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天使たちの騒々しい日々  作者: 三井ゆず
1.いとしの総帥と軍神の事情
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「えー、とにかくですね。私がお尋ねしたいのは、何のためにヴェイアをお招きになってるのかということです。この《えある愛の国》にも、すでに戦の天使はおいでなのに……」

「ラゼオスのことか」

「もちろん」


 するとエミディールは、ふいに深い溜息をつく。

 こんなことはめったにない。


「エミディール様? 何かあったのですか」

「いや。そうではないが……。じつはこの件、ラゼオスから勧めてきたのだ」

「ラゼオス殿が? どういうことです」


 ラゼオスは、《栄えある愛の国》で古くから軍神と祀られる、戦と勝利の天使である。

 しかし長年《愛の国》は戦と縁がない。そのため、ラゼオスを信仰する地上人もだいぶ減り、彼の容姿も老けこんできた。

 地上から忘れられると、天使の容貌は徐々に老化する。


 最近ではラゼオスは、みずから一線をしりぞいた態度を固持している。天界の公式の場にもあまり出ない。


 しかし地上人が忘れても、天上人は誰も彼を忘れはしない。

 天界のものは皆、いまもラゼオスを老将と慕い、彼に深い尊敬を抱いている。


 かつて戦乱の世、ラゼオスは地上人に智恵と勇気と運とをあたえ、侵略者たちから《愛の国》の自立を守った。


 ところが、ようやく危機を脱した後、《愛の国》はさらなる危機に陥った。

 地上の国は侵略者への憎しみにとりつかれ、自らの力と勝利に酔った。

 彼らはまちがった力の行使や無益な暴力、自分より弱い他者への侵略行為に走り始めた。

 その酔いから彼らを目覚めさせるため、ラゼオスは再び諸天使の先頭に立って地上人に働きかけたのだ。


 いま地上が《えある愛の国》と呼ばれるのは彼のおかげだと、天上人は誰もが確信している。


 もちろん、スークレヒトも例外ではない。ラゼオスの功績と人柄とを深く尊敬している。

 それはエミディールとて同じはずだ。


 エミディールがつぶやくように言った。


「老将はな、ご自分の死を意識しておられるのだ」

「なんですって?」

「おまえも知っているだろう。地上の民たちは、すでにこの地の軍神ラゼオスを忘れ去ろうとしている。そして、忘れられた天使は老い、やがては死に至る。それが運命」

「そんな、まさか……」


 スークレヒトはしばし呆然とする。


 天使も命あるもの。

 肉体がないとしても、いずれは死に至る。

 天使の実体は、記憶、あるいは人間の呼ぶ「魂」にちかい。

 だがその魂すらも、いつかは形をうしない、他と融合し、別のものとしてふたたび生成するのだ。

 この世のものはすべて変化する。


 とはいえ、地上の命に比べれば、天使の寿命は悠久ともいえる。


 スークレヒトは医天使という仕事柄、毎日、人間の死を目の当たりにし、つねに「死」を意識しないではいない。

 その彼も、大天使のように形をもつ天使の死を実際にみたことはない。


 スークレヒトは内心動揺していたが、なるべく平静をよそおって言った。


「しかし、ラゼオス殿はお元気そうでしたよ。先日お会いしたばかりです」

「うん。それは私もわかっている」


 死期が近づいた天使は、「死相」とよばれる翳りが全身にまといつく――

 天界人のための医学書にはそう書いてある。


 ラゼオスには死相はなかったはずだ。

 もちろん、今まで見たことのないものだから、見てもわからなかったということはあるかもしれないが。


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