プロローグ
悪戯に文明を進めた人間は力を手に入れた。力は武器であり薬であり、形は無限だった。しかし力は徹底的に管理され国で定められた一部の人間しか力を手に入れられない……筈だった。
だが力は何処からか漏れて行き、使い方を知らない人間達ですら簡単に力を手に入れていった。
力を手に入れた人間は力を自由と思い込み自由と無秩序を履き違えた人間で世界は溢れた。
一般的なのが薬、通称「フェリチタ」と呼ばれる麻薬だ。狂った人間は必ず薬をやっているとも言われている。
薬がもたらす一時の快楽に、人は逃げた。「フェリチタ」はたった一度使っただけで、逃れられなくなる程、中毒性が高かった。
効果は、体が軽くなる、悩みが消える、気持ち良くなるといった所だ。気が触れるよう作られ意図的にばらまかれたこの薬は、麻薬売人の巧みな話術により、心身共に疲れていた国民の心の隙間に入り込み栄養剤の一種として、秘密裏に売られていた。
肉体的には何も変わってはいないのに、薬をやった者は自分が強くなったと思い込む。だが思い込みの力は予想以上の力を発揮させた。思い込みがその人のもとからある力を最大限まで引き出させたのだ。薬の使用は男性が多く、女性がこの薬を使うと堪えられず狂い死にすると言われている。
そして勘違いした者達は自分の力に酔い、その力を試すように、弱きもの《おんな》を引き裂き、物や金を奪い続けた。
当初、政府はこれを注視してはいなかった。以前から出回っている麻薬と変わらない物だと判断していたのだ。だが、「フェリチタ」は麻薬売人と、発達したネットワークにより国内全土に広がり、薬を手に入れた者達が一斉に狂い始めた。
国家が用意した治安部隊と狂った者達の攻防が続く中、どこからか大量の銃器や刃物等の武器も街に流通し始め、もう誰にも漏れ出す力を止めることは出来なくなっていた。
人間達は力に魅了され、狂った獣のように自らの手で自らが造り上げてきた文明を壊し始めた。
荒れ果てた世界でやがて女は姿を隠し、狂った男だけが取り残された。男は新たな生命を宿せない、減りはしても増えることはない。連れてきた女もすぐにまた姿を消してしまい、絶滅の危機を迎えた世界は、破滅への道を歩み始めた。
初めこそ立て直そうと様々な政策が行われた。だが結局「力」を抑える事は出来ず、最終的に強い国に助けを求める事しか出来なかった。しかし、他国の人間の侵入は更なる力を悪戯に人間に与え、最早立て直す所の話しでは無くなった。
無意味な責任の追求、内輪もめを繰り返し事態は良くなるどころか国民の生活はより苦しくなっていった。
財ある者は早々にこの国を捨てた。
そして政府が最後に、置き土産のように残していった諸刃の剣のような軍事主力部隊「ディオ」は、生き残った人間を呑み込み組織を広げ、闇雲に砲弾を放ち続けた。爆撃を受けたかのように建物は崩壊し、爆風により草木や大地は枯れた。後の話だが、「ディオ」に所属していた人物の大半は薬に手を出していたそうだ。
悪いことは重なる。国を仕切る者達が言い争いを繰り返している最中、大地が震えた。いつか来ると言われていた大地震『Xデー』が訪れた。幾度となく、大地は無慈悲に揺れ続け人間を翻弄させる。
繰り返される余震の力により大陸変動が起こり地形は大幅に変わっていった。そして、この国はいつの間にか他の国から切り離され見捨てられ、孤島となってしまった。
もはやこの国が昔何と呼ばれていたのか、誰にも分からない。
誰が綴ったか分からない、本に書かれた物語を語ると、柔らかな黒髪にあどけない瞳をした少年は、幼心に痛みを理解したのか、その瞳を潤ませる。
「ウタウタイさん、その続きは、どうなっちゃったの?」
「さて、どうだったかな」
少年は頬を膨らませ、拗ねながら俺に抱きつきせがむ。俺はふと澄み渡る青い空を見上げた。暖かくて、眩しい。
風が花の甘い香りを運び、心地良い。
視線を下ろし、丘から見える寂れた街並みを見る。これが過ちの代償だと言うのならば。酷な話だ。 俺は己の名すら遠い昔のあの日に忘れ去った。俺はただ、悪戯に生き残ってしまったのだ。
全てを失った俺には何もなく、抜け殻のようだっただろう。
だがそんな俺にも残っているものがあった、それは全てを失った日に聴いた優しい「歌」それだけだった。
本を閉じる。これは誰かの物語ではない。
「お話の続きを謳おう」
少年は、目を輝かせ大きく頷いた。