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スークレヒトは考え込む。
エミディールはそれをさえぎるように言った。
「万一ラゼオスがいなくなったとき、後継を誰にするかで慌てるわけにはいかないよね。間違っておかしな者をえらべば、地上の国の存続にかかわる」
「そんな言い方は」
「でも、ラゼオスが一番気にしているのはそのことなんだ。考えてもごらん。いくらこの国が長く平和といっても、勝利の天使が不在では、地上の国を保つことは不可能だろう」
「それはもちろんですが」
「だから、ラゼオスは自分の後継を決めて死ぬことを望んでる。それが《栄えある愛の国》のためにできる自分の最後の大きな仕事だと彼は言うんだ」
しばし、スークレヒトは押し黙る。
老将らしい、と思わないでもない。
終わるとわかった命なら、逃げるよりは向き合いたい。そしてやるべきことをやり遂げよう、という彼の意志だろう。
死に対して、それほどの覚悟をもつ天使は他にまずいまい。
それどころか、自分の寿命を意識したことのある天使すらほとんどいないだろう。
大方の天使の言い分は、「先週食べたものもろくに覚えていないのに、自分の生まれなど覚えていて何になる」、というものだ。
常日頃、スークレヒトはそうした仲間の能天気さに不満を持っている。
だが、ラゼオスの判断にも簡単に納得はできない。
彼の判断は最善だろうか。
諦めるのが早すぎはしないか。まだ何も試していないのに。
あるいは、自分のほうが、ただ感情的に混乱しているだけなのか。
スークレヒトは動揺した気持ちのまま反論する。
「地上人たちに、ラゼオス殿のことを思い出させればよいでしょう。そうすればラゼオス殿が死ぬことはありません」
するとエミディールは、静かに微笑して彼を諌めた。
「おまえ、知っているよね? 天使は自分たちの都合で、人間の意志を無理に曲げさせることはできない。それは堕天の行いだ」
たしかにそのとおりだ。
天使の延命のためだけに人間の精神に働きかけることは、天界法に違反する。
それは、スークレヒト自身が忌み嫌う《霧の帝国》の女王とおなじ行為でもある。
「しかしですね……それじゃあ……あ、私が不老長寿の薬湯を調合しましょう。それなら問題ないはずです」
「違うんだよ、スーク」
「何がです? 不老長寿の薬は、けっこう豊富なんです。あまり知られていないものにも、よいものがたくさんありますよ」
「そうじゃなくてさ」
エミディールの制止など気にも留めず、スークレヒトの瞳はだんだん輝き出す。医天使の本領発揮といったところだ。
彼は饒舌につづけた。
「そうそう。この間も、珍しいものを手に入れましてね。ちょうど乾燥中のものが、そろそろいい頃合になるんです。それからラゼオス殿のような方に合いそうなのは……」
「ねえスーク。おまえ、ラゼオスに長生きしてほしいのと、単に新しい薬を実験したいのと、本当はいったいどっちなんだい?」
「え!」
エミディールの手厳しい質問に、スークレヒトは顔を真っ赤にして我に返った。
「すみません。そんなつもりでは」
するとエミディールはくすくす笑う。
「ごめん、わかってるけどさ。おまえって、夢中になると止まらないんだもの」
彼女には言われたくない、とスークレヒトは心中ひそかに思う。
そのとき、エミディールは真顔に戻ってこう告げた。
「だけどね、スーク。ラゼオスは、自分の復活を望んではいないんだ」
その言葉に、スークレヒトは耳を疑う。
「まさか。なぜです」