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華は歌い続ける★

華は歌い続ける05からの出来事をギルドラ視点で書いた、番外編です。

視点がギルドラになっていますのでご注意下さい。


 ギルドラの想いはシランに届いていたのだろうか。

この話しを飛ばしても内容は伝わります。


俺は、俺より小さくて幼いガキにキスをした。

 半分はからかうため、もう半分は結構本気だったりする。いや、本気って可笑しいだろ。

 俺は男だし、ガキとは言えシランも男だ。確かにシランは男にしては綺麗な顔立ちをしているし、成長が色んな意味で楽しみでもあるが。いや、だから可笑しいだろ、俺。


 ガキに何を期待しているんだろうか、俺は自分に呆れながらも目的地に歩みを進める。

 瓦礫の山を越えて、まだ微かに昔の面影を残す建物の中に入る。この建物は昔、安くて種類が豊富なハンバーグを販売する店だった。シンボルマークがまだ僅かに残っているも、中は悲惨だ。おおよそ、狂った奴等が暴れた上に食べ物を探す人間達に荒らされたのだろう。窓は割れて、テーブルは崩れ調理場に至っては入れやしない。

 好きだったんだがな、こういった店。手軽で、入りやすい雰囲気の店は俺に合っているような気がしていたし、何より「アイツ」とよく来た店だ。

 ふと窓際にある椅子に座り俺は懐かしい記憶を思い出す。

 「アイツ」はいつも眉間にシワを寄せて、この窓際の席に座って悩んでたっけな。それから母親顔負けな勢いで俺を叱ってきた。適当に話しを聞き流すとその度可愛い顔を台無しにするくらいさらに叱りつけてくるのが、酷く懐かしい。だがそれを不快に感じなかったのは、「アイツ」が本気で俺を想っているのが伝わっていたからだ。

 俺が思い出に浸っていると、不意に入り口で物音がする。灰色の布を全身に纏う商人がやってきたのだ。

「よお、待ってたぜ」

 ここは馴染みの商人がよく来る場所だ。俺は最初に用意した狂った男から奪った武器を商人に渡し食糧と交換して、食糧を受け取れば会話も早々に切り上げ足早に建物を出た。

 理由は単純、寂しがり屋なガキを待たせてるからだ。


 初めてシランを見た時、昔の自分を見ているようで思わず手を差し伸べた。戸惑いと悲しみを宿した漆黒の瞳が俺を微かに見た時にはもう、アイツを抱えていた。

 アイツ、シランはどうやら自分では上手く感情を隠しているつもりになっているみたいだ。俺もそれなりの修羅場を乗り越えたがシランもまた修羅場を乗り越えてきたんだろう。その結果感情を抑え込むようになったんだろうが、それは酷く脆い。少し甘やかせば簡単に感情が溢れるシランはやっぱりまだまだガキだ。その脆さと儚さが何故だか俺には愛おしく見えてしまう。

 たまに嬉しそうにしたり、悲しんだり、照れたりする表情を見せられると妙に胸が高鳴るのを感じずには居られなかった。

 最初は自分のその突発的な行動に呆れもした、犬を拾うのとは訳が違う。ましてや自分の身で精一杯なこの世界で他人の面倒なんか見てられない。そう思っていたのにだ、今じゃすっかり目が離せなくなってる。これはかなり重症だ。


 朝は雲があったが、今になり空を見ると実に久しぶりの晴天が広がっている。だが俺にはその天気は憂鬱でしかない。暖かな日差しが鬱陶しく感じる。

 もうすぐシランが待つ廃墟ビルの前だと言うのに、俺は耳障りな雑音に呼び止められた。

 どうやら俺は、後をつけられていたようだ。

「ギルドラじゃねぇかァ、まだ生きてたのか」

 目の前には痛んでバサバサになった銀色の髪に、歪んだ瞳を持つ男が立っていた。男の舌をチラリと見せる仕草は、蛇を思わせる。

 忘れもしない、この男はあの日、武器の売買の現場で俺の相棒である「アイツ」を撃ち殺した張本人だ。

「お前、よくも俺の前に現れられたな」

「まァな、オレは過去を気にしないタイプなんでな」

 俺の怒りが簡単に上がっていく。つい我を失いそうになるのを抑える。目の前でニヤニヤ笑う男は更に言葉を続ける。

「そういや、犬を拾ったみたいだな」

「…………」

「可愛がってんのか?」

 俺、落ち着け。コイツの言葉になんて耳を貸すな。しかし、思いとは裏腹にいつの間にかダガーに手をかけている自分が居る事も分かっていた。


「アイツの親はイイ声で鳴いたぜ」

「……っ……」

 ドクンと心臓が跳ねる。視界が怒りで赤く歪んでいく。俺の中の警鐘が鳴り止まない。

「あのガキは俺が殺す。殺し損ねたままじゃあ、オレの気が済まないからな。……あのガキはどんな声で鳴くんだろうな?」

 男の笑い声が、遠くに聞こえる。視界が歪む。それでも俺の視界には男の姿がはっきりと見えていた。気が付けば地面を蹴り上げなりふり構わず男にダガーを振り上げていた。だが、振り下ろしたダガーは虚しい音を立て空を切る。

 瞬間、背中に強い痛みを感じ俺は地面に倒れ込んだ。握っていたダガーが手から離れる。冷静さを失った俺を倒す事なんて、赤子の手を捻るより簡単だろう。だがまだ、ここで終わるわけにはいかない

 「アイツ」を殺し、シランの母を奪い、今度はシランにも手をかけようとするこの男を生かしてはおけないという気持ちだけで、俺は立ち上がり男に拳を振り上げる。


 馬鹿だった。なんで俺は。

何かが腕に突き刺さる。見間違う筈がない、それは俺のダガーの刃。

 馬鹿だ。怒りのあまり、また我を失っちまった。

 ダガーを拾わず素手で殴りかかった俺を待っていた展開は、今まで俺と共にあった筈の刃に突き刺さられるという愚かな結末。男は何度もダガーで俺を切りつける。


 俺は地面に情けなく崩れた。男が放り投げたダガーが地面に突き刺さっているのが見える。

「つまらねぇ、結局あの日から何にも進歩してねぇな。お前」

 強烈な言葉を残し、男は飽きたように俺に背を向けて、去っていった。


 俺の意識はまだある。早く帰ろう。シランが待っている。

 だが俺の中の何かが確実に崩れていくのを俺は感じていた。


 それからどうやって、俺はシランが待つ廃墟ビルまで辿り着いたのだろうか、その記憶は曖昧だ。だが、確かにシランの泣きそうな表情を見たような気がする。

「……俺は結局……あの日から何も変わっちゃいなかったんだな……」

 今の俺にはシランの涙を拭ってやる資格もない。

 俺にはもう、シランは守れない。それならば、俺に出来る事はなんだろうか。俺はそんな事ばかり考えていた。なんでさっきからシランの事ばっかり考えてるんだ、俺。可笑しいだろ。

 いや、可笑しくなんかないか。俺はシランの事をきっと。

 そこまで考えて、俺の意識は覚醒する。どうやら眠ってたみたいだ。体はまだ痛むがどうにか動ける。だが、どんなに見渡してもそこにシランは居ない。

 俺は狂いそうな黒い感情に焦がされていた。歪んだ感情は愛しさをねじ曲げて憎しみに変えていく。

 シランが愛しい。

 シランが憎い。

 二つの感情が俺の中で暴れている。そんな時にアイツは、シランは帰ってきた。食糧を抱えたシランを見れば俺の為にわざわざ取りに行ったと分かる。それなのに俺は。

 気付くとシランの首を絞めていた。苦しそうにもがくシランの濡れた瞳に、苦痛から洩れる喘ぐような声に、俺の体は快楽を感じていた。

「う、ああああ!」

 俺の叫びが建物に響く。俺は慌てて飛び退いた。自分の考えていた事に思わずゾッとする。これでは、あの男と大差ないな。全く、呆れたものだ。自分の事は自分がよく分かってる。俺はもうダメだろう。

 ならせめて死ぬときは人のまま、死を迎えたい。なんて我が儘だろうか。これ以上大切なものを壊してしまう前に終わりにしよう。身勝手で馬鹿な俺を許してくれとは言わないが、どうか理解してくれ。なんて柄にもない事を考える。


 俺はダガーを構えたまま放心状態なシランを、そっと抱き締めた。胸に走る鋭い痛み。シランが構えていたダガーの刃が深々と突き刺さっている。溢れ出す紅はダガーを伝いシランの指を濡らした。放心状態だったシランの表情がみるみる青ざめていく、その姿を見て俺は何故か安心した。

 俺にはこれしか思い付かなかった。本当はもっと他にもシランに伝えたい事はあったんだが、仕方ない。シランは飲み込みが早いからきっと俺が伝えたい事をちゃんと理解出来るだろう。

 それと、もう一つ俺には伝えたい言葉があった。

「ありがとう」

 言葉になったかどうか分からない。薄れていく意識の中、泣き出すシランの顔が見えたような気がした。その涙を拭う事はもう俺には出来ない。


 俺は最期の時に何を思っていたのだろう。後悔か、懺悔か、幸福か、それとも愛なのか。今となってはもう何も分からなかった。

また次回から視点がシランに戻り、話は続いていきます。


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