッドの上で状況を知らないヒヨは、首を傾げながら此方を見ている。
「ヒヨ、俺は今からタツミの所に行ってくる。俺が居ない間大人しく待っていろ。キリ、俺のダガーはヒヨに渡しておいてくれ」
「ああ、わかったよ」
それだけ言って、ヒヨのそばを離れようとするが、ヒヨに腕を掴まれ引き止められる。
「……もどって……くる?」
「ああ、必ず戻ってくる」
俺が頷けば、ヒヨは嬉しそうに笑って手を離した。もう少し駄々をこねるかと思っていたが、案外あっさりとしている。
「シラン、いってらっしゃい」
ヒヨの声を背に受けて、俺はキリと共に建物を出た。来たときと同じように、右に左に曲がり、抜け道を通り、時には塀を登り大通りに出る。
「正面に見える、あの建物がそうだ」
大通りに出ると、キリがぽつりと呟いた。正面に見えるのは二階建ての落ち着いた灰色の壁の建物。窓が多く、その四角い窓は割れているものが多い。元は何の建物だったのか俺には分からないが、見覚えがあるような気がした。その建物は塀に囲まれ、正面には大きな門があり、体格の良い男が二人立っているのが見える。
「ここまで、来れば大丈夫だ」
「シラン、気をつけろよ」
そう言って、キリが何かを差し出してきた。銀色に煌めくソレは、何の変哲も無いフォークだった。
「これを何に使うんだ」
キリは、にこっと笑い耳打ちするように俺にフォークの使い道を伝授してきた。だが、俺はそれを使うことは無いであろう、フォークをポケットに滑り込ませ。キリと別れる。
そのまま建物に近寄ると、二人の男が俺に気付き、近寄ってきた。
「お前、何の用だ?」
「ここに、タツミが居るんだろう? 俺は自分では戦えない非力な人間だ、だからタツミに守って貰いたくここに来た」
「それにしちゃあ、随分落ち着いてるな」
男が疑わしい目で俺を見ている、ここで下手に動揺すれば作戦は失敗に終わる。俺はいつものように感情を殺した。
「まあいい、ついて来い」
一人の男が、門を開き、俺は引きずられるように建物の中へと連れ込まれた。




