1_04
「どうした? ぼんやりして」
「えっ?」
突然エミディールに話しかけられて、スークレヒトは我に返る。
テーブルには、いつのまにかエミディールがみずから淹れてくれた茶が置かれている。
天界の茶は、清涼にして仄かに甘い。その香りが鼻腔をくすぐった。
エミディールがにっこり笑う。
「おまえらしくないな。日課の報告に来たのだろ」
「は……」
「なんだ、悩みごとか?」
「そういうわけでは」
「ふーん? ……だが、なにか言いたいことはありそうだな」
「え」
エミディールにしては、やけに鋭い。
スークレヒトはぎくりとする。
しかしこの際だ。ちょうどよい機会と思い、はっきり言うことにした。
「エミディール様は、近頃ずいぶん《霧の帝国》の戦士をお気に入りのようですね」
つい口調がとげとげしくなる。
にもかかわらず、エミディールは拍子抜けしたようにくすくす笑った。
「なんだ。最近、来るのが遅いと思っていたら、そういうことか」
からかうような口調さえ、明るさに満ちて、すこしも翳りがない。
その屈託のなさに、スークレヒトはかえって苛立ちをおぼえる。
「そういうこと、とは?」
「おまえ、私がイレインと話しているのが嫌で、遅く来るのか」
「……イレイン?」
思わずむっとして聞き返すと、エミディールは悪びれるでもなく小首をかしげる。
「あれ、ちがった?」
「イレインというのは、イレイン・ヴェイアのことですか」
「その話をしてるんだろ? ほかに誰かいるのか」
「いません」
「……」
「……」
「じゃ、どうしてそんなことを訊くんだ」
たしかにそうなのだが、スークレヒトが言いたいのはそんなことではない。
いったい、いつからファースト・ネームで呼ぶほど親しくなったのだ。
しかし、それは言えない。
あわてて頭の中で次の言葉を探していると、エミディールは腰に手を当て説教口調でこう言った。
「ねえ、スーク。おまえ、そろそろ、その人見知りは直したほうがいいと思うよ」
「……は?」
「子どもみたいじゃないか。もう何万歳になるんだ」
「いえ。べつに人見知りしているわけでは」
完全に誤解されているらしい。
鋭いなどと気にするだけ無駄だった。
スークレヒトが溜息をつくと、エミディールは疑わしそうに彼を睨む。
「だったら、どうして会いたくないんだ」
だんだん話が面倒になってきた。
こうなると、スークレヒトはなるだけ真相を追求されないよう、逃げの一手だ。
「……会いたくないわけではありませんよ。お邪魔にならないよう遅めに来ただけです」
「邪魔になどしないよ。待っていたのに」
「しかし、ずいぶんお話がはずんだのではありませんか。来る途中、ヴェイアとすれちがいました。お部屋から出てきたばかりのように見受けられましたが」
「だからさ。おまえが来ると思って、イレインのこともとどめておいたのだ。帰ってしまったが。惜しかったな」
「……もしかして、それであんな人間時代の戦の話なんかさせていたんですか」
するとエミディールは、おや、という顔をする。
その顔が、すぐにむっとした表情に変わった。
「なんで知ってるんだ。さては、扉の外で聞いてたな」
「!」
しまった。
スークレヒトはあわてて口をつぐんだが、もう遅い。
「だったら入ってきてくれればよかったのに。変な気をつかうな。おまえにも、イレインとは親しくなってほしいと思っているのだ」
エミディールは子どものようにぷんと口をとがらす。
ちょっと笑ってしまいつつ、スークレヒトは邪推した自分にちくりと胸が痛む。
「と、仰ってもですね。ふつう、他人が話しているのに入っていかないでしょう」
「ほら、やっぱり人見知りだ」
「そうではなく。私はそんな不躾ではありませんよ」
「立ち聞きするほうが、よほど不躾だとおもうんだけど」
「……」
気まずくなって、スークレヒトは、ごほんと一つ咳払いをする。